- 2017年03月21日 20:22
なぜ沖縄の若者たちは、地元と暴力から抜け出せないのか? - 打越正行氏インタビュー
2/3「隙」をもつ調査者として
――論文で書かれている「完成度の高いパシリ」という言葉がとても印象的でした。
パシリというのは、年齢による上下関係にもとづき、先輩の付き人のように身の回りの世話をする後輩の役割です。ただし私の場合は、暴走族での活動が短いため、いつまでたっても年下という設定です。
暴走族では先ほど述べたように、タバコや飲み物の買い出し、バイクのメンテナンスなどをパシリが担当します。いうまでもなく、頼まれたことを忠実に遂行することはパシリとして重要です。ただし、忠実に指示をこなすだけでは完成度の高いパシリとはいえませんでした。あくまでもパシリは先輩より下位に位置づけられた立場です。
ゆえに忠実でありながらもときどきは先輩に叱責されたり、バカにされることを通じて、「俺が教えてやらないと、何も知らない(できない)奴だ」と見なされ、指導を受けるくらいのパシリが、長い目で見ると先輩との関係を良好に保つことができるのです。これは失敗することで、後輩-先輩関係を確認したり、先輩のどんどん増長する無理難題を抑制することが、結果として可能となっているためではないかと思います。
――パシリであることは、調査の上でどのようなメリットがあるのでしょうか?
ひとつは、暴走族の社会を、新しいメンバーと同じ時間の流れに沿って知ることができるということです。パシリに「なる」には一定の時間を必要とします。そのため、調査者が知りたい対象者や社会について、調査者のペースで調べるのではなく、対象社会に生きる人々の視点を、彼らが時間をかけて獲得するようにアプローチすることが可能となります。
暴走族に入りたての中学生が、当初はこれといった印象もなく、なにも実質的に貢献できなかったとしても、そこに通うことによって組織内での地位が上昇し、いつのまにか先輩として後輩を厳しく指導するようになります。この成長過程のように、彼らが経験する時間の経過に沿って、私も地位を獲得しながら調査を重ねることができました。
また、パシリは調査過程における失敗をカバーすることが可能なポジションです。すべての失敗をカバーできるわけではありませんが、先ほど述べたようにパシリとは失敗することで先輩から叱責され、地位が安定する役割です。それゆえに調査対象社会の「常識」を備えていなくとも、パシリとして失敗を重ねながら先輩と良好な関係を築くことが可能となるわけです。
――パシリがもつ属性が、打越さんの調査を可能にしているのですね。
そうですね。パシリになることは、未熟な後輩や部外者の調査者が時間をかけて失敗を繰り返すことを通じて、自ら成長し調査対象社会の一員となることといえます。沖縄での調査を始めて10年近くたちますが、幸運にも失敗をもとに調査地で出入りが禁止になったり、対象者から関係を終わらされたことは、いまだありません。
むしろ、失敗を繰り返すことで、関係性が深まっていくケースが多いです。私は「人あたり」がいいとはいえず、「インタビュースキル」を持ち合わせておらず、世間知らずとよくいわれます。実際、調査を開始したときには実益をともなわない存在であるばかりか、その後も失敗を繰り返してきました。そのような私がパシリを続けることができたのは、調査者の「隙」によるものだと考えています。
昨年、調査の方法について書いた原稿を収録した本が刊行されました(『最強の社会調査入門』)。そこで、パシリというのは特殊な調査方法ではなくて、一般化できるという話をしています。調査者にある程度の隙があることが、調査をするうえで大切であるということ。向こうが補ってくれるというのもありますし、隙がなかったら教えることは必要ない。基本、参与観察って、隙があってはじめて成り立つ調査だと思います。
――調査者の「隙」というのは、具体的にどういうことでしょうか?
ひとつエピソードをお話しします。
上地くん(仮名)という暴走族の子と、現場も一緒、班も一緒、週末も仕事のあともぜんぶ一緒だったときがありました。そのときに、上地くんの家に泊めてもらったことがあります。上地くんからすると、家に来てくれることは大歓迎だったんです。「打越さんいつでもうちに泊まりにきて」と調査のときにいってくれていました。
だけど、その話をお父さんとお母さんとお兄さんに通してなかった。私は何度も事前に「わけのわからない内地の人間があなたの家にいきなり来て泊まるっていうのはありえないから、私ももちろん挨拶するけど、事前に話を通しておいてくれよ」っていっておいたんですが。
お父さんとお母さんは温和な明るい方で挨拶もできたんですけど、お兄さんがむずかしい方でした。暴力的で、お家のものを破壊したり。そういう怖いお兄さんなので、丁寧に挨拶しようと思ってたんです。だけど、上地くんは夜に彼女と遊びに行くので、ご飯を食べたあとひとりで帰ってといわれました。
それで上地くんの家に帰ろうとしたら、前から酔っ払ってタクシーから降りてきた男性がいました。家に向かって歩いていって、なぜかおなじ家にふたりで入るという(笑)。その方がお兄さんでした。
――ものすごいシチュエーションですね(笑)
もちろんお兄さんからしたら、「誰だ、おまえは!」ってなるじゃないですか。それで「もしかして上地くんのお兄さんですか。はじめまして、挨拶遅れましたが打越です。今日から一週間くらい家に泊まらせてもらう話聞いていませんか?」といったら、「おれは聞いてない、おれは認めない」ってブチ切れて、「帰れ!」と。だけど、なぜか帰らせてもくれなくて。
ちょっと玄関で話していたんですが、荷物もあるので上がらせてもらいました。お父さんとお母さんはお兄さんの支配下にあるので、そのあとも私はずっとお兄さんに怒られてたんですね。ただ、このお兄さんは、家ではすごく怖いんですけど、地元のヤンキーグループのなかでは、ランクは上位層ではありませんでした。私が建築会社で働いたときに、そのお兄さんの地元の中学の先輩たちと関係がうまくとれていたということもあって、「地元でちょっと働かせてもらってて、慶太さんとかほかにもいろいろお世話になってます」という話をしたんです。
そうしたら、その慶太さんがお兄さんのグループのなかでトップのほうだったわけです。その名前を出した瞬間に、お兄さんの態度が豹変しました。「慶太さん、いい先輩ですよね、やさしいですよね」ってお伝えして。まあ優しいのは一瞬でめっちゃ怖いんですけど(笑)。その名前を出した瞬間に、「そうか、おまえは慶太さんの知り合いなんだ」「泊まるくらいだったらいいよ、泊まってけ」って。そのあとはもう、意気投合できました。
――今のお話が調査とどう関連するのでしょうか?
お父さんとお母さん、そしてお兄さんに事前に確認をとれていない状態で、私は見切り発車してるんですよね。上地が事前にいってないことも十分想定できるのに、初日の晩から泊まるつもりで乗り込んでいます。いまとなれば、日中にまずは挨拶だけ済まして、了解をとれた段階で泊めてもらうかたちがよかったのかと思います。
そのような、ほんと隙だらけの手順でしたが、あの日お兄さんに一時間以上怒られていたとき、その最中お母さんはずっとテレビでドリフ見て爆笑されてたんですね。私からすると、「助けてよー」と心で叫んでましたけど。お父さんは酔っ払ってるんで、ときどき私が怒られているなかに入ってきて「まあ、いいさあね」といってくれるんですが……。ただ結果としてそれはお兄さんの怒りに火に油を注ぐことになって、そういうことをお母さんは知ってるんだとそのとき感じました。
お母さんはテレビを見ながら時間がたつのをじーっと待ってて、お兄さんと私が意気投合したころになってはじめて「よかったさー」っていってくれました。お兄さんのお家での様子が、お母さんのその生活に埋め込まれた作法のようなものから見て取れると同時に、お兄さんの地元社会での立ち位置とお家での立ち位置を目の当たりにすることができました。
私が隙だらけであるがゆえにお兄さんに怒られてしまったのですが、それゆえに見せてもらったことや教えてもらったことがあり、もちろん狙っているわけでは決してないんですが、その生活の仕掛けを見せてもらいとても感謝しています。
パシリという立場は、調査対象者との関係の長さや深さといった基準ではなく、調査者が調査対象社会や対象者とのやりとりに巻き込まれるか否かといった基準が重要だと考えています。この両者の出会い方こそが、調査の文脈を読み解くために重要になってくる。そして、その理解のためには調査者がそれらの文脈に直接に巻き込まれる余地としての「隙」が欠かせないように思います。



