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早野龍五教授最終講義「CERNと20年福島と6年 ―311号室を去るにあたって」 - 早野龍五 / 物理学

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初めての医学論文

僕が福島で書いた論文は、全てお金を払ってオープンアクセスにしてあります。最初に、2011年~2012年に33000人の方を測定して、内部被曝はほとんどなかったという論文を書きました。チェルノブイリの知見がありまして、土壌汚染から人の内部被曝を係数で単純計算すると郡山市や福島市で年間5ミリシーベルトの内部被曝をするはずだ、ということになりますが、実際はどうだったか。

ちゃんと4トンの遮蔽板があって、検出器も2本入っているという、先ほどのホールボディカウンターよりよほど素敵なホールボディカウンターで測定しました。2012年、33000人を実測すると、人間の体の中に必ずもともとあるカリウム40のスペクトルだけが見えて、セシウムのスペクトルが見える人はほとんどいませんでした。

これは、僕が生まれて初めて書いた医学論文でした。2013年の正月休みをつぶして書いたのですが、なぜこれを書いたかというと、当時UNSCEAR(国連科学委員会)が最初の福島レポートを書くことになっていました。彼らは査読付き論文を採用する。ところが周りを見回したところ、「福島には汚染食品があまりなく、人々の内部被曝が低い」ということを英語の論文にした方は1人もおられなかった。

「これはもしや、僕がここで書かなかったら、実測データなしで国連のレポートが出るんじゃないか?」ということを、大変に恐れて書きました。しかし、いかにこのときの私が素人だったかということを白状しますと、こういう医学論文を書いたときには、倫理審査委員会を通さなければならないことを私は知りませんでした。投稿しますよ、と言ったら、坪倉先生から一言「倫理審査委員会通しましたか」とメールが来ました。それからあわてて倫理審査委員会を通しました。そんなわけで、2ヵ月ほど論文が出るのが遅れました。

めでたくUNSCEARの2013年報告書には、こういう結果が載っております。「早野らによると、福島県と隣県を測って、初年度は12%、2012年に入ってからは1%のみが検出限界を超えた。このことから、平均実効線量は1ミリシーベルトにはるかに及ばない」と。

次は、初期内部被曝の論文です。これは食べ物ではなく、気体を吸ったりしたときの内部被曝ですね。これも1ミリシーベルトに達しなかった、という論文を書きました。(南相馬市立総合病院で、遮蔽板のないホールボディカウンターで初期に計測されたデータを使って)内部被曝をどうやって計算するのかというと、まず、外から来たガンマ線と人から出たガンマ線がどちらも測定器に当たります。また、外から来たベータ線は人間の体にぶつかって止まります。このうち、人から出たガンマ線だけのデータを取りだすわけです。結局、3年程かかりましたが、2014年に論文を発表しました。南相馬の方々との約束を果たせてとても嬉しかった。この論文も、UNSCEARの2015年報告書に採用されました。図も引用されています。

対話するための測定器

「BABYSCAN」の話をします。大人用のホールボディカウンターでは、狭いところに2分間立っていないと測れません。そもそも大人用にデザインされていますので、小さい子供を測るのはとても苦手です。そして、私は子供を測っても出ないということを熟知していました。でも、お母さん方はそうは思わない。「うちの子を実際に測ってほしい」ということを何度も言われました。じゃあ作るしかないな、と思ったのが2013年2月のことです。 

子供の内部被曝を測る装置というのは、こういうものです。まず、6トンの鉄板で遮蔽します。そして、検出器は通常2本のところを4本入れます。精度の高い測定器としてはこれで完成なんだけども、御覧のように、明らかに誰もここに子供をいれたいとは思わない。出ないことをあらかじめ知っている装置を作るということの意味は、不安に思う方が測りに来てくださって、その人と話す機会ができることにあるわけですから、つまりこれは、測定器というより、コミュニケーションの道具なわけです。

作るしかないと思ったその日の夜に、Twitterのダイレクトメール機能を使って、「@yam_eye」というアカウントにメッセージをしました。東京大学の山中俊治先生です。山中先生にデザインはお願いして、測定器の機能としては、新生児の体の中にあるごく少ない量のカリウム40でもちゃんと測れる精度で作る、というのが目標でありました。

こうしてできた「BABYSCAN」は、現在福島県内で3台稼働しています。もちろんこれまで1人も検出者はいません。これも論文にしまして、UNSCEARも2016年白書で採用してくださいました。

Dシャトルの発見

そろそろ外部被曝が大事なんじゃないか、と思い始めます。福島県内では、「ガラスバッジ」(個人積算線量計)が配られて、とくに妊婦とお子さんの外部被曝線量は測定されていました。これによって、すでに2011年秋の段階で、1年換算で10ミリシーベルトを超える方はいないし、おおむね50%の方は1ミリシーベルト以下だということはわかっていました。

でもガラスバッジですと、3ヵ月身につけて返送して、数字が1個しか出ません。これでは、「あなたがどういう行動をしたからこの線量です」というのはわからない。これでは対話になりませんから、何かいい道具はないかと探していたところ、産業技術総合研究所が、今は「Dシャトル」と呼ばれている道具を千代田テクノルと一緒に製品化していました。「これを売ってくれますか」と訊いてみましたら、「50個なら在庫があります」と言われたので、その50個を買いました。

Dシャトルは、1時間ごとに線量を記録できる個人積算線量計です。これを使えば、個人の行動と外部被曝との関係に説明がつきます。このとき避難指示解除が予定されていた田村市の都路地区で、内閣支援チームと一緒に住民に持っていただいて、自分の行動と線量の関係を実際に見て、納得してもらうことができました。

233人の共著者リスト

福島に住む高校生が、自分の置かれた環境がどうなっているのかを知ること、そして、他の地域に住む高校生の外部被曝との比較をしたらいいのではということで、プロジェクトを立ち上げました。

2014年に、Dシャトルを、フランス、ベラルーシ、ポーランドに送りました。各地域の測定結果を福島高校生が分析して、日本語で学術論文を書いてもらいました。それを私が英語にして、査読付きのイギリスの専門紙に出しました。査読者からの質問を高校生に戻して、「日本語でいいから反論を書きなさい」と。そしてそれを私がまた英語に直して、とやりあった末に出たのが、2015年に出たこの論文です。

線量測定に参加した高校生を含めて、233の名前がアルファベット順に並んでいます。僕はCERNで研究して論文を書いていますから、このくらいの人数が並んでも全然驚かないんですけど、この雑誌の編集者からは、「正気か」と言われました。「これだけの著者をリストするのか」と。僕は「する」と言って押し切りました。現在までで84000回ダウンロードされております。私が生涯書いた中で、一番人に読まれた論文はこれです。

世界とほとんど変わらない線量

論文の内容ですが、2週間のデータを1年間に換算すると、自然放射線の寄与を含めても、外部被曝線量はだいたい年間1ミリシーベルトくらいです。福島を知ってる方が御覧になると、「ああ会津は低いね」とわかっていただけると思うんですが、県外と比べると福島って特別高いわけじゃないこともわかります。

海外と比較すると、実は今回一番高かったのはフランスのコルシカ島でした。地面に花崗岩があるので、自然放射線の寄与が高いんですね。これは非常に説得性がありました。全体を見ると、福島県内外も海外も、ほとんど変わらないという結果が出ました。この論文が出た2015年の冬に、外国人特派員協会で福島高校生と一緒に英語で記者会見をしました。この生徒はこのとき受験生だったのですが、よくつきあってくれました。めでたく東工大に受かりましたが。

ショッキングなほど低い被曝線量

最後に、今書いている論文の話です。フランスの原子力関係の方々が、我々の福島での研究を聞きたいということで、フランスに何度か呼ばれました。このとき、「伊達市のあの膨大なデータをなんとかしませんか」と提案されました。そこで論文を書くようにと2014年10月に言われまして、時間はかかりましたが、最近その論文を出すことができました。

伊達市に、6万人のデータが1年分ありました。福島県内で唯一ほぼ市民の全員を測っていた、というビッグデータです。ガラスバッジで測定した個人の外部被曝線量と、航空機モニタリングから推定されるその人の住居付近の外部被曝線量のつきあわせをやりました。2016年12月に、宮崎先生と私の共著として発表されました。これも25000回ダウンロードされています。

さらに近日公開予定の第2論文では、「伊達市に生涯住み続けたら、積算線量はどのくらいになるのか」ということを推定しました。伊達市は早い時期から除染計画を作って除染したのですが、これが住民の被曝線量を下げるのにどのくらい寄与したかということも。

空間線量率が0.23マイクロシーベルト毎時、福島では皆さんご存知の数字ですが、これが年間1ミリシーベルトの外部被曝線量に相当する、というのが政府の公式な見解です。でも実際に測ってみますと、これは1ミリシーベルトにほど遠いことがわかりました。実際に年間1ミリシーベルトの外部被曝量に相当する空間線量は、0.8マイクロシーベルト毎時でした。

では、伊達市の「除染A地区」と言われる、もっとも線量の高い地域に生涯住み続けた場合に、事故由来の外部被曝はどのくらいになるかというと、生涯で18ミリシーベルトです。一生住んでも20ミリシーベルトに満たないということがわかった。これは、ショッキングなほどに低い数字です。そして除染は、個別にはいろいろあるかもしれませんが、集団の生涯積算線量には、ほとんど寄与しないこともわかった。この論文も、今年出るUNSCEARの報告書に採用される予定だそうです。

そして、これらの論文の共著者からは、医学博士が複数名誕生しています。これは嬉しいことです。もしかしたら僕も、申請したら医学博士になれるかもしれません。

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