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早野龍五教授最終講義「CERNと20年福島と6年 ―311号室を去るにあたって」 - 早野龍五 / 物理学

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何かを精密に測ることが学問を進歩させる

僕の研究の多くは分光という分類ができます。光と言っても、見える光だけではありません。分光というとおそらく皆さんご存じなのはニュートンですね。プリズムで太陽の光を当てると虹になる、とこれを最初にやりました。それをもっと専門的にやった人が、フラウンホーファー。ドイツのミュンヘン辺りに実験室を持っていました。彼が見つけたのがフラウンホーファー線。太陽の光の中に黒い線が見えるというものです。黒い線のいくつかは太陽の中にある水素が原因であります。それからいくつかは、当時まだ地上では見つかっていなかったヘリウムの証拠となります。

このように、何かを精密に測るということは、学問を非常に進歩させます。縦軸と横軸を設定して数字を入れていくと、やがてピークが見える。この「ピークが見える」というのが実験していて嬉しいんですね。いかにも「見つけた」という感じがします。

ハイパー核の研究

1980年代、最初は「ハイパー核」というものの研究をしていました。クォークは6種類あることが知られていますが、陽子と中性子の中に入っているのはこのうち2つだけです。しかし実験室の中では、もう1つ、「ストレンジクォーク」というものを不純物として入れることができます。陽子や中性子に、このストレンジクォークを入れる。すると「ハイペロン」というものに化けます。ラムダハイペロン、シグマハイペロン、そういったものに化けさせることができます。

それを原子核の中の陽子や中性子に対して行いますと、それが例えば「ラムダハイパー核」。ラムダハイパー核は当時既に存在が知られていて、よく調べられていました。国際的に議論があったのは、「じゃあシグマハイパー核は存在するかどうか」ということ。これは世界中でものすごく物議を醸していました。「シグマは、原子核の中で、もっと安定的なラムダにたちまち化けてしまう。するとシグマが消えてラムダが残るので、シグマハイパー核っていうのはそう実験で見えるかたちでは存在しないだろう」と言われていました。

1980年代の終わり頃、僕が仲間と共につくばの高エネ研で実験したスペクトルに、ちょっと山がありました。そこに理論の助けもあって、「ヘリウムのように小さな原子核の中の陽子や中性子にシグマを入れた場合、シグマハイパー核は存在しうる」と言うことができた。そして1989年に、「存在しないと思われていたシグマハイパー核が、少なくともヘリウムのシグマという状態なら存在する」という論文を書きました。これによって1998年に井上学術賞をいただきました。

長い失敗の末に得た、クォーク凝縮の実験的証拠

さて、今度は電子です。電子は原子核の周りを回っている。ここには、「プラスとマイナスで引き合う」という引力が働いています。すると、「マイナスの電荷をもっている粒子であれば、別に電子でなくても原子になりうる」ということですね。

その1つがπ中間子。π中間子は非常に重たい。重たくて、原子核にほとんどめり込むような形で、グルグル回っている。これを調べて、「π中間子が真空中にある場合と、原子核の中にちょっと入ってるような場合とで、違いが見えるか」というのが、1990年代に大変話題になりました。

この実験を始めてから完成するまでは、長い長い失敗の連続でありました。カナダに行って失敗をし、ベルリンの壁が崩壊する頃にフランスで失敗をし、そして最後はドイツでうまくいきました。ドイツの重イオン研究所です。比連崎悟さんが、「重陽子を原子核にぶつけて、ヘリウム3というものを検出する、というやり方ならば、原子核に非常に近い場所にπ中間子を置き去りにできる」という理論を予言されて、これを我々も実験でたしかめることができました。めでたく、ピークが見えました。やっぱりピークが見えると嬉しいですね。

そのときの論文はこんな論文。タイトルに、カイラル対称性の自発的破れの部分的回復、とあって、こんな風に日本語に訳すと訳がわからないですが、これは南部陽一郎先生の「自発的対称性の破れ」に関係しています。

陽子の中にはクォークとグルオンがあることを我々は知っている。ただ、クォークとグルオンの質量を足しても陽子の質量にはまったく足りない。クォークとグルオンにはほとんど質量がないのに陽子はとてもヘビー級です。この状態を説明できるのは、「真空の対称性が自発的に破れている」という考え方です。「真空の中にヒッグスが凝縮していて、それでクォークも凝縮している。これによって陽子が質量を得ている」というものですね。

我々がやっていた研究は、真空とパイ中間子、そして原子核の質量。それがどこで最大に破れていて、質量を増やしていくとちょっと減っていく、そういうことを定量的にみた最初の実験です。理論の方々からも評価され、2014年にドイツで賞をいただきました。

物理学最終講義、唯一の数式

1997年からはジュネーブで研究をしています。ヘリウムの原子。2個の電子のうち1個を反陽子におきかえて、原子をつくることができる。これが比較的安定して存在することを偶然見つけました。修士1年目で最初に挨拶をしたノーベル物理学賞のオウエン先生が反陽子の発見者であることを考えると、これも因縁めいたものを感じます。

これを詳しく研究するために、ジュネーブのCERN(欧州原子核研究機構)で作ったグループ、頭文字をとって「ASACUSA(アサクサ)」と呼んでますが、僕はここのチームリーダーを務めております。

普通、原子にレーザーを当てて分光するときは、電子の軌道を変化させます。でも我々がやっているのはそうではなく、反陽子の軌道を変化させています。そして、これが今日の唯一の数式。ごめんなさい、1つだけ数式を書きます。この数式の左側はレーザーの周波数、これは我々が測定をします。右側は水素の電子に似た、理論の式です。これは理論の方が、心を込めてやってくださいます。すると、作り出されている反陽子の電子の質量を精密に求めることができます。それを陽子と電子の質量と比べて、陽子と反陽子の質量と等しいか等しくないかということを見ます。

そんなことをやっている最中に肺がんになりまして、右肺の上葉を切除するという手術も受けました。しかし、実験はその後もうまくいきまして、「Nature」や「Science」にも論文が出ています。

この約20年の間で、反陽子の質量を決める精度が、当初5ケタほどだったのが、10ケタに届くほどに上がりました。反陽子は非常に稀な粒子なんですが、その質量を、ごくありふれた陽子に匹敵する精度で決めることができるようになりました。これで2008年、仁科記念賞をいただきました。

そして、2011年3月11日を迎えます。【次ページにつづく】

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