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「日本解凍法案大綱」10章 株主総会 社長の首を挿げ替える その2

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義理の叔父である三津田作次郎にそう言われて、健助には一も二もなかった。

司法試験の勉強をしているといえば、両親も叔母夫妻もそれだけで上機嫌だった。だから、それを口実に家を空け、会社から当然のように銀行に振り込まれる給料をすべて競馬につぎこんでいた。受験予備校に行くと言って家を出ると競馬場に出かけた。

24歳で、向島運輸にいた出戻りの会計係と深い仲になり、結婚した。三津田作次郎が亡くなってからは司法試験は放り出してますます競馬に熱を上げるようになっていた。

質素と倹約だけを生きがいに平穏無事に社長業を営んで暮らしてきた父親が亡くなってからは、40歳の健助はもはや誰はばかるところのない気ままな人生を送ることができる身分になっていた。父親のおかげで向島運輸の資産は100億を超えるまでに増えており、家賃だけで年に3億からの収入があったのだ。柴乃と子ども2人の家庭の出費の他には、三津田沙織と梶田初世の二人に生活資金を送ってしまうと、税金の他にはなにも出費がない会社なのだ。

そのうちに梶田健助は大っぴらに遊び暮らすようになっていった。沙織の耳にまで女性関係の噂がひんぴんと入ってくるほどだった。

沙織は配当を年に400万もらうほか、姉といっしょに取締役として名を連ねていることで、向島運輸から年に1500万円の報酬を貰っていた。手取りで月100万になること以外、沙織には関係のないことばかりだった。

姉が2006年に亡くなった。それを潮に、取締役ではなくなってしまい、したがって取締役としての報酬はなくなってしまった。

それでも、その年から年に400万だった配当が年に1400万円に上がったから差し引きはゼロということで、沙織の生活にはなんの変化もなかった。

ところが、2014年になってその配当が減らされてしまったのだ。

年1400万円の配当が700万円に減らされてしまった。なんの挨拶もなく、突然にそうなったと紙切れで伝えられた。否も応もなかった。株主総会もなにもなく、ただこう決まったと書類が送られてきたのだ。確かに銀行口座に入っている額が減額のあった事実を無不愛想に示していた。

沙織は不安の塊になってしまった。亡き夫が創った会社なのに、今では甥が独りでなにもかも決めていて、他の株主たちは何一つ文句を言わない。従業員といっても不動産の管理をしているだけの会社なのだ。10人ほどだった。甥の梶田健助はなにか困ったことがあると夫も使っていた顧問税理士の中川庄太に相談している風だった。

沙織は安泰なはずの、亡くなった夫が沙織のために残してくれた生活のたつきがいったいどうなっているのか、自分がなにも知らないでいることに恐れおののいた。なにも事情が分からないままに、つぎつぎと岩のように固かったはずのものが急に溶けだしてしまったような、際限のない恐怖だった。毎月の銀行口座への入金では足りないのだ。いったいどうしたらいいのか。

自分はなにを頼りに生きていたのか。夫の残してくれたものは何だったのか。

向島運輸という会社だった。正確には向島運輸という会社の株だった。

しかし、その会社は甥の個人会社になってしまったようで、700万の配当だっていつなくなってしまうのかわかりはしない。

思い切って甥の梶田健助を訪ねて、手持ちの株の買い取りを頼んでみた。

「え、株の買い取り?

そんな金、どこにもありませんよ」

とすげなかった。

しかたがなく、沙織は梶田健助の妻の梶田柴乃に頼んでみるしかなくなってしまった。

柴乃は、まだ大津柴乃といったころ、生前の夫が採用した会計係だったから、向島運輸の会社についての数字にも明るいだろうと思ったのだ。

沙織にしてみると、柴乃に頼み事をすることには大きな抵抗感があった。夫の生前、柴乃は夫と男女関係があるという噂が社内であったのだ。

柴乃は夫の健助よりも2つ年上だった。18で群馬の高校を出ると未だ運輸の仕事が盛んだった向島運輸に入った。2年ほどで結婚して退職したのが、直ぐに別れてしまって、また向島運輸に戻ってきた。離婚の原因も、社長の作次郎との関係が夫にばれたからだと社内では噂されていた。それどころか口さがない連中のなかには、結婚してからも作次郎と柴乃の関係は続いて、それが離婚の原因だったなどと見たように触れ回る者もあった。

健助が大学を出て、もうそのころには運輸業を廃止して不動産業の会社になっていた向島運輸に入社したことからして沙織には不思議な感じがしたものだった。よほどの理由がなければ、不動産の賃貸が主な事業に替わってしまった向島運輸などという小さな会社に大学を出てまで入ったりはしないのではないかと思ったのだ。自分の甥は司法試験という難しい国家試験を受けているからなのだ、夫がそれを自分のことのようによろこんでいるからなのだと、子どものころからの健助を知っていた沙織は考えるしかなかった。

未だ夫が生きていたころ、沙織は夫にたずねたことがあった。

「健助って子、あなたの会社を継ぐ器量がある子なの?」

夫は、

「うちみたいな不動産を貸してるだけの会社、女でも子どもでもやっていけるさ。あいつは司法試験を受けるって言っているからな。立派なものだ」

とぶっきらぼうに答えた。何か変、と感じたが、そのままにしていた。

その健助が会社に入ってから直ぐに年上の柴乃と付き合いを始め、夫も健助の父親の梶田健一も上機嫌で健助と紫乃の話をするのを聞きながら、沙織は改めて不思議な気がしてならなかった。夫と紫乃の噂は本当ではないのか。本当なら、いったい夫の心のなかにはなにが隠れているのか。沙織には想像もつかなかった。

(11章に続く。最初から読みたい方はこちら

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