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GPS捜査の合法性について

2月22日の日本経済新聞によると、最高裁判所大法廷は同日、裁判所の令状なしで全地球測位システム(GPS)を使う捜査の違法性が争われた窃盗事件の上告審で、検察・弁護双方の意見を聞く弁論を開き、結審した。下級審での判断が分かれていることから、統一判断を示すとみられている。

令状主義とは、逮捕や捜索など、一定の捜査方法については、裁判所が事前に発する令状がなければ実行できないとする規範(ルール)である。令状が必要な捜査を強制捜査、そうでないものを任意捜査という。強制捜査なのに、令状がなければ原則として違法となる。一方、任意捜査なら何をやっても良いというわけではないから、場合により違法とされる場合もある。令状主義に違反して得られた証拠は、裁判の証拠から排除されることがある。

下級審での裁判例は、ばらばらに分かれている。大阪地裁は平成27年6月5日、「本件GPS捜査は,対象車両使用者のプライバシー等を大きく侵害することから,強制処分に当たる」として、捜査を違法と断じ、得られた証拠の一部について、証拠から排除した。これに対して、同じ事件の大阪高裁判決は、「本件GPS捜査は令状主義の精神を没却するような重大な違法があるとする(地裁判決には)必ずしも賛同できない」として、証拠能力を認めた。名古屋では、同一事件について地裁(平成27年12月24日)と高裁(平成28年6月29日)が強制処分であることを認め、令状なき捜査を違法と断じたが、証拠能力は否定しなかった。広島では、地裁(平成28年2月16日)と高裁(平成28年7月21日)が、「任意捜査である尾行の補助手段としてGPS発信器が用いられたに過ぎず、違法な点はない」(地裁)、「車両の使用者にとって、その位置情報は、基本的に、第三者に知られないですますことを合理的に期待できる性質のものではなく、一般的にプライバシーとしての要保護性は高くない」(高裁)として、令状が必要な強制捜査ではないし、違法な任意捜査でもないとした。

警察がGPSを捜査に用いるようになったのは、平成18年より前とされている。というのは、東京新聞の2月1日付夕刊によると、「捜査対象者の車などに衛星利用測位システム(GPS)端末を取り付けて尾行する捜査を巡り、警察庁が平成18月に都道府県警に出した通達で、端末使用について取り調べの中で容疑者らに明らかにしないなど秘密の保持を指示していたことが、警察当局への取材で分かった。捜査書類の作成に当たっても、記載しないよう徹底を求めていた」からである。この報道を受けて毎日新聞の2月2日付社説は、「捜査の名目で際限なくこの手法が利用される。立ち寄り先によっては、思想信条や交友関係などプライバシー情報が浮き彫りになる。その対象者は警察の恣意(しい)的な判断で決められる。刑事裁判にならないケースもある。その場合、警察内部に蓄積されたGPS捜査による個人情報はどうなるのか。捜査の痕跡を消そうとするような警察の姿勢の先には、超監視社会を招く怖さを感じる」として、「一定の歯止めが必要だ」と主張した。

判例検索ソフトによれば、GPSによる捜査の適法性が裁判の争点になったのは、平成27年以降のようである。とすれば、秘匿を命じていた通達が、平成27年までの間に変更されたことになる。

さて、当エントリで論じたいのは、これらの裁判例の分析や、GPS捜査の適法性如何、という点ではない。「人間がやれば適法なのに、機械を介すると違法になりうるのはなぜか?」という点である。この論点には、来たるべき(というかもう来ている)高度情報化社会に潜む一つの重要な問題が含まれていると考えるからだ。結論を先に書いておくと、警察がGPSを使用して追跡を行うことを規制する法制度は必要と考える。ただし、これは犯罪捜査に限った話ではない。

問題点を復習しておこう。後述するように、GPS捜査と一口に言っても、一人の被疑者を尾行する補助に使用する単純なものから、多数の端末を用いて多数の人間を長期間網羅的に追跡するものまで、様々な段階がある。しかしどの段階にせよ、同じことを人間の刑事が行った場合、少なくとも、犯罪捜査として違法とされることはない。これも後述するように、いわゆる公安警察が特定の政治集団等を監視し、多数の刑事によってつけ回すような行為は、政治的あるいは法的非難に値する場合もありうるだろうが、それは犯罪捜査とは別の問題である。アリババと40人の盗賊を監視するために、警察が延べ41万人の捜査員を動員して盗賊一人あたり1万人の刑事を貼り付け徹底的に尾行したとしても、違法捜査ではないかとの疑問が呈されることはない。それならば、GPSを使って同じことをやった場合、違法捜査ではないかとの指摘が発生するのはなぜだろうか。

GPS捜査と同様、刑事訴訟法制定当時想定していなかった科学捜査と令状主義との関係が問題となった有名な事例としては、覚せい剤事犯における強制採尿がある。この問題についても、最高裁判所第1小法廷の昭和55年10月23日判決で実務上決着するまでは、様々な見解があった。とはいえ、尿道にカテーテルを挿入して尿を採取する手法が、重大な人権侵害であって強制処分にあたること自体に争いはなく、強制処分であるとしても人道的に許されるか、許されるとしても必要な令状は何かが問題とされていた。

強制採尿に比較すると、GPS捜査による人権侵害の程度が、かなり低いことに異論はないだろう。GPSが自動車につけられた場合、利用者のプライバシー権が侵害されることは間違いないが、人間の刑事が四六時中尾行した場合に比べて人権侵害の程度が特段に高いかと言えば、そうではあるまい。

近い将来、小型化されたGPS発信器が靴底や衣服などに装着されることも可能になるだろう。自動車に装着するより、プライバシー侵害の度合いが高いことに疑いはない。では、GPS発信器を自動車に装着することは適法と考える場合、靴底や衣服に装着することはどうなるのだろうか。

また、監視カメラネットワークが発達すれば、GPS発信器すら不要になり、顔認証システムを使って特定の人を追跡することが可能になるだろう。監視カメラネットワークを使用した追跡と、GPS発信器を使用した追跡とでは、プライバシー侵害の度合は異なるのだろうか。

結局のところ、GPS捜査の問題を、追跡される個人のプライバシー権侵害の問題として考える限り、その強弱は程度問題にすぎないとしか、いいようがない。いいかえると、GPS捜査の問題を、プライバシー侵害の強弱の問題として論じる限り、解決はできないと考える。

思うに、GPS捜査の問題点は、尾行のコストを革命的に安くしたことに起因する。たしかに、警察官を何千万人も雇用すれば、ありとあらゆる人を尾行することが可能になるかもしれないが、コストが全く見合わない。その結果、警察は経費が許す範囲でしか尾行ができず、それが結果的に行き過ぎを抑止することになっていた。ところが、GPS捜査は、捜査のコストを革命的に安くしたため、行き過ぎを防止することができなくなってしまった。その結果、政治的な活動をしただけでGPSを装着され追跡されるリスクに晒されることが現実化した。これでは、健全な市民社会や民主主義社会が育たないので、行き過ぎを規制する必要が発生するのである。すなわち、GPS捜査を抑止する根拠は、非追跡者の人権ではなく、健全な市民社会あるいは健全な民主主義国家という、社会的・国家的法益にあるというべきである。

おそらく、立法論としては、いわゆる通信傍受法に準じた令状発布制度を設けるべきなのであろう。通信傍受(いわゆる盗聴)は憲法が明示で保証する通信の秘密に対する例外であるため、要件が相当厳しくなっているが、GPS捜査は、一定の限定は必要だが、通信傍受法ほど厳しくなくてもよいであろう。また、通信傍受に比べ、緊急性を要する場合があるだろうから、事後的な令状発布が許されることになる。

だが、最高裁大法廷判決は、立法解決を促しつつも、裁判所に係属する刑事事件の判断としては、GPS捜査を任意処分として、令状が必要であったとの判断まではしないと予想する。一つの理由は、GPS捜査の秘匿を指示していた警察庁の通達が平成27年頃以降撤回されているということは、「最高裁が強制処分と判断しない」という見通しがついたためと思われるからだ。また、強制採尿や盗聴など、当然令状が必要な捜査手法に比べ、GPS捜査はそこまでの必要はない、と判断されると予想されるからである

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