- 2017年03月10日 16:24
物理学者・早野龍五が福島で示した光――研究者として福島に向き合うということ / 服部美咲 / フリーライター
2/3「科学的には意味のない機械」を開発した科学者
「対話」に重きを置くようになった早野さんが次に取り組んだのは、外部被曝の問題だった。当時、外部被曝測定に関しては、「ガラスバッジ」と呼ばれる個人積算線量計を住民に配布して、一定期間身に着けた上で返送してもらい、数ヵ月分の積算線量データをまとめた数字が1つ出るだけだった。この手法では、内部被曝測定のようには自分自身の行動と結果のデータとの対応が見えにくく、早野さんは「これでは対話ができない」と感じていた。
そこで着目したのは、産業技術総合研究所と千代田テクノルがガラスバッジの代替品として製造していた個人積算線量計「D-shuttle」だった。早野さんはD-shuttleの構造を調べ、「この中には1時間ごとのデータが入っているはずだ」と気づいた。千代田テクノルに問い合わせ、「この中には1時間ごとの積算線量データが入っている。
そのデータを読み出せるソフトを開発してほしい」と依頼し、読み取りソフトと併せて在庫の50個を買い取った。1時間ごとの外部被曝線量をグラフで可視化できるD-shuttleは、「どこで時間を過ごしたのか」という個人の行動と数値が細かく対応するという点で、ホールボディカウンターの場合と同様、対話のための有効なツールとして使えることがわかった。
時期を同じくして、住民の内部被曝測定と対話を続けていた福島の病院で、「子供の内部被曝を測ってほしい」という要望が、主に子連れの若い母親から多く出るようになった。しかし、立ったまま2分間静止していなければ測れない従来のホールボディカウンターでは、4歳未満の子供を測定することはできない。
その上、科学的に言えば、幼児は代謝が成人よりも早いため、同じ食事を摂っている場合、大人から検出されなければ幼児から検出されることはない。幼児から微量の放射性物質を検出するためには、より高精度の測定器でなければならないという問題もあった。しかし、母親が子供の内部被曝を心配する思いを理解した早野さんは、「BABYSCAN」と名付けられた小児専用のホールボディカウンターを製作した。
「これは、科学ではなくむしろ対話をするための測定器だ」と当初から明確に開発目的を定めていた早野さんは、東京大学の気鋭の工業デザイナーである山中俊治さんに依頼し、母親が子供を中に入れるのに抵抗がないように、丸みを帯びたやわらかい風合いのホールボディカウンターを完成させた。
見た目のスタイリッシュさに留まらず、アメリカ大手メーカーに依頼して現在福島にあるホールボディカウンターで最も高い精度も備えた。「BABYSCAN」では、人体に生まれつき含まれてはいるものの、幼児の場合は微量すぎて見えないカリウム40の存在まで見ることができる。「もちろん、今まで1人も検出されていません」という。早野さんは、この「BABYSCAN」を使って、福島に住む母親との対話をさらに深めた。
「自分の言葉でふるさとを語れるように」
早野さんと福島高校生との出会いも、地元住民との関わりの中で始まった。放射線被曝の問題などのいわば専門外の活動を続けながら、「たまには専門の原子物理学の話もしたい」と早野さんが話すのを聞いた南相馬市立総合病院の及川友好副院長らが、自らが卒業した福島高校を早野さんに紹介したのは、2013年の秋だった。
ちょうどヒッグス粒子を発見したヒッグスたちがノーベル物理学賞を受賞した週の終わり、早野さんは福島高校に赴き、ヒッグス粒子について英語で特別講義をした。生徒たちの反応は良く、講義の後、2時間にわたって質疑応答が続いた。驚嘆した早野さんは、翌2014年1月に再び福島高校を訪れ、フランスと福島高校をインターネットで繋いで講義を行った。福島高校の生徒たちは、フランスの高校生に向け、英語で福島の現状を伝えた。福島高校生の強い思いと高い能力を確信した早野さんは、その年の3月、自らも所属するジュネーブのCERNで開催される放射線関連セミナーに彼らを連れていくことを決めた。
CERNでのセミナーが終わった後で、福島高校の生徒は世界各国の高校生に囲まれて質問責めにされた。早野さんは、「君たちは本当に福島から来たのか。福島には人が住めないのではないのか」と問われる福島高校生を見ていた。そして「この子たちは将来、こういう偏見に何度でもさらされる」と気づいた。
2016年12月、横浜に住む中学生による、福島から避難してきたことを理由にいじめられていたことを明らかにする手記が公開された。それを皮切りに、いわゆる「原発いじめ」は社会問題になり、2017年2月25日の朝日新聞によると、県内外に避難した住民を対象とした調査で、避難先でいじめにあったりいじめを見聞きしたりしたことがあると答えた人は回答者184人のうち62%にのぼった。
「2014年3月の段階で、早野さんは「福島に生まれ育つ子供たちの教育」という課題の重要性に注目した。「福島に住んでも問題がないということを、この子たち自身が確かな根拠をもって、自分の言葉で語れるようにしなければならない」と考えた。また、世界的な物理学者である早野さんを間近にして学ぶことには、事故の有無に関わらず高い教育効果があると考えた。当然、高校生が真剣に学ぶ姿を見る教師や福島高校以外の県内の高校生への波及効果も少なくない。こうして、早野さんと福島の高校生との関わりが始まった。」
2014年の夏、全国各地の高校生が福島高校で合宿し、D-shuttleを使った実験を企画した。全国の高校生やベラルーシ、ポーランドの高校生にD-shuttleを送って外部被曝線量を計測するというものだ。その結果を使って福島高校生が書いた論文に、早野さんは実験に関わった世界の高校生など233人を著者として記載して、査読つきの放射線専門誌に投稿した。
「233人は多すぎて載せられない」という誌の返答に、物理学の分野では多数の共著者を記載する例があることを経験上知っていた早野さんはひるまず、ノーベル物理学賞を受賞した論文に多くの共著者が記載されている事例を示した。「高校生であろうとも、これら各々この箇所を書いたれっきとした著者である、文句があるか、と大見栄を切りました」という。現在までに8万回以上ダウンロードされている論文の1ページ目には、233人の名前が全て挙げられている。論文を元にした外国人特派員協会での記者会見に早野さんと共に登壇した生徒は、1時間の発表と質疑応答を英語で行った。
早野さんが最初に指導した生徒たちが卒業した後、その後輩も「先輩たちのように、しかし先輩たちがやっていないことに取り組みたい」と早野さんの指導を受けながら強い意欲を示した。卒業生の成果とともに後輩の様子を見た教師の指導意欲も高まった。



