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トランプ政権は貧困層や障害者に致命的な打撃を加えるのか?――日本人の知らないアメリカの「共助」を探る / 三輪佳子氏インタビュー

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生活困窮者をエンパワメントする「Sacred Heart(聖なる心)」

――2015年には、サンノゼ市内の生活困窮者支援NPO「Sacred Heart(聖なる心)」を訪れています。そこで見た困窮者支援のありようは、生活保障を考える上でヒントに満ちたものだったようですね。

Sacred Heartだけではなく、生活困窮者支援NPOや障害当事者団体など、どこで話を聞いても「尊厳(dignity)」と「エンパワメント(empowerment)」が超重要キーワードで、10分間に100回くらいは出てくる感じです。尊厳を高め、エンパワメントするための具体的な手段としては、「選択肢(choice)を作る」という環境整備と、本人による「選択する(choose)」が最初の取り掛かりとして重要視されています。

たとえば食料や衣料の配布を行うときも、お見繕いであてがうような方法は取られません。Sacred Heartでは、スーパーやブティックのように物品が陳列されており、買い物をするように自分で選べるようになっていました。違うのは、出口ではレジでお金を支払うのではなく、点数をチェックしてもらうことです。足を運ぶ機会が増えるように、一回あたりの配布点数は、やや少なめに設定されています。

訪問当時、お話を聞かせていただいたSacred Heartのディレクターは、「選ぶことが、自分を再発見し、自分の価値に気づくきっかけになる」といっていました。生活困窮状態で、心身とも疲れ、自分を尊厳ある存在と考えることが難しくなっている人でも、数ある品物のなかから自分の欲しいものを選び、「いや、これではなく、やはり、あちらを」と考えているうちに、尊厳ある存在である自分を再発見できるのだ、と。

――生活困窮者が「消費者」として振る舞えるように工夫されているんですね。

はい。支援を受けに来る方々は、「カスタマー」と呼ばれています。心身のケア、語学(英語が不自由なため、生活困窮状態に陥りやすくなっている場合もあります)や職業スキルの習得、子どもがいれば子どもぐるみのケアと教育、といったさまざまな機会が用意されており、そこで支援を受ける存在でもあります。

もちろん、「住まいがない」「住まいを失いそう」「仕事がない」「お金がない」「医療が受けられない」といった個々の困りごとに対しては、公的給付や手当の利用が必要です。Sacred Heartでは、公的制度利用のためのサポートも受けられます。

さらに、そこで尊厳ある人間として扱われているあいだに、ボランティアしてみたくなり、Sacred Heartを支えながら支えられ、心身に力を蓄え、人間関係能力を磨き、人間関係を構築し、スキルを身に着け、安定した好条件の就労をしやすくなる、という自然なルートが作られているんです。

物資配布コーナーで、新しいカスタマーをにこやかに迎えて物品の点数をチェックしているのも、カスタマーでありボランティアである人々ですから、目の前にロールモデルがいて「自分もやれる」「自分もやってみたい」と思えるんです。

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Sacred Heartの一角に設けられた、幼児のためのコーナー。居るだけで暖かさを感じ、希望が湧き上がって来そうな場所だ。時には、親の語学教育や就労訓練と、就学前の子どもに対する教育をセットにしたプログラムの場ともなる。

――日本の生活保護に見られるような「スティグマ」にはなりにくいのでしょうか?

就労に成功した後は、Sacred Heartのカスタマーで居続ける必要はありません。でもその後は、地域や子どもの学校で、Sacred Heartで蓄積した人間関係能力を生かしてコミュニティの力になれます。

こういう自然な流れを作る自然な枠組みが出来ていると、「Sacred Heartのカスタマーとして支援を受けていた、当時の生計は生活保護(米国には、それそのものに当たる制度はありませんが)で立てていた」という前歴は、スティグマにしたくても、しようがないんですね。

観念論的な「支援団体の支援や公的給付を受けていたことをスティグマ視すべきか、そうではないか」という話ではなく、実際に、そこで具体的な力を増して、就労など社会で力を認められる機会につながり、地域や学校などのコミュニティに良い影響を与えられる人になるわけですから。

――力を与えられた個人が、今度はコミュニティに活力を与えていく。

そうなんです。人が力を与えられてどのように変わっていくかについて、忘れられない出来事があります。

私が訪問を追えて、近くのハンバーガーショップで食事をしていると、訪問中にちょっと挨拶したカスタマーの男性が近づいてきて、

「わざわざ日本から、僕たちのことを気にかけてくれて、ありがとう」

と、さっき物資配布コーナーでもらったばかりだというナップザックをくれたんです。

「あなたは、これが自分で使いたいからもらったんでしょう?」というと、「うん、自分が好きで気に入ってて、自分にとって大事だから、あなたにあげたいんだ」という返事でした。

後で、そのことをディレクターにメールで「感動した」と伝えると、「僕も感動したよ。彼はSacred Heartで与える喜びに気づいたんだ、と」という返事でした。

その返事は、私にまた衝撃を与えました。日本の生活保護の方々は、「贈る」「贈られる」といった社会的な付き合いからも事実上排除されているわけです。そのことを「不思議だ」「問題だ」と思う人は、あまりいません。

日本はどこまでも、誰かを「ふつう」から排除しないと成り立たない社会のようだけど、どこからどう手を付ければ、この現状が変えられるんだろうか……と暗い気持ちになりました。

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2015年、サンノゼ市のSacred Heartを訪問したおり、20代と思われる男性カスタマーが贈ってくれたナップザック。失職と病気が重なったという彼は、まだ就労できる状態ではないと語っていた。その表情は、暗くはなかった。

――どう手を付ければよいでしょうか?

まずは、「国として、社会として、人に対してしなくてはならないことはする」が基本なのだろう、と思います。

まったく格差がない平等な社会は実現できないでしょうし、そんな社会は想像しただけで気分が悪くなります。でも、誰かがひもじい思いをしていたり、誰かが惨めな思いをしていたり、誰かが寂しすぎる思いをしているようなら、その社会はまともな社会じゃない。公的扶助の役割は、お金によって「ひもじい」「惨め」「寂しすぎる」といったことをなくして、まともじゃない社会を、まっとうな社会に近づけることだと思います。

とはいえ、目の前にいない人々まで、いちいち気にかけていることは不可能です。大災害のときに初めて知る地名が、どなたにも多数あるのではないでしょうか? 「ある」と知らなかった町に住んでいる人のことを、その町が大災害で壊滅的な被害を受け、その人が亡くなることによって初めて知ったことは、何回もあるのではないでしょうか? これは、人間の限られた想像力がもたらす限界であり現実です。

だから、行政が必要なのであり、徴税や分配が必要なのです。欠乏をかかえた人たちがたくさんいる状態を解消するのにお金が必要だったら、まず必要なのは、「お金がないから」という議論ではなく、「○円足りないけど、どこから持ってこようか?」という議論でしょう。それはまだ、可能なのではないかと思います。

――米国にはNPOが創造的に活動できるお金の流れがありますよね。

米国には、「Sacred Heart」以外にも、数多くの力あるNPOがあります。そのパワーの源の一つは、スタッフの人件費だと思います。スタッフを「やりがい搾取」せず、充分な給料を支払えるから、優秀な人がNPOで働きたがるのです。

そして、NPOが成果を上げ、さらに資金を含めてパワーを増していく好循環ができると、NPOはさらに充実した活動を展開できるようになります。ボランティアにも、ボランティア経験が就労の際に好評価されるなどの「現世利益」があります。だから、有給スタッフとボランティアが一緒に気持ちよく働けるのです。

資金源のうち大きなものの一つは、しばしばいわれることですが、寄付です。内訳は団体によって異なりますが、寄付と公共からの業務委託費、そして独自事業が、収入の三本柱になっていることが多いです。

――公共からの委託はいわゆるひも付きにはならないのですか?

そうですね、公共からの業務委託といえば、日本では「丸投げ」というイメージになるでしょうか。米国は、日本以上に「丸投げ」かもしれません。

Sacred Heartのディレクターは、「ここで行なわれていることは、政府方針には必ずしも沿っていないのでは?」と聞く私に、「それはあるけど、行政にはお金を出す自由がある。こちらはこちらで、自分たちのしたいようにする自由がある。結果が良ければ、行政も政府も、文句のつけようがないでしょ?」とウインクしました。

日本が「民間活力を」というなら、民間委託から「お金を出してほしければいうことを聞け」という発想をなくす必要があると思います。たとえば、政府が「保育園落ちた日本死ね」のいい出しっぺを探し出し、「大事なことをいってくれてありがとう。5000万円預けますから、問題解決のためのリサーチとモデル事業化と提案をやってくれませんか?」とお願いするくらい、あっても良いのではないでしょうか?

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