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トランプ政権は貧困層や障害者に致命的な打撃を加えるのか?――日本人の知らないアメリカの「共助」を探る / 三輪佳子氏インタビュー

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トランプ政権下で低所得層と障害者の暮らしはどうなるか? 今後2年間かけて、変化のなかで米国の「コミュニティ」の姿を理解し、明らかにしたいという三輪佳子(みわよしこ)氏(https://camp-fire.jp/projects/view/22114)。なぜ米国なのか。そして、そこに込められている日本社会にとっての意味とは何なのか。話を伺った。

障害者の社会参加を支援するAAAS(米国科学振興協会)

――なぜ米国の低所得層と障害者の暮らしを調査しようと考えたのでしょうか?

私は今、ライターの「みわよしこ」として生活保護制度に関する執筆活動を行うのに加え、大学院で生活保護制度の研究をしています。 生活保護制度の原型は、戦前の救護法でほとんど出来上がっているのですが、包括的な社会保障かつ社会福祉でもある生活保護制度が今の形になった経緯には、敗戦と被占領、特に米国の占領方針が色濃く影響しています。

米国は現在も、良くも悪くも、今後の日本のモデルにされている国です。でも、米国について、とくに米国の社会保障・社会福祉について、日本人は充分な情報を得ていないと思います。そう思ったのは、次のような経験をしたからです。

2008年ごろから、AAASの会員になって『Science』を購読していたのですが、「なんだこれは?」と疑問を感じる広告がありました。車椅子など見た目で分かる障害者が、実験をしていたり研究をしていたりする写真があって、「EntryPoint!」と書いてある広告です。しかも、目次のすぐそばなど、いつも広告の特等席にあるんです。

「EntryPoint!」が何であるかは、調べればすぐ分かりました。これは障害のある理工系学生のためのインターンシッププログラムで、1995年にAAASが開始し、現在も続いています。分からなかったのは、「なぜAAASがそういう活動をするのか」でした。障害者団体でもなく、障害者支援に特化した機関でもないAAASが、なぜだろう? と。

日本で、たとえば日本学術振興会やJSTが、そういう活動を行うことはできるでしょうか? JSTは障害児・障害者教育に関する活動もしているのですが、障害者ではない人々多数を含む誰もが目にするところで、そういうアピールをできるでしょうか? 私は、見たことありません。

AAASが、社会と科学に関する、ほとんどありとあらゆる活動をしていることは、知っていました。今にして思えば「だから障害者の問題にも取り組むのは当然だろう」なのですが、当時は「なんでAAASが?」だったんです。自分のどこかに、「障害者の問題は社会一般から切り離された問題」という意識があったのかもしれません。

――日本との落差が大きすぎて、当時はAAASの活動がうまく理解できなかったと。

そうなんです。で、どういうことなのか、社会的文脈も背景も理解できないまま時間が過ぎていったんですが、2011年2月、思い切って渡米し、毎年2月に開催されるAAAS年次大会に参加してみることにしました。

参加申し込みページに、「障害によってアシストが必要ならチェックを」という欄があります。そこにチェックすると、現在も「EntryPoint!」のディレクターを務めているLaureen Summersさんから「何をしてほしいですか? 何か分からないことはありませんか?」というメールが届きました。

そこで「AAASがなぜ、どのように、障害に関する活動を行ってきたのか知りたい」と答えると、関連するイベントを全部教えてくれました。その一つに、当時「Resource Room Meeting」と呼ばれていたミーティングがありました。障害ある科学者・学生のための有形無形の「resource(資源)」を用意する場なので、そう呼ばれていたんです。

常にスタッフがいて、障害のある人の相談に対応できるようになっていますし、具体的な支援機器や資料も置かれています。貸し出し用の電動車椅子各種とか、車椅子で乗れるタクシーの業者情報とか、障害のある人に対する教育情報とか、障害のある人の修学とキャリア構築に関する情報とか。電動車椅子は、日本でいう身体障害者限定ではなく、足腰が弱っていて年次大会の広い会場を歩き回るのは難しいという高齢者などにも貸し出されます。

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AAAS年次大会会場に設置されたDisability Resource Room で出番を待つ、貸し出し用電動車椅子。日本では公共交通機関を利用できないこともあるスクーター型電動車椅子が人気(2016年2月、ワシントンDCにて)。

手話通訳の必要な人には、「プログラムのすべてで」とはいきませんが提供されますし、資料のテキストデータ化も、必要とあれば行なわれます。たぶん点字資料も必要な人には用意されるのでしょうけれど、私は見たことありません。AAAS年次大会で見かける視覚障害者は、テキストデータの高速読み上げを使っていることが多いです。

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AAAS年次大会での聴覚障害者向け情報保障は、手話通訳・文字通訳・あらゆる人を対象とした文字通訳と拡張され続けており、さまざまな試行錯誤がされている。現在は、手話通訳・文字通訳のスクリーン投影・ネット生中継+文字通訳 が併用されているが、文字通訳結果をスマホアプリに送信する試みがなされていた時期もある。写真は、スマホアプリを使った文字通訳の様子(2015年、サンノゼ)。

私が初めて行った2011年、「EntryPoint!」は16年目に入ったところで、プログラムを終えて就職した元・障害学生たちは、社会で活躍していました。障害のある中学生・高校生が、同じような先輩たちのパネルディスカッションを見ながらピザやお菓子を食べる昼食会も開催されていました。「EntryPoint!」の同窓生たちが相互に支え合ったり、後輩のメンタリングをしたりもしているということでした。

私から見ると、信じられないほど成功しているように見えました。でもミーティングでは、「勤務を続けてキャリア形成している障害者が増えているのは良いことなのだけれども、どうも健常者に比べると出世しにくいこともはっきりした。そろそろ、スーパースターが必要なのでは?」といった議論もされていました。驚きましたし、大学に障害学生が1%はいなかった当時の日本を省みて「恥ずかしい」と思いました。周回遅れどころの騒ぎではないなあ、と。

その後で、「EntryPoint!」を創設した、元AAAS職員のVirginia Stern さんに、30分ほどお話を伺う機会もいただき、大いに感化されました。私は大げさではなく、この30分間で改造されたと思っています(笑)

――AAASの障害に関する取り組みはどのように始まったのでしょう?

Sternさんご自身のお子さんも障害児だったと聞いていますが、AAASの科学と障害に関する取り組みは、1970年代、当時のトップが「この状況を変えてやる!」と決意したところから始まっています。当時、車椅子の理工系学生が、大学院に進学し、そろそろ学会活動に参加する段階になると、「学会会場がバリアフリーではないから入れない」「学会の開催される都市に、泊まれるホテルがない」という問題に直面していましたから。

AAASの年次大会は、毎年2月、米国とカナダのさまざまな都市で開催されます。そこでSternさんたちが考えた戦略は、「会場のホテルに、車椅子で泊まれる部屋を一つ作り、道路との経路・シンポジウムや講演が行われる会場との間の経路をバリアフリーにする」ということでした。

いったんバリアフリー(アクセシブル)に改造されたホテルは、その後もバリアフリーのままです。そのホテルとその都市は、「わが街で学会(その他の大イベント)を参加すれば、車椅子の参加者がいても大丈夫ですよ」と、その後も大規模イベントを招致しやすくなるわけです。

AAASの年次大会自体が、少なくとも5000人、多いと10000人以上の参加者を誇る巨大イベントですから。Sternさんたちは「そのうちホテル業界は、『障害者も参加できるようにすると、自分たちはビジネスを拡大できるんだ』と学習するだろう、そうなったら、黙っていても、ホテル業界はホテルをアクセシブルにするようになるだろう」と見込み、1970年代後半からホテルの改装に取り組みました。

――ホテル側に抵抗はなかったんですか?

最初の数年は、費用をAAASが持つといってもホテルに渋い顔をされたそうです。渋々承諾してもらったものの、年次大会の一週間前に行ってみると工事はされておらず、AAASのスタッフが工務店を手配し、工務店のスタッフに入り混じってバスタブをハンマーで壊したりする作業に参加して、前日にやっと間に合わせたこともあったそうです。

ホテルの方には「障害者が来るようになったらイヤだなあ」という心理的抵抗があったり、格式ある建物を改装したくないという気持ちがあったりしたということです。しかし5年も経たないうちに、予測どおり、ホテル業界は「アクセシブル=ビジネス拡大」と学習し、「どういう改装が必要ですか?」と持ちかけてくるようになったということです。

私は、「私たちは、この活動でホテル業界を変えられると確信していました」「変化を経験することが大切なんです。一度、変化を経験したら、その経験によって人は変化します。変化した人は、さらに社会を変化させます」と語ってニッコリするSternさんに驚きました。近未来のどこをどういうふうに変えることができて、その時、何が実現できているかを、はっきり思い描いた上でのヴィジョンであり、戦略であり、道筋なんです。

――こうした活動が米国障害者法に結実していくわけですね。

そうです。AAASをはじめとするさまざまな団体や個人が、自然に出来て効果の大きそうな活動に取り組んでいった結果として、1990年、ADA(Americans with Disabilities Act, 米国障害者法)が制定・施行されました。

この法律は、日本の旧交通バリアフリー法・旧ハートビル法と障がい者差別解消法を合わせてさらに充実させたような、障害者もいる環境のアクセシビリティをハード面・ソフト面とも包括的に実現する法律です。もちろん、教育や職業に関する記述もあります。

もちろん、法律一つで障害者差別が解消して、障害者が社会で活躍するのが普通になるわけはありません。「直接差別を禁止すれば間接差別が行われ、それも禁止すればより巧妙な間接差別が」といった問題は、現在進行形で米国にもあります。

また、強制力をもった連邦法であり、何回もの法改正が重ねられていますが、現在も強制力の及ばない「谷間」があり、障害を持つ職業人が、活躍しつつも「谷間」で苦しんでいたりもします。しかし米国のADAは、2007年に採択された国連障害者権利条約にも影響を与え、考え方の根幹の一つとなっています。

――Sternさんとのお話から、法律が生み出されるダイナミクスを垣間見たといえますね。

はい。私は、この成り行きに驚きました。世界に影響を与える重要な法律が、こんなふうに草の根から出来ていくのか、と。Sternさんは、ごく普通の成り行きのように語ったのですが……。「デモクラシー」という言葉の意味・内容・イメージは、もしかすると米国と日本でまったく異なるものなのかもしれません。

ちなみに、障害学生向けインターンシッププログラムである「EntryPoint!」が始まったのは、大学で学ぶ理工系学生が順調に増加していた1990年過ぎ、Sternさんに、ある優秀な学生が

「僕は、大学は卒業できるんだろうけど、その後は社会保障で生きていくしかないのかなあ?」

と寂しそうに語ったことがきっかけだった、ということです。

大学に行ける、大学院に行ける、学会にも参加できる、でもそれだけでは不十分なんだ、と。そこから先の一生、職業キャリア構築への道がないとダメなんだ、と。そこで、障害学生向けのインターンシッププログラムが創設され、現在も継続されているというわけです。

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