- 2017年03月02日 08:30
【読書感想】笑いのカイブツ
2/2つまらない俗物が、つまらない「お笑い」を放っているのを嫌悪している。
でも、ボケやネタでツチヤさんが「笑わせている」対象には、まちがいなく、そういう「俗物」が含まれているはずです。僕もその俗物のなかに含まれている。
ツチヤさんは、自分が憎んでいるもの、嫌っているものを喜ばせるボケを、ひたすら生み出そうとしている。
それは、もしかしたら、「俗物の仲間に自分も入りたい」「愛されたい」という気持ちが遠回りしているだけではないのか。
いや、そんな安易な解釈をするのは、あまりにもツチヤさんに失礼ではないのか。
でも、「誰かを笑わせる」ためではない、「芸術のための芸術」のような「お笑い」は成立するのだろうか。
ポケットのケータイが震えた。
我に返り、こめかみを抑える。
ケータイを開くと、新作漫才の執筆依頼が来ていた。
上京していたときに僕が得た唯一の命綱だ。それが今では、お笑いの世界と最後の繋がりとなっている。
「皮肉な話やな」とカイブツの声がする。
「お前を死にたくて、たまらない気分にさせるのは、いつだって世間やのに、皮肉にも、おまえが人生を捧げた笑いは、その世間を楽しませるために、存在しとる」
僕がずっと夢見てきたのは、自分の力で、笑いの世界に激震を起こすことだった。けれど現実は、激震どころか仕事がほとんどない状態だった。
それでも扱ったことがない漫才を見るたびに、カイブツがわめき散らすのだった。
ツチヤさん自身も「わかっている」んですよね。
でも、自分でも、どうしようもない。
ツチヤさんはあまりにも極端なのかもしれないけれど、こういう「カイブツに取り憑かれた人」が生んだもので、「普通の人」たちが人生を楽しんでいる。
ラジオ局では、ただ居るだけという、中途半端な状態が、何ヶ月も続いた。
見兼ねた他の構成作家から「仕事をもらうためには、ディレクターの懐に入れ」とアドバイスされた。
「とにかく全員に媚びて、気持ち良くさせれば仕事がもらえる」と言われた。
その時、脳裏に浮かんだのは、吉本の劇場で、舞台監督の肩を揉む、構成作家見習いの奴だ。それが浮かんだ瞬間、心底吐き気がした。
奴になりたいか? 思い出しただけで、心底吐き気がした。
だけど、あれが正しい構成作家の戦い方だったのだ。いの一番に舞台監督の懐に入った奴が正しくて、劇場で人間関係を度外視して、毎日ネタばかり作っていた僕は間違っていたんだ。
この世界で生きて行くということは、奴になるということでしかないのだ。
でも、よくよく見渡してみれば、業界全体が、そんな人間を是としていた。
いや、世界全体が汚くて醜くて不純な人間を是としていた。
僕の中の“正しさ”は、この世界とズレまくっている。
「お笑いをやめる」と初めて口にしたのは、その頃だった。
ツチヤさんに、藤子・F・不二雄先生にとってのA先生のような「外部への折衝役」をつとめてくれるような相方や、マネージャーのような存在がいれば……とも思うんですよね。
この本に書かれているネタは、僕のようなお笑いにあまり詳しくない人間が読んでも「面白いなこれ」って感じるものだったし。
でも、アルバイト先の同僚としては、「こういう人と一緒には、働きづらいだろうな」というのもよくわかります。
世の中には、その職種に必要とされている技能だけでなく、うまく自分をアピールする力、とか、周りとうまくやっていく才能、みたいなのが必要な仕事って、多いんですよね。
海外移籍したサッカー選手でも、どんなにサッカーが上手くても、「外国の環境や生活習慣に適応すること」や「周囲の選手や首脳陣とうまくやっていくコミュニケーション能力」がないと、活躍することはできないのです。
「笑いに取り憑かれた男」の触ると火傷しそうな半生記。
すごく面白かった、というか、面白い、と言っていいのかわからないけれど。
ただ、これを読むと、ツチヤさんが作った、と聞いたら、そのネタで笑う前に、この本のことを思い出して、身構えてしまうかもしれません。
「笑いを語る」って、本当に難しい。

- 作者: 若林正恭
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