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『MATSUMOTO』 フランス人作家が描く「日本の犯罪史上最悪の事件」の衝撃

「死者21人、負傷者7000人超」

この数字は、1994年~1995年にかけて麻原彰晃を教祖とする宗教団体「オウム真理教」が起こした、世界初のバイオテロ事件の被害者数だ。

先日、とある宗教団体発のアイドルユニットが発足したとのニュースについて、プロインタビュアーの吉田豪氏がツイートした内容が一部ネット上で注目を集めていた。

1995年の「地下鉄サリン事件」から、すでに22年が経つ。10代はもちろん、20代の中にも「オウム真理教」という教団、そして冒頭に記した教団による「凶行」について、そもそも「存在を知らない」という状況さえ生まれてきているとも言えるだろう。

そんな中、フランス発のマンガ(バンド・デシネ)、『MATSUMOTO』(原作LFボレ・作画フィリピ・ニクルー)が先日、日本で刊行された。「松本サリン事件」「地下鉄サリン事件」という日本の犯罪史上「最悪」とも言える二つの事件の様相を教団内、そして松本の地に暮らす「生活者」の両方の視点から描いた作品だ。

BLOGOS編集部
フランスは公立学校でのムスリムのスカーフ着用を禁止しているように、政教分離(ライシテ)の明確な国だ。信者を精神的・身体的な依存状態に置き、詐欺行為や医療妨害など悪質な行為を繰り返す団体に対し、法律によって強制的に解散させることを可能にする「反セクト法」を制定するなど、カルト団体に対しても世界的に見て先進的な対策を行ってきた。このような背景もあり、オウム真理教が当時の日本で起こした凶行は、フランスの人々にも衝撃を与え、二十数年が経ったいまでも彼らのうちに記憶されているという。

日常と隣りあわせで進行する「最悪の暴力」

このマンガが描く人物の一人に、長野県・松本の地で金物店を営む男性がいる。彼は自分の店こそ繁盛してないものの、ピアノ教室を開く妻、三人の子供たち、そして愛犬に囲まれ、平凡に暮らしている。

しかしサリン事件によって、彼は突然「事件の犯人」として警察、そして世間に疑いの目を向けられることになる。その主な理由は、第一通報者であったこと、庭の手入れのため家に農薬が保存してあったこと、そして、犬の鳴き声やピアノの音などが原因でたびたび近隣住民とトラブルを起こしていたことだった。
誠文堂新光社


「頼む、目を開けて私に答えてくれ…! 私のそばに戻って私を守ってくれ! 君が必要なんだ…」
サリンの被害で意識不明の重体に見舞われた妻の横で、男性が自らの人生の不条理を嘆くシーンが印象的だ。彼はこの後「毒ガスを撒いた気の狂った殺人犯」として、メディアから攻撃され、世間から激しい非難を浴びることになる。

物語は同時に「科学部門担当」の男性信者を中心とした、事件を起こすまでの教団内の動きを追う。日常と隣あわせに無差別に行われる「最悪の暴力」が準備されていることの恐怖が、スリリングに描かれていく。

その中で興味深いのは、教祖と信者の関係だ。ここに描かれる「教祖」は「忌むべき物欲の世界に禁欲しろ」と説き、「ハルマゲドンで東京を壊滅せよ」などと大げさな言葉を使う一方で、常に横には信者でもある愛人たちを侍らせている。

誠文堂新光社
しかし、信者たちは傍から見れば煩悩だらけの「俗物」教祖に従うことをやめない。それは、ある「大きな目的」を持った集団に属し、教祖に帰依することで、「万能感」や「使命感」が得られるからだ。原作者のボレ氏は評論家・切通理作氏との対談(巻末に収録)で、彼らの心理をこう分析している。

「幹部の彼は教祖が信者に向けて公に喋っていることと、やっていることが違うというのは気づいている。でもそれより、教団が持っている巨額のお金を使って、自分の好きなように武器や設備を開発できる環境の方が、彼にとっては重要なこと。彼の眼には一大権力を築き上げた魅力的な集団として映っていたのではないか」 (同対談より)

本書はこうした、カルト教団に入信する若者たちが後を絶たない「病理」をも描きだす。

「実在の人物」たちをモデルにしたフィクション

上の「金物屋の男性」や「科学部門担当の男性信者」の話で、すぐにモデルの人物が頭に浮かんだ人も多いだろう。このマンガの登場人物たちは、実在の人物を元に作られている。実際、本書の参考文献には『アンダーグラウンド』の名前がある。村上春樹氏が地下鉄サリン事件の関係者たちへのインタビューをまとめたノンフィクション作品だ。
「もちろん、これは事実を基にしてクリエイトした<物語>です。しかし、ドキュメンタリーだと受け止められることも全然問題ない。第一次的には真実を伝える為のストーリーなのですから」(同対談より)

自らを「ジャーナリスト」とも名乗るボレ氏が『MATSUMTO』を通して描きたかったのは何か。氏は日本語版刊行に際し、特別寄稿という形でメッセージを発表している。
「私たちは松本サリン事件の犠牲者たちを忘れてはなるまい。日本で起きたこの知られざる悲劇の犠牲者たち、彼らを歴史から忘却すべきではない。
もし松本での事件から何らかの教訓を引き出してさえいれば、その後に起きたさらに恐るべき事件の対策を取ることもできたかもしれないのだ」
本書で描かれる、カルト教団が起こす「最悪」の事件。われわれがその中で目の当たりにするのは、宗教テロリズムの病理、ずさんな警察捜査、平凡な一般市民がそれまでの生活を奪われることの恐怖と様々だ。

事件から20数年が経過した。ISをはじめ国際的にテロが頻発する情勢の中、我々が本書をきっかけとしてオウム真理教の起こした凶行について再び考えることは、意味のあることだろうではないだろうか。

誠文堂新光社

MATSUMOTO
MATSUMOTO
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LF ボレ フィリップ ニクルー
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