- 2017年03月03日 08:58
「古代ローマを調べてくれ」 孫正義が歴史から学んだ三〇〇年帝国のつくり方 - 嶋 聡(多摩大学客員教授)
2/2なぜ政治指導者と会うのか
二〇一六年一二月六日、世界企業帝国をめざすソフトバンク孫正義社長はトランプ次期アメリカ大統領と黄金色がまぶしいニューヨークのトランプ・タワーで会談した。
パックスロマーナのローマ帝国。パックスアメリカーナのアメリカ合衆国。中国の台頭と、アメリカ経済の相対的地位低下もあり、アメリカは世界の警察官から手を引き、ローマのように衰亡するのではないかとも言われるが、アメリカ大統領は、いまだ世界のトップリーダーである。日本の一経済人が、アメリカ次期大統領と会う。あきらかに「世界企業帝国」をめざす行動である。会談後、両氏はそろってトランプ・タワーのロビーに登場した。一九一センチのトランプ氏と並ぶとより小柄に見える孫氏だが、世界を動かすという意志を感じた。
「新しく国を興したものは、次のことを守らねばならない。敵から身を守る方策を立てること。味方を獲得し、味方網と呼んでよいものを確立すること。(中略)他国の指導者たちとの間に友好関係を確立すること。これは、彼らの敬意を獲得することの利益の他に、彼らが侵略しようにも慎重にならざるをえないように仕向けるためである」(『君主論』)
孫正義は私が社長室長になる前、政治にはナイーブであった。どちらかというとシリコンバレー企業のように、政治とは無関係でありたいと思っていた節がある。しかし、衆議院議員であった私を社長室長として起用し、八年を一緒に過ごすうちに、世界企業帝国をつくるためにはまず、他国の指導者を押えるのが重要であると素直に理解したようである。
インドへの投資の時には、モディ首相に会い、ARM買収のときにも、メイ首相と会談した。そして、今回のトランプ大統領である。
孫正義はトランプ氏と約四五分間にわたって会談した。会談終了直後にトランプ氏は、ツイッターで孫氏が示した投資と雇用創出についての計画を紹介した。さらに孫氏をファーストネームで呼び、「マサはわれわれが選挙で勝たなかったら、この投資を決してしなかっただろうと言ってくれた」と連続でツイート。自身の手腕が大規模な投資を呼び込んだとアピールした。
トランプ政権とアップルを始めとするシリコンバレー企業との間には今、隙間風が吹いている。シリコンバレーが、クリントン陣営を積極的に支持したからである。
『孫子』謀攻篇に「上兵は謀を伐つ、其の次は交を伐つ、其の次は兵を伐つ」とある。クリントン政権と組んで、世界を制覇するというシリコンバレー企業の「謀」は崩れ、トランプ政権との「交」は断たれたままである。「世界企業帝国」をめざす孫正義にとって、シリコンバレー企業とトランプ政権の関係が良好でないのは絶好のチャンスである。
「弱体な国家は常に優柔不断である。そして決断に手間取ることは、これまた常に有害である」(『政略論』)
トランプ会談で何を話したか

孫氏は知人を通じ、一挙にトランプ次期大統領との会談をとりつけた。
トランプ氏と並んだ孫氏が手に持ちテレビカメラに映るように見せていた資料(一七五頁写真)には、ソフトバンクとアイフォーンの生産をしているFoxconn(鴻海)が一緒にアメリカに投資をするということが書かれていた。現に、一月にはFoxconnのテリー・ゴウ会長が八〇〇〇億円かけて、アメリカにディスプレイ工場を建設することを発表した。これで三万から五万人の雇用を生み出せるという。
一般に要人とビジネスマンが会談したとき、使用した資料を報道陣に見せることはない。孫正義もそのあたりのことはよく知っている。知っていて、見せたということは、ここに重要な意味があるということである。
薩摩が買った武器を、武器購入が禁止されていた長州へ渡し、薩長同盟を実現した坂本龍馬を敬愛する孫氏のことである。アイフォーンのディスプレイ工場を手土産にトランプ大統領とアップル、ひいてはシリコンバレー企業と政権との仲を取り持つことを考えたに違いない。少なくとも私が孫正義の参謀のままだったら、そう進言した。シリコンバレー企業に恩を売り、「味方網」をつくるのに役立つからである。
時代をつかめる政権準備期にトランプ氏と会えた孫正義は日米記者団に対し、「トランプ氏は積極的に規制緩和を推進すると話していた。私はそれはすばらしいことだと思っており、もう一度ビジネスをする国として米国にチャンスがやってくると考えている。米国は再び偉大になる」と述べた。
市場重視主義は効率と成長をもたらすが、ほうっておくと格差と社会正義との乖離をもたらす。そこで、政治が法律などの規制によって社会正義を追求する。だが、規制が行き過ぎると経済は停滞してしまう。トランプ政権は十年以上続いている世界経済停滞を吹き飛ばすかもしれない。孫正義は、トランプ氏に会うことによって、時代の流れを読んだのである。
「何かを成し遂げたいと望むものは、それが大事業であればあるほど、自分の生きている時代と、自分がその中で働かねばならない状況を熟知し、それに合わせるようにしなければいけない。(中略)状況を知り尽くし、時代の流れに乗ることのできた人は、望むことも達成できるのだ」(『政略論』)
織田信長が、「人生五十年」と歌ったように、孫氏も常に人生、後何年かを意識している。六十代で引退というのは断行するであろうから、後十一年である。トランプ氏が一期四年で終わるのか、二期八年続くのか解らない。たとえ、四年としても孫氏にとって、政権準備期、これからアメリカと世界の設計図を描こうとしているときに会談したのは大きな意味を持っている。
実は、孫正義には政権準備期に会うというのが効果的であるという成功体験がある。二〇〇〇年三月、大統領就任直前のプーチン氏に、後の世銀総裁となるウォルフォウィッツ氏の紹介で会ったことがあるのだ。
「日本人で初めて、プーチンに会ったのですよ。そのときに会った若い人たちが、みんなプーチン政権の閣僚になっていました」と孫氏は嬉しそうに私に話していた。
首相よりも先にプーチンと会う

二〇一六年一二月一六日、財界総本山、経団連会館で開かれた財界人らによる会合「日露ビジネス対話」がスタートしようとしていた。
ロシアのプーチン大統領が出席することから、会場は厳戒態勢であった。会合がスタートする直前、孫正義社長が会場に着いた。
ソフトバンクは私が入社した直後の二〇〇六年、経団連に加盟している。したがって、経団連主催の「日露ビジネス対話」に出席しても不思議はない。だが、孫正義社長が経団連の会合に参加したのは、約十年で二回だけ。一回は、経団連加盟の歓迎会。もう一回は、二〇一一年一一月、原発再稼動推進のエネルギー政策に異を唱え、当時の米倉昌弘会長と激しく議論をしたときである。後は、すべて私が代理で出席していた。
プーチン大統領と安倍首相が合流し、入場する直前のことであった。会場前のフロアで、孫社長がプーチン大統領に近づくと、プーチン大統領もそれに応じ、肩を抱き合いながら「立ち話」をした。
「トランプ次期大統領と電話で話す予定があって、プーチン大統領からも『ぜひよろしく伝えてくれ』と頼まれた。今度、われわれは米国に投資するが、『ぜひロシアにも』と頼まれた」。孫社長はプーチン大統領との「立ち話」の内容をこう明かした。海洋国家の雄、アメリカ、大陸国家の雄、ロシアの二トップの橋渡し役になっているとは坂本龍馬よりもスケールが大きい。
さらに「(プーチン)大統領から『ロシアに来てほしい』といわれたので、五月前後に行こうかと思う。『人工知能(AI)とか最先端の技術を開発していこう』という話があった」と続けた。
二〇〇〇年に初めてプーチンに会った頃、日本はITバブル絶頂期で、「ビル・ゲイツを三日間だけ抜いたことがある」という孫正義はロシアへの投資を考えていた。だが、バブルは崩壊し、ロシアへの投資も夢のまま終わった。今回はそのリベンジである。
孫氏とプーチンの肩を抱き合いながらの「立ち話」は何度も報道され、安倍総理とプーチン会談を吹き飛ばすような勢いであった。
孫氏に感謝された助言
ニュース画面を見ながら、私は『政略論』の一節を思い出した。
「一市民が国のためになる事業を行おうと思ったら、まずはじめに人々の嫉妬心を押え込むことを考えねばならない。(中略)人々に芽生えがちな嫉妬心を克服できるかどうかは、大事業が成功するか失敗するかの分かれ道である」
孫正義は私との行動から政治と組むことの重要性を理解したが、政治は嫉妬の世界であることをまだ理解しきっていない。案の定、「官邸が孫氏の行動に対し、憮然としていた」「経団連が不快感を示している」との報道がなされた。大胆な行動の前には、最悪に備える慎重な配慮と準備が必要なのに、今回はそれがなされていないように思えた。
世界企業帝国をめざす孫氏が織田信長のように「高転びに転ぶ」ことがないようにと私は孫氏にメールにて進言した。詳細は言えないが孫氏からは「ご助言ありがとうございます」との返事が返って来た。トランプ大統領やプーチン大統領という世界のトップリーダーに会いながら、元部下の進言を素直に受け入れるのも孫氏のすごいところである。
孫正義は日本で初めて、アップル、グーグル、アマゾンのような「世界企業帝国」を本気でめざしている。「三〇〇年以上続いた王朝の繁栄と滅亡」として、ローマ帝国、モンゴル帝国を研究している。それは「三〇〇年以上続く企業」であるソフトバンク世界企業帝国をつくるための研究である。
ARMを買収したかと思うと、トランプ大統領と会い、プーチン大統領と談笑する。孫氏の大胆な行動はすべて「世界企業帝国」をつくるためである。
行動は慎重より果敢であるほうがよい、運命の神は女神なのだから、時折、乱暴に扱うことが必要だとマキャベリは言う。運命は冷静に対してくるものよりも征服したいという欲望を露にしてくるもののほうになびく。若者のように激しく、大胆に行動したものが運命を支配するというのである。
孫正義はこれからも大胆に、激しく「世界企業帝国」をめざして行動してゆくに違いない。
しま さとし 1958年岐阜県生まれ。1996年より衆議院議員(新進党→民主党)を3期9年務める。2005年の落選を契機にソフトバンク社長室長に転身。8年間、同職を務めた。著書に『孫正義の参謀』(東洋経済新報社)、『孫正義2.0新社長学』(双葉社)など。
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