- 2017年02月28日 08:30
【読書感想】騎士団長殺し
2/2これは、まさに「村上春樹が、自らの肖像画を書いてみた小説」だと、僕は思ったのです。
こういう「旅先の酒場で偶然となりに座った人が話してくれた不思議な話」的なものを「読ませる技術」って、本当にすごい。
科学的に辻褄が合わない話を、「そういうものだ」と読者に受け取らせるのは、並大抵の筆力ではありません。
でも、読み終えても、登場人物の個人的な問題はある程度解決したのだろうけど……という、ちょっと拍子抜けしてしまう感じはあるのです。
不穏な空気は、読み終えてもまだ漂い続けている。
これは、いままでだと「第3部」があるパターン、のようにも思われるのですが、個人的には、もうこれで終わりのほうが幸せなんじゃないか、という気もするんですよ。
しかし、これで終わりだと、あまりにも「小さい世界の話」でもある。うーむ。
ただ、「原点回帰」しているようで、少しずつ、以前とは違うところに着地してもいるんですよね。
この『騎士団長殺し』って、これまでも村上春樹さんの長編では存在していた「主人公や世界にとっての、明らかな敵」が、なかなか見えてこないところがあるのです。
それは、村上さん自身、そして読者にとっての、良い意味では「成熟」だし、悪い言葉にすれば「妥協」なのかもしれません。
「どんな本を読んでいたの?」
私は読んでいた本を彼女に見せた。それは森鴎外の『阿部一族』だった。
「『阿部一族』」と彼女は言った。そして本を私に返した。「どうしてこんな古い本を読んでいるの?」
高校時代に、国語の先生が、この『阿部一族』という小説のことを教えてくれたのです。
「森鴎外の最高傑作で、すごい作品なんだけれど、とにかく読むのはけっこうキツいというか、退屈な小説なんだよね」って。
『騎士団長殺し』って、「調味料を使って読みやすくした『阿部一族』」のようにも思えてくるのです。
「じゃあもしぼくが『騎士団長は存在しない』と思ってしまえば、あなたはもう存在しないわけだ」
「理論的には」と騎士団長は言った。「しかしそれはあくまで理論上のことである。現実にはそれは現実的ではあらない。なぜならば、人が何かを考えるのをやめようと思って、考えるのをやめることは、ほとんど不可能だからだ。何かを考えるのをやめようと考えるのも考えのひとつであって、その考えを持っている限り、その何かもまた考えられているからだ。何かを考えるのをやめるためには、それをやめようと考えること自体をやめなくてはならない」
私は言った。「つまり、何かの表紙に記憶喪失にでもかからない限り、あるいはどこまでも自然に完全にイデアに対する興味を失ってしまわない限り、人はイデアから逃げることができない」
なんのかんの言っても、僕は村上春樹さんを「スルー」できない。
「スルーしよう」と思っている時点で、「スルーできていない」のだから。

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