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- 2011年09月24日 01:00
シリーズ・米中対潜戦:最終回 続くアメリカの優位
最後に、対潜戦(ASW)に欠かせない要素であるキューイング(彼我の位置情報指示や戦闘指示)についてお話します。
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(OTHレーダー)
潜水艦は決戦兵器ではなく(そうなる可能性がゼロというわけではありませんが)、累積戦略に用いられるものです。そのために、できるだけ位置情報を秘匿し、神出鬼没であることが要求されます。中国の潜水艦能力がたとえアメリカ水準のものでなくとも、第一列島線を超えた外洋で展開するとなると、アメリカとしてもやっかいなものになります。
こうした潜水艦の性格上、できるだけ自分から音響情報を発することは控えたいものですが、移動や攻撃に際して情報の取得は不可欠です。
そこで、キューイングが重要なものになってきますが、キューイングのプラットフォームは、一般的に紛争開始後は脆弱なものとなります。滞空時間の長い洋上哨戒機に搭載された空中配備型のレーダーは優れた対艦偵察システムではありますが、航空優勢を争う状況下では効果的ではないですし、陸上基地も必要です。中国はアメリカのP-3のような長距離警戒監視航空機への開発はあまり進んでおらず、目下のところOTH(超水平線)レーダーを開発し、浙江省などに配備しています。
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(OTHレーダーの概念図)
OTHレーダーは、短波帯を用いて電離層(Ionosphere)と電波の相互作用を利用し、長距離探知を可能にします(上図参照)。冷戦初期に弾道ミサイル警戒システムとして配備されたのが始まりで、現在では条件次第で3,000kmまで探知可能なものもあります。ただ、電離層の密度などが天候や太陽活動に左右されるため、OTHレーダーの探知距離は随時変化してしまうという弱点があるほか、特性上、近距離のものは探知できません。さらに、精度も低く、距離分解能が10kmというようなものもあります。これは、2つの対象の距離が10km以上離れていないと、レーダー画面上、別々のものだと認識できないということです。
近年、中国はDF-21D対艦弾道ミサイル(ASBM)のターゲッティングのために、OTHレーダーへの関心を強めていて(あまり実を結ぶとは思えませんが)、もし中国がオーストラリアのジンダリー作戦級レーダー・ネットワークのようなOTHレーダー技術を獲得するとなると、アメリカも注意を払わざるを得なくなるかもしれません。中国のOTHレーダーの開発状況は不明ですが、少なくとも近い将来には、西側と同レベルに機能すると考えられ、ミサイルなどによる物理的な攻撃には脆弱だとしても、ECCM(対電子対抗手段)のツールなどとして運用されるかもしれません。
潜水艦にとってキューイングが重要であると言うことは、言い換えれば、キューイングの阻止がASWにとっては重要なファクターとなります。
中国の潜水艦が米艦隊に対峙するにあたり、OTHレーダーなどがそうしたキューイングソースとして用いられていますが、既述の通り、OTHレーダーは物理攻撃に脆弱なだけでなく、精度の面でも信頼性の高いものではありません。また、中国が現在配備しているバイスタティックOTHレーダーは、電子攻撃に弱いという問題があり、中国が第一列島線を超えたエリアで潜水艦へのキューイングやASBMのターゲッティングを実施するためには、海洋監視衛星技術の向上が必要となります。特に、ASBMのことを考えれば、実開口MTI(移動目標検出)レーダー衛星を開発し、低軌道(LEO)へ配備することが考えられます。しかし、MTIレーダーはOTHレーダーよりも地理的位置情報を獲得する上で優れているのですが、ELINT衛星とは違ってEMCONに弱いといった側面があります。
このように、OTHレーダーやLEO衛星はどれも一長一短があり、ASWのキューイングの信頼性向上のためにはこれらを相互補完的に使う必要があるのですが、中国がこの種のアセットにキューイングを担わせざるを得ない事情が、航空優勢の問題です。
実際、航空優勢のある環境下では、洋上偵察・識別・ターゲッティングなどは、空中配備型プラットフォームにやらせた方が確実です。解像度が高く、コストも格段に安く、その分数が揃えられるというメリットもあります。米海軍の広域洋上監視システム(BAMS)におけるグローバル・ホークのような高高度長時間滞空(HALE)無人航空機などは、この分野の新しいプラットフォームとして今後成長していくことでしょう。アメリカは持続的偵察任務にP-3やP-8、そしてグローバル・ホークのような無人機を展開させており、この点における米中の差はかなり大きいものです。さらに、いまや商業ベースの光ファイバーケーブルが世界中に張り巡らされ、HALE UAVなどを介した通信ネットワークが、軍事的にも「ラストワンマイル」問題を解決するものとなりつつある状況です。
ただし、アメリカが有人・無人を問わず、のびのびと空中配備型キューイングソースを展開させられるのは、あくまでも航空優勢を確保する自信と実力があるからです。中国にもこうした背景があれば、なにもOTHレーダーなどに頼る必要などないでしょう。つまり、空をコントロールすることによって、アメリカは対中ASWを優位に推移させているのですね。
ASWの戦場は、今や海底から宇宙、そしてサイバー空間にまで拡がる立体的なもので、残念ながら全貌を一度にまとめることはできません。今回のシリーズでは、MIT安全保障研究プログラム(SSP)のオーウェン・コート副所長による『Assessing the Undersea Balance Between the U.S. and China』[PDF]という報告書をベースにして、あえて個々の潜水艦の性能比較だとか日本の海自のASW戦力については言及しませんでした。
戦略的な観点から、統合エアシー・バトル(ASB)構想なども絡ませるべきだったかもしれませんが、それはまたいずれ稿を改めたいと思います。相変わらず安全保障的アプローチと軍事的アプローチがないまぜなふわふわしたブログですね…。
いずれにしても、米中の統合的な水中戦力比較をすれば、中国の軍事力増強は侮れないものではあるものの、現状、第二列島線内の外洋はもちろん、第一列島線のコントロールを巡るASWにおいても、アメリカにはまだ太刀打ちできない、という月並みですが厳然たる事実に行き着きます。
もちろん、先述の通り潜水艦は決戦兵器ではありませんし、非対称戦力として中国の旧式潜水艦がアメリカの最新鋭の水上艦に致命的な損害を与えうるものであるため、米国内のいずれの報告書や資料においても、不用意に過小評価したりはしていません。
それどころか、本シリーズでもご紹介したように、中国とのASWに備えて技術研究・開発、投資を進め、常に優位なバランスを保とうと努めています。また、日本を含む西太平洋でアメリカのASW戦力を展開させてプレゼンスを示すことで、中国潜水艦戦力を牽制する動きを見せています。例えば、米原潜の日本への寄港は昨年だけで18隻61回に及び、寄港日数は延べ197日間という高水準でした。米音響測定艦の寄港回数と停泊日数も増加しており、アメリカが注意を怠っていない証左ですね。
米中両国の水面下の角逐がどのような軌跡をたどるのか、今後も注目していきたいと思います。
(終わり)
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中国の海洋監視能力
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(OTHレーダー)
潜水艦は決戦兵器ではなく(そうなる可能性がゼロというわけではありませんが)、累積戦略に用いられるものです。そのために、できるだけ位置情報を秘匿し、神出鬼没であることが要求されます。中国の潜水艦能力がたとえアメリカ水準のものでなくとも、第一列島線を超えた外洋で展開するとなると、アメリカとしてもやっかいなものになります。
こうした潜水艦の性格上、できるだけ自分から音響情報を発することは控えたいものですが、移動や攻撃に際して情報の取得は不可欠です。
そこで、キューイングが重要なものになってきますが、キューイングのプラットフォームは、一般的に紛争開始後は脆弱なものとなります。滞空時間の長い洋上哨戒機に搭載された空中配備型のレーダーは優れた対艦偵察システムではありますが、航空優勢を争う状況下では効果的ではないですし、陸上基地も必要です。中国はアメリカのP-3のような長距離警戒監視航空機への開発はあまり進んでおらず、目下のところOTH(超水平線)レーダーを開発し、浙江省などに配備しています。
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(OTHレーダーの概念図)
OTHレーダーは、短波帯を用いて電離層(Ionosphere)と電波の相互作用を利用し、長距離探知を可能にします(上図参照)。冷戦初期に弾道ミサイル警戒システムとして配備されたのが始まりで、現在では条件次第で3,000kmまで探知可能なものもあります。ただ、電離層の密度などが天候や太陽活動に左右されるため、OTHレーダーの探知距離は随時変化してしまうという弱点があるほか、特性上、近距離のものは探知できません。さらに、精度も低く、距離分解能が10kmというようなものもあります。これは、2つの対象の距離が10km以上離れていないと、レーダー画面上、別々のものだと認識できないということです。
近年、中国はDF-21D対艦弾道ミサイル(ASBM)のターゲッティングのために、OTHレーダーへの関心を強めていて(あまり実を結ぶとは思えませんが)、もし中国がオーストラリアのジンダリー作戦級レーダー・ネットワークのようなOTHレーダー技術を獲得するとなると、アメリカも注意を払わざるを得なくなるかもしれません。中国のOTHレーダーの開発状況は不明ですが、少なくとも近い将来には、西側と同レベルに機能すると考えられ、ミサイルなどによる物理的な攻撃には脆弱だとしても、ECCM(対電子対抗手段)のツールなどとして運用されるかもしれません。
アメリカを優位にする航空優勢
潜水艦にとってキューイングが重要であると言うことは、言い換えれば、キューイングの阻止がASWにとっては重要なファクターとなります。
中国の潜水艦が米艦隊に対峙するにあたり、OTHレーダーなどがそうしたキューイングソースとして用いられていますが、既述の通り、OTHレーダーは物理攻撃に脆弱なだけでなく、精度の面でも信頼性の高いものではありません。また、中国が現在配備しているバイスタティックOTHレーダーは、電子攻撃に弱いという問題があり、中国が第一列島線を超えたエリアで潜水艦へのキューイングやASBMのターゲッティングを実施するためには、海洋監視衛星技術の向上が必要となります。特に、ASBMのことを考えれば、実開口MTI(移動目標検出)レーダー衛星を開発し、低軌道(LEO)へ配備することが考えられます。しかし、MTIレーダーはOTHレーダーよりも地理的位置情報を獲得する上で優れているのですが、ELINT衛星とは違ってEMCONに弱いといった側面があります。
このように、OTHレーダーやLEO衛星はどれも一長一短があり、ASWのキューイングの信頼性向上のためにはこれらを相互補完的に使う必要があるのですが、中国がこの種のアセットにキューイングを担わせざるを得ない事情が、航空優勢の問題です。
実際、航空優勢のある環境下では、洋上偵察・識別・ターゲッティングなどは、空中配備型プラットフォームにやらせた方が確実です。解像度が高く、コストも格段に安く、その分数が揃えられるというメリットもあります。米海軍の広域洋上監視システム(BAMS)におけるグローバル・ホークのような高高度長時間滞空(HALE)無人航空機などは、この分野の新しいプラットフォームとして今後成長していくことでしょう。アメリカは持続的偵察任務にP-3やP-8、そしてグローバル・ホークのような無人機を展開させており、この点における米中の差はかなり大きいものです。さらに、いまや商業ベースの光ファイバーケーブルが世界中に張り巡らされ、HALE UAVなどを介した通信ネットワークが、軍事的にも「ラストワンマイル」問題を解決するものとなりつつある状況です。
ただし、アメリカが有人・無人を問わず、のびのびと空中配備型キューイングソースを展開させられるのは、あくまでも航空優勢を確保する自信と実力があるからです。中国にもこうした背景があれば、なにもOTHレーダーなどに頼る必要などないでしょう。つまり、空をコントロールすることによって、アメリカは対中ASWを優位に推移させているのですね。
ASWの戦場は、今や海底から宇宙、そしてサイバー空間にまで拡がる立体的なもので、残念ながら全貌を一度にまとめることはできません。今回のシリーズでは、MIT安全保障研究プログラム(SSP)のオーウェン・コート副所長による『Assessing the Undersea Balance Between the U.S. and China』[PDF]という報告書をベースにして、あえて個々の潜水艦の性能比較だとか日本の海自のASW戦力については言及しませんでした。
戦略的な観点から、統合エアシー・バトル(ASB)構想なども絡ませるべきだったかもしれませんが、それはまたいずれ稿を改めたいと思います。相変わらず安全保障的アプローチと軍事的アプローチがないまぜなふわふわしたブログですね…。
いずれにしても、米中の統合的な水中戦力比較をすれば、中国の軍事力増強は侮れないものではあるものの、現状、第二列島線内の外洋はもちろん、第一列島線のコントロールを巡るASWにおいても、アメリカにはまだ太刀打ちできない、という月並みですが厳然たる事実に行き着きます。
もちろん、先述の通り潜水艦は決戦兵器ではありませんし、非対称戦力として中国の旧式潜水艦がアメリカの最新鋭の水上艦に致命的な損害を与えうるものであるため、米国内のいずれの報告書や資料においても、不用意に過小評価したりはしていません。
それどころか、本シリーズでもご紹介したように、中国とのASWに備えて技術研究・開発、投資を進め、常に優位なバランスを保とうと努めています。また、日本を含む西太平洋でアメリカのASW戦力を展開させてプレゼンスを示すことで、中国潜水艦戦力を牽制する動きを見せています。例えば、米原潜の日本への寄港は昨年だけで18隻61回に及び、寄港日数は延べ197日間という高水準でした。米音響測定艦の寄港回数と停泊日数も増加しており、アメリカが注意を怠っていない証左ですね。
米中両国の水面下の角逐がどのような軌跡をたどるのか、今後も注目していきたいと思います。
(終わり)
リンク先を見る戦略論の原点―軍事戦略入門
著者:J.C. ワイリー
販売元:芙蓉書房出版
(2007-04)
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リンク先を見るレッド・オクトーバーを追え! スペシャル・コレクターズ・エディション [Blu-ray]
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販売元:パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
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