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ロヒンギャ問題とは何か:民主化後のミャンマーで変わったこと、変わらないこと

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「 ロヒンギャなど『いない』」

深刻化する人道危機に、当初周辺国は無関心を装い、漂着したロヒンギャを本国に送還するなどの措置を取っていました。

「母国で迫害を受け、国外への逃亡を余儀なくされた人々」の保護を定めた難民条約を批准している東南アジアの国は、カンボジアとフィリピンだけ。バングラデシュやインドも非加盟です。つまり、これらの国に難民を保護しなければならない法的義務はないのです。

さらに、東南アジア諸国は国際的な発言力を確保するために相互の結束を重視しており、そのためにも「内政不干渉」が優先されがちです。その結果、東南アジア諸国の間には「お互いに口を出さない」傾向が強くあります

しかし、難民が増えるにつれ、徐々にミャンマーへの風当たりは強くなりました。UNHCRによると、2015年6月年現在で、過去5年間にミャンマーを逃れた難民は約90万人にのぼり、これは世界第9位。これは内戦が激しいイエメン(42万人)やリビア(37万人)の2倍以上で、ロシアと欧米の対立が顕著なウクライナ(107万人)に迫る規模です。

ミャンマーからの難民のなかには、カチンなどの山岳系も含まれますが、ロヒンギャ問題が国際的な関心を集めるにつれ、そしてその増加によって自らの負担が増えるにつれ、周辺国はミャンマー政府に事態の改善を求め始めました。2016年12月、マレーシア政府がASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会合でロヒンギャ問題を取り上げ、ミャンマーの加盟国としての要件にまで言及したことは、その象徴です。

ところが、これらの批判をミャンマー政府は真っ向から反論。「『虐殺』の証拠はない」と強調したうえ、「ロヒンギャなどいない」という立場を崩していません。ミャンマー政府は「ロヒンギャ」を民族として、あるいは自国民として認めておらず、「ベンガル人」、「バングラデシュなどからの不法移民」と位置付けているのです。つまり、「『違法に定住している外国人』を追い出しているのだから問題ない」という主張です。そのため、ASEANの場で「ロヒンギャ」の語が用いられることさえ拒絶しています。

ミャンマー政府の論理に従えば、「『母国』で迫害を受けたわけでない」ロヒンギャは、難民としての認定すら受けられないことになります。それは周辺国がロヒンギャの入国を拒絶することを、少なくとも法的に、より容易にしています。「合法的であること」と「正当であること」は常に一致すると限りませんが、これはその典型例といえるでしょう。

アウン・サン・スー・チーはなぜ無力か

ミャンマーでは2011年に複数政党制に基づく選挙が実施され、2015年選挙ではアウン・サン・スー・チー氏率いるNLD(国民民主連盟)が約6割の議席を獲得。外国人の配偶者がいる者は大統領になれないという憲法条項によって、英国人の夫をもつスー・チー氏は公職につけていないものの、基本的には民主的な政権が樹立されたといえます。

しかし、スー・チー氏が実質的な責任者になってからも、ミャンマーではロヒンギャをはじめとする少数民族への迫害がなくなりません。むしろ、スー・チー氏には、少数民族に対する軍の行動を制止するより、それを擁護することの方が目立ちます。その結果、2016年12月に国連は、「事態は沈静化している」と強調するスー・チー氏に、自ら現地視察を行うことを要求。さらに、南アフリカのツツ大主教やバングラデシュのグラミン銀行設立者ムハマド・ユヌス氏など、歴代のノーベル平和賞受賞者13名が連名でスー・チー氏に「不満」を伝える公開書簡を送っています

軍事政権を批判し、民主化を主導したことが評価され、スー・チー氏は1990年にノーベル平和賞を受賞しました。その功績だけでなく、京都大学に留学経験もある知日派として、日本では彼女を一種のヒロインとして持ち上げる傾向が目につきます。そうであるがゆえに、ロヒンギャをはじめとする少数民族問題に関する、彼女の冷淡とさえいえる態度に、違和感をもつひともいるかもしれません。

とはいえ、この点において彼女を擁護する気は全くありませんが、その権力構造に鑑みれば、スー・チー氏の対応は、少なくとも不思議ではありません。そこには、大きく二つのポイントがあります。

第1に、軍隊の影響力の大きさです。現在の憲法は、2011年の体制転換の直前に、軍事政権が自らの力を温存させることを念頭に作ったものです。その結果、議席の四分の一は軍人に割り当てられるなど、軍の意向が通りやすい状態にあります。政治の実権を手放した軍からすると、これまでの経緯から決して友好的といえないNLD政権に対して、自らの存在感を保つ必要があります。

さらに、ミャンマーでは5,141万人の人口に対して、兵士の数は約40万人にのぼります。人口に対して約0.8パーセントというその比率は、やはり軍の影響力が大きい米国(0.4パーセント)や中国(0.1パーセント)と比較しても高く、軍に雇用される人間の数が多いことは、その発言力の大きさを象徴します。

一言でいえば、シビリアンコントロールが「絵に描いた餅」になりやすいミャンマーで、軍を無理に抑えることは、スー・チー氏にとって、かなり大きな国内政治上のリスクがあるのです。

第2に、国内世論です。民主化によってミャンマーでは言論の自由が保障されましたが、それにともない、以前よりも少数民族の排斥を叫ぶ声、つまりヘイトスピーチも出やすくなりました

先述のように、植民地時代からの因縁から、個人差があるにせよ、ビルマ人の間には少数民族への反感があります。そして、民主的な政府ほど、内容の善し悪しにかかわらず、有権者の要望から無縁ではいられません。ミャンマー政府は2016年5月にヘイトスピーチを規制する法律を成立させ、ロヒンギャ排斥運動の中心にいる仏教僧の活動家らに警告を発していますが、これを積極的に取り締まる様子はみられません。

ビルマ人の間で表面化する少数民族への反感が、自らもビルマ人で、ビルマ人を主たる支持基盤にするスー・チー氏に大きく影響することは、想像に難くありません。この点においても、スー・チー氏にロヒンギャ問題をはじめとする少数民族問題に消極的な態度が目立つことは、不思議でないのです。

アウン・サン・スー・チーはネルソン・マンデラになれるか

ただし、国内政治上の理由から、スー・チー氏が少数民族の弾圧に「寛容な」姿勢を保ち続けることが、海外からの批判を招くだけでなく、ミャンマーの不安定要因になることは確かです。

現代では、トランプ現象に象徴されるように、「民主主義の原理」と「多様性の共存」の衝突が目につきますが、ミャンマーの事例はそのギャップが大きいものの一例といえるでしょう。

しかし、「民主主義の原理」と「多様性の共存」は、困難であっても、リーダー次第では不可能でなくなります。南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領は、その好例といえます。

マンデラ氏はかつて、白人による人種差別体制(アパルトヘイト)を打倒する運動の先頭に立ち、20年間の投獄生活を経て、1994年に初の黒人大統領に就任。新生南アフリカ政府は、基本的には大多数を占める黒人の支持に基づき、その利益の拡大に努めながらも、それまで黒人を虐げていた白人の財産や権利を保護し、人種間の融和を黒人にも説き続けました

現代でも南アフリカには格差をはじめとする問題が山積しており、決して理想郷が実現したわけではありません。しかし、アパルトヘイト崩壊後の南アフリカでは、少なくとも民主主義の理念が「多数派の暴政」をともなう偏狭な人種主義に傾くことはありませんでした。そこには、民主主義と多様性を両立させることの価値を粘り強く国民に語りかけ続けた理想家としての、そして社会の安定のための現実的な判断を下した政治家としての、マンデラ氏の功績があったといえます。

南アフリカと異なりミャンマーでは、体制転換を経ても支配する側(ビルマ人)とされる側(少数民族)の関係はひっくり返っておらず、民主化が前者の後者に対する抑圧を強めた側面があります。また、軍をはじめとする旧体制派の影響力も、アパルトヘイト崩壊後の南アフリカより大きいといえます。このような「条件の悪さ」を勘案すれば、民主化を求め、後に一国を率いる立場に立ったノーベル平和賞受賞者という点で共通するとはいえ、マンデラ氏と比較されるのは、スー・チー氏にとってフェアでないかもしれません。

しかし、ただ「有権者の要求」を実行するだけなら、少なくとも有能な政治家と呼べないことも確かです。「国民の代表」という観念は、政府が自らの支持者の声のみを聞くことや、選挙が個別の利益の切り売りに終始することを、避けるためにあります。スー・チー氏は今、活動家としてではなく政治家として、大きな試練に直面しているといえるでしょう。

※Yahoo!ニュースからの転載

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