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選挙区改定の限界「地盤変動」に焦る議員、戸惑う住民 - 清水唯一朗

 「世界中が民主主義の困難に直面するなか、なぜ日本政治は安定しているのか」。各国の日本研究者と交流するなか、幾度となくこの質問を受けた。

 安倍内閣は組閣から5年目を迎え、自民党の総裁任期制限も連続2期6年から連続3期9年に延長される。政権の長期化に加え主要閣僚が留任することで、政権は国内外において強い存在感と高い安定感を示している。

 安定の源泉はどこにあるのか。アベノミクスへの評価や「安倍一強」を許す与野党といった説明がされるが、やはり最大の支えは圧倒的な議席数だろう。衆議院における自民党の議席占有率は61%を誇る。それは中曽根内閣の任期延長をもたらした「死んだふり解散」(59%)より高い。

 この背景には小選挙区比例代表並立制という制度的要因がある。この制度は安倍内閣のみならず、2005年(自民61%)、09年(民主64%)と強い与党を創出してきた。政権交代を可能にすると謳われた小選挙区制は、今、長期政権をもたらす制度的基盤となっている。

 もっとも、私たちが選挙の結果である議席数に囚われていることは否めない。それが選挙区レベルでの支持・不支持の積み重ねであることを忘れがちである。ひとたび個々の選挙区のあり方に目を向けてみると、その政治的な空間が現代日本の民主主義を強く規定していることに気づかされる。選挙区とは何か、改めて考えてみたい。

戦後最大の選挙区改定

 というのも、まさに今、選挙区の改定が進められている。いわゆる「一票の格差」に関する最高裁の「違憲状態」判断を受け、格差を2倍未満に収めるべく、衆議院議員選挙区画定審議会(以下、区割り審)による見直しが行われている最中だ。その規模は20都道府県約100選挙区と戦後最大である(注:改定対象は鳥取県を除いた19都道府県に変更)。

 その大きさから、区割りの改定は政局にも影響を与えている。7月に予定される改定より前に、早期の解散総選挙を望む声があるからだ。解散の可能性が囁かれ続けるのはここにも原因がある。しかし、そうなれば最長で4年間、違憲状態が続くこととなる。

 「一票の格差」をめぐる議論が顕著になった1970年代は中選挙区制の時代だった。これは格差是正との相性がよい。選挙区あたりの議席数に3~5と幅があり、人口変動に応じた増減で対応可能だからだ。

「一部の住民」の声は届くのか

 しかし、94年以降の小選挙区制下ではそうはいかない。選挙区あたりの議席数は1であり、増減による調整は利かない。このため選挙区の線引きを変更せざるを得ない。2002年、13年の改定でも、候補者は地盤が切られることに抵抗し、有権者は新しい選挙区では自分たちの声が国政に届きにくくなると不安を口にした。

 なかでも格差是正のために切り分けられた基礎自治体の住民は強い不安に駆られていた。「○○区と△△区の一部」といったよく目につくケースである。「△△区の一部」とされた住民からすれば、これは堪え難いことであろう。自治体を跨ぐことで選挙事務の混乱が生じる恐れもある。

 その意味において今回の改定は画期的なものとなりそうだ。昨年末、区割り審が、基礎自治体は原則として切り分けない方針を示したからだ。今回、区割り審が都道府県知事に対して行った意見照会で最も目立ったのが、基礎自治体の分割に対する反対だったという。平成の市町村合併が基礎自治体の領域を生活圏に合わせるという論理で行われたことに鑑みても、妥当な方針転換と評価できるだろう。

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国会議員は国民代表か?地域代表か?

 では、選挙区から選ばれる国会議員は誰を代表しているのか。理論上、代議士は国民の代表であるとされる。しかし、私たちの肌感覚では、選挙区の声を代弁する地域代表という見方の方が素直に受け容れられるだろう。

 国民代表か地域代表か。その議論は、実に衆議院議員選挙制度が創設された1889年から続いている。この時、政府は選挙区の単位を市町村ではなく郡とした。自治体である市町村ではなく行政区画である郡を単位とすることで、そこから選出される議員は地域代表ではなく国民代表であるという論理を示したのだ。

 しかし、同時に政府は小選挙区制を採用した。明治憲法と同様に選挙法についても欧米の事例が詳細に検討されたが、当時、大選挙区制を取る国はいまだわずかだった。選挙管理の観点からも広域に及ぶ大選挙区制は非現実的だった。

 加えて、政府による区割り案は地方長官たちへの諮問を経て、大きく変更された。政府が地図と人口表を基に機械的に行った区割りを、地方長官たちは旧藩の領域に寄せて人為的に線引きし直したのである。行政区画が中央集権を目指して旧秩序の断絶を図ったのに対して、選挙区画は選挙の安定的な実施を求めて旧秩序との連続性を持たせたのである。

 こうして選挙区が国民代表を標榜しつつ地域代表を選出する区画としてスタートしたことは、今日に及ぶまで色濃く影響を与えている。江戸時代以来の地方有力者たちが代議士選出の母体となったことで、代議士は地域の利害関係に強く縛られることとなった。その構造は1900年の大選挙区制でもしぶとく生き残り、19年の小選挙区制でふたたび息を吹き返し、25年の中選挙区制に組み込まれた。

 中選挙区制の区割りは既存の小選挙区を3~5組み合わせたものであった。有力者たちは代議士後援会を立ち上げて自らの利益代表を輩出する仕組みを維持し、地域代表の性格を持った代議士たちが連続当選を重ねていった。そして70年ののち、ふたたび採用された小選挙区制度のもとで代議士たちは名実ともに地域代表としての基盤を得て今日に至る。今回の改定によって基礎自治体の分割が是正されれば、なお一層その性格は強まるだろう。

 もちろん、議員たちは国政にあっては政党の一員として、国民代表としての機能を見せる。国民代表論と地域代表論は択一ではなく、そのバランスのあり方を考えるべきものだろう。しかし、現在は地域代表としての側面がいささか強く出ているように思われる。

参院の「合区解消」求める強い声

 一方で、参議院議員を地域代表とすべきという議論がある。先の参議院議員選挙では、やはり「一票の格差」を解消するために鳥取・島根、徳島・高知の4県で合区が行われた。参議院は3年ごとの半数改選であるため1選挙区に最低でも2議席が充てられており、現状の人口分布では合区を行わない限り「一票の格差」が解消されないからだ。

 ところが、この措置には対象となった4県から猛烈な反発が生じ、改正法採決の際には同県選出の与党議員が棄権する事態に至った。4県では現在も合区解消を求める声が強い。

 このため、参議院議員は地域代表として「一票の格差」とは別の代表制を認めるべきとする議論が現れている。参議院議員の選挙区は都道府県と一致しており、地域代表性と馴染みやすい。合区解消の弁法と評する向きもあるが一考すべき議論だろう。

「一票の格差」是正の限界

 しかし、参議院を地域代表の府とした場合、衆議院との関係はどうなるのか。選挙の実態から考えても、地域代表としての性格が濃いのは衆議院議員と見るのが一般的だろう。衆参両院については、選挙制度のズレによって異なる民意が表出される問題が指摘されているが、両院の性格と制度を改めて考える時期に来ているといえよう。

 より大きなトレンドで見れば、国内における人口の偏在にどう対応していくかという問題がある。偏在の進行は「一票の格差」の拡大に繋がる。現行制度での是正可能性には疑問が残る。

 偏在が拡大していけば、区割り変更の頻度は増えるだろう。一方で頻繁な区割りの変更は国政に自分たちの声が届かないという有権者の不安を招く。それは政治的有効性感覚の低さに繋がり、政治不信に拍車をかけ、投票率をさらに低下させる恐れがある。解決は容易ではない。

 しかし、政治的な安定がある今こそ、代議制民主主義と「一票の格差」、それに国民代表論と地域代表論という連立方程式の解を探る好機だろう。そのためには選挙区はもちろん、衆議院、参議院のあり方を含めた統治構造全般を対象とした議論が行われることが期待される。

 現内閣は、主要閣僚と官邸スタッフを留任させ、人材の力によって当面の課題に対処し、長期安定政権を現出してきた。その内閣が折り返し地点を迎えた今、次を見据えた抜本的な制度的な改革に着手するタイミングが訪れている。

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