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- 2017年02月18日 08:30
【読書感想】第156回芥川賞選評(抄録)
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今月号の「文藝春秋」には、受賞作となった山下澄人さんの『しんせかい』の全文と芥川賞の選評が掲載されています。
恒例の選評の抄録です(各選考委員の敬称は略させていただきます)。
吉田修一
「キャピタル」加藤秀行氏
例えば、「成功を恐れるな」とか、「できる男の7つの習慣」とか、そういった自己啓発本を三冊読めば出来上がりそうな主人公である。もちろん、そういう人間を小説にしちゃいけないと言いたいわけではない。ただ、作者がその程度の男を、どうやらかっこいいと思っているところに問題がある。
「カブールの夜」宮内悠介氏
「盤上の夜」などに比べて、作者の筆がどこか窮屈そうだった。もしその理由が「純文学」というバイアスからなのであれば、まったく逆である。もっと自由に、さらに大胆になってほしい。
小川洋子
(『しんせかい』について)
閉ざされた空間で一定のメンバーが生活を共にすれば、当然そこには密な人間関係が生じ、感情が入り乱れる。しかし山下さんは主人公の心を一切描こうとしない。
(中略)
ここに文学があるはずだ、と皆が信じている場所を、山下さんは素通りする。言葉にできないものを言葉にする、などという幻想から遠く離れた地点に立っている。そこから見える世界を描けるのは、山下さん一人である。
村上龍
エキサイティングな選考会など、5年に1度あればいいほうなのだが、今回はまったく刺激がなかった。個人的な印象だが、当選作となった『しんせかい』を推す選考委員も「強力にプッシュする」という感じでもなく、反対する選考委員も「絶対に認めない」というニュアンスではなかった気がする。『しんせかい』は、10名に増えた選考委員の、ギリギリ過半数を得て、受賞が決まった。激論が交わされるわけでもなく、納得や不満の声もほとんど聞こえてこなかった。つまり『しんせかい』は、わたしの記憶と印象では、熱烈な支持も、強烈な拒否もなく、芥川賞を受賞した。
(中略)
つまらない、わたしは『しんせかい』を読んで、そう思った。他の表現は思いつかない。「良い」でも「悪い」でもなく、「つまらない」それだけだった。
高樹のぶ子
「しんせかい」はこれまでの作者の候補作と較べて格段に読みやすい。けれどモデルとなった塾や脚本家の先行イメージを外すと、青春小説としては物足りないし薄味。難解だったこれまでの候補作にも頭を抱えたが、このあっさり感にも困った。青春小説とは、何かが内的に起きるものではないのか。
奥泉光
「カブールの園」の宮内悠介氏にも力を感じた。日系三世の女性を主人公に据えて、アメリカにおける人種差別という難しい主題を呼び込み、リーダブルな一篇になした作者の力量には並々ならぬものがある。けれども、リーダブルな物語であることには危険がつきまとうので、本作について云うなら、主人公の女性と母親との確執というただならぬ問題が、物語を構築する目的で導入されたように見えてしまう——いや、小説は虚構なのであり、そうであるのは必然なのであるが、しかしなお、そう見せないだけの言葉の力が必要だと思われる。