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ブレグジットで不安に怯えるEU移民 ドイツ人女子サッカー選手もびくびく

昨年、イギリスの欧州連合(EU)離脱決定、アメリカ大統領選でのトランプ大統領当選と世界を揺るがすビッグニュースが相次いだ。第二次大戦後、米英が主導した自由貿易、冷戦終結とともに加速した新自由主義(ネオリベラリズム)が大きな曲がり角を迎えている。2017年、欧州はオランダ総選挙を皮切りにフランス大統領選、ドイツ総選挙と続き、ひょっとするとイタリア総選挙も行われるかもしれない。反グローバリズム、反EU、反エスタブリッシュメント(支配層)のうねりを止めることはできるのか。欧州の最前線、ロンドンから報告する。

英国で活躍する日本に縁の深い女子サッカー選手

ドリブルで攻めあがるマリコさん(本人提供)

[ロンドン発]イングランドサッカー協会女子プレミアリーグのQPRレディースでプレーするマリコ・エンゲルス(24)は俊足の左サイドバックだ。ドイツで生まれたマリコは、滝川第二高校サッカー部の特別コーチを引き受けた父ゲルト・エンゲルス(59)に連れられて生後3カ月で日本に渡り、2011年3月の東日本大震災を機にドイツに戻るまで19年間、日本で過ごした。

1998年、父がJリーグ横浜フリューゲルスの監督に昇格したとたん、チームは横浜マリノスへの吸収が決まったが、その直後から奇跡の9連勝を遂げ、天皇杯の栄冠に輝く。「フリューゲルスは1人ひとりの心に残り続ける」との言葉を残したエンゲルス監督に、サポーターは「天皇杯に優勝したチームがなくなるなんて信じられない」と悲しんだ。

ジェフユナイテッド市原、京都パープルサンガ、浦和レッドダイヤモンズの監督も務めた父の影響もあり、マリコは男子に交じってサッカーボールを追いかけた。「5時間練習するより1時間半に200%集中しろというのが父の教え。少しでも間違えるとサッカーやめろという父の指導は厳しかったです」と振り返る。

ドイツで1年過ごし、イギリスのサウサンプトン大学、ロンドン・メトロポリタン大学に留学した。ドイツではクラブとプロ契約を結んだが、報酬は1カ月に300ユーロ(約3万6千円)。QPRレディースとはセミプロ契約。プロへの道は厳しい。今季行われた16試合にすべてフル出場し、1得点3アシストと絶好調だ。インスタグラムにはトレーニング方法もアップしている。

https://www.instagram.com/marikopopo/?hl=ja

イギリスのEU離脱で”国外退去”のリスクも

撮影:木村正人

そんなマリコが「自分が生きている間にまさか、こんなことに遭遇するとは思ってもみませんでした」と表情を曇らせた。「まさか」というのは昨年6月、イギリスが国民投票で決めた欧州連合(EU)離脱のことである。「イギリスがどうしてEUから出たいのか分かりませんでした。確かに40~50歳以上の人はブレグジット(イギリスのEU離脱)で残りの人生、あまり影響を受けないのかもしれません。もっと若者たちのことも考えてほしかった。いろいろな人が集まるロンドンはEU残留を選んだでしょう」

メイ政権は保守党内の離脱強硬論に押されてEU単一市場、関税同盟からの離脱(ハードブレグジット)に突き進む。英下院は2月1日、EU基本法(リスボン条約)50条に基づくEUへの離脱交渉開始の通告を494対114の圧倒的大差で承認した。すでにイギリスで暮らす全EU移民に永住権を与えるという修正案は332対290で否決された。

撮影:木村正人

ドイツ人の父とフィリピン人の母を持ち、ドイツで生まれたマリコはドイツ国籍。EUとの離脱交渉がもつれる最悪のシナリオでは、イギリス国籍や永住権を持たないマリコのようなEU移民は国外退去を求められるリスクを念頭に置いておかねばならない。「EU移民がイギリスに残るためには雇用主からの労働許可証が求められ、最低ラインの収入が決められるのではと想像しています。将来に備えるため、居住許可のルールがどう変わるのか早く知りたい」とマリコは言う。

イギリスの国民投票はEUからの移民制限が最大の争点になった。EU本部のあるブリュッセルから「Take Back Control(主権を取り戻せ)」という離脱派のスローガンには、移民を制限しろという露骨なメッセージが込められている。旧東欧とバルト三国など10カ国を一気に加えた2004年のEU拡大、世界金融危機と欧州債務危機による失業でイギリスに流入するEU移民の数は跳ね上がった。

提供:木村正人

イギリス国家統計局によると、国民保険の新規登録者でみた昨年9月までの移民数(年間)はEUからが62万9千人。非EUは19万5千人。流出を差し引いた純増数(同)は過去最高レベルの33万5千人で、このうちEU移民が18万9千人、非EU移民は19万6千人。昨年第3四半期(7~9月)は前年同期に比べ45万4千人の雇用が増えたが、EU移民の雇用増は22万1千人と約半分を占めた。

しかし第1四半期(1~3月)から第2四半期(4~6月)にEU移民の雇用は8万9千人増えたのに、ブレグジット決定後の第2四半期から第3四半期にかけては2万6千人の伸びに急減速した。イギリスの人材開発協会(CIPD)などが1千人以上の雇用主から調査したところ、4人に1人が「雇っているEU移民が今年中に離職か出国を考えている」と答えた。

提供:木村正人

イギリス経済のエンジンでもあるEU移民

全国農業者協会では昨年第1四半期には人手は足りていたが、第2四半期になると雇用主の13%が人手不足を訴え、第3四半期にはその数は47%にハネ上がっていた。教育や医療サービスの雇用主はそれぞれ43%と49%が「雇用しているEU移民は離職を考えている」と回答した。EUからの労働者は226万人に達しており、彼らがいなくなるとイギリスは深刻な労働力不足に直面する。

国立経済社会調査研究所(NIESR)の試算ではEU移民が年9万1千人減れば、2030年までに国民1人当たりの国内総生産(GDP)は3.4%下がり、15万人減れば5.4%も下がるという。国民投票でEU離脱に投票した高齢者や失業者、単純・半熟練労働者は「移民に仕事が奪われ、賃金が下がった」「NHS(国民医療サービス)の待ち時間が増えた」「年金の取り分が減る」と批判するが、EU移民は重要な働き手であると同時に消費者であり、納税者でもある。

移民は「人口ボーナス」をもたらすイギリス経済のエンジンなのだ。「イギリス人が、英語を上手く話せないEU移民を馬鹿にするのを見て、『あなたたちは英語しか話せないでしょ』と思う時があります。欧州はイギリス、ドイツ、フランスが中心にチームになって動いた方が良い。イギリスだけでは難しいと思います。唯一ポジティブなのは、スターがひしめく男子イングランドプレミアリーグからEUの選手が減って、イングランド選手の出場機会が増えることぐらい」

島国のイギリスは「井の中の蛙」になってしまったのかもしれない。マリコには他にも大きな心配がある。「トランプ大統領が誕生し、シリア難民の無期限入国禁止や中東・アフリカ7カ国からの90日間渡航中止の大統領令に署名しました。そしてブレグジット。ドイツに来るムスリム(イスラム教徒)の難民や移民がさらに増え、コントロールした方が良いという声が強まるかもしれませんが、ドイツは広い国なので、まだ受け入れることができると思います」

本人提供

プロのサッカー選手を目指すマリコの目標はまず今季残る全試合にフル出場することだ。とにかく上がれるところまで上がってプレーする。しかし不幸にもEU離脱によってイギリスでプレーすることができなくなれば、日本のなでしこリーグでプレーすることも現実的な選択肢になってくる。

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