記事

金正恩委員長の異母兄、金正男(ジョンナム)氏がマレーシアで殺害 - 西村金一

政策提言委員・軍事アナリスト 西村金一


 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男(ジョンナム)氏がマレーシアのクアラルンプール国際空港で殺害され、北朝鮮工作員の犯行の可能性が浮上している。 韓国政府関係者は、北朝鮮工作員に毒殺されたもようだと報じた。また、マレーシア警察によると、持っていたパスポートから北朝鮮国籍と判明した。マレーシアから出国しようとしていたところ、カウンターで倒れたという。 この殺害の件を、いくつかのポイントに絞って考察する。

ポイント1 誰が正男の居場所情報を提供したのか

 殺害者は、正男氏がクアラルンプールから飛び立つことを知っていた。そして、出発時間も知っていた。 このことから分かるのは、「誰かが事前に、正男氏がクアラルンプール空港から、○○航空会社、○時○分の航空機に搭乗する」と事前に知っていた可能性が高いということだ。また、逃亡の準備も整え、待ち伏せていた可能性がある。

 誰がその情報を提供したのか。それは、正男氏が、いつも航空券を依頼していた旅行会社関係者だろう。北朝鮮の関係者か中国の関係者ということになる。どちらかというと、正男氏は中国から保護されていて、北朝鮮からは殺害の恐れがあることから、中国の関係者の可能性が高い。

ポイント2 なぜ、中国は正男氏を守れなかったのか。

 中国によるガードが甘くなったからだ。何故か、中国と北朝鮮が水面下で手を握り、中国は北朝鮮の要求を受け入れたものと思われる。最近、北朝鮮が、中国の要求を受け入れていれているようだ。その見返りに、中国が、正男氏を北朝鮮に売ったと考えるのが妥当だろう。

 例えば、昨年、中国の南シナ海問題で、オランダの仲裁裁判所が中国の主張である歴史的根拠を否定した。その時、北朝鮮は、弾道ミサイルを日本海で続けざまに発射して、中国の南シナ海の悪者論を日本海のミサイルにすり替えることができた。

2月12日の安倍総理とトランプ大統領の会談で、日米同盟の強化が進められている時に、北朝鮮がムスダンを発射した。映像まで開示した。このことで誰が得するのか。「北朝鮮を押さえられるのは、中国だけだ」という論理に引き込もうとする中国だろう。

 これらの交換条件で、中国は、正男氏を守れなかったのではなく、裏切って、守る事を放棄した、身柄を北朝鮮に売ったものと考えられる。

ポイント3 正男氏殺害の理由は

 その1. 金正恩自身の権力の座を、後継者という立場で狙う人物を排除する。兄弟の中で、最も可能性がある正男氏が排除された。 金正恩体制が発足してから、正男氏はその3代続く体制を批判していた。金正恩からしてみれば、金正恩体制維持のためには、邪魔になる存在であった。

 その2.  金正恩体制の権力の座を、脅かす人物を次から次に排除していたその一連の流れで、正男氏は殺害された。
  排除された人物は、元李英鎬総参謀長(失脚)、おじの張成沢(処刑)、軍総参謀長(正恩氏になって4人目)、人民武力部長(国防大臣)(正恩氏になって5人目、玄永哲氏は処刑)、及び国家保衛相(秘密警察トップ)(失脚)である。正男氏もその延長線上にある。
  失脚していない組織は、党の組織指導部と軍総政治局(トップは組織指導部の出身)だけだ。

ポイント4 金正恩体制は、安定か不安定なのか

 自分の座を脅かす人物をことごとく排除してしまえば、直接、謀反を起こすものはいなくなる。だが、実力のある人物を排除するのは、金正恩が、周りの人物が信頼できない、或いは恐怖を感じているからであろう。自分に自信があれば、優秀な人材を簡単に殺害することなどあり得ない。組織を強くするには、優秀で力のある人間を、適材適所に配置することが必要だからだ。

 現在、北朝鮮で力を握っているのは、組織指導部だけだ。だとすると、その他の部署からは、不満が出て来るのは必然だ。軍の要人を冷遇し、核や弾道ミサイルだけに頼り、軍の組織や兵器を整備しないと、軍事不満がでてくる。 これらのことから、金正恩体制は、かなり不安定になっていると言える。

ポイント5 だれが、北朝鮮の体制を弱くしているのか

 金正恩かそれとも外部の勢力か。 これを考察する糸口となるのは、金正恩を不安にさせる、或いは怯えさせる情報を提供する勢力だ。今回の正男氏の殺害に、協力した情報提供者がいることは間違いない。「張成沢」が体制を転覆させようとする不穏な動きがあると情報提供したのは、中国の党の要人であったと、後日分かった。

 水面下で手を握り、ある時は金正恩を上手く使い、ある時は謀反の情報を金正恩に流す。そうすることによって北朝鮮の体制は、徐々に弱くなってきている。
 だれがそうしているかは、想像がつくであろう。北朝鮮を乗っ取ろうとする国、傀儡政権をつくろうとしている国だ。

  「レッド・クリフ」(赤壁の戦い)の映画で、敵の勢力を弱めるために、敵の大将に「誰々が謀反を起こそうとしている」などのデマ情報を流し、相手の優秀な水軍の将軍を自ら殺害させた場面を覚えているだろうか。三国志によくある話だ。金正恩が実力のある将軍を次から次へと粛清するたびに、この場面を思い出す。このようなことが、大陸と朝鮮半島で起きているのではなかろうか。
西村 金一(にしむら きんいち) 1952年、佐賀県生まれ。陸上自衛隊少年工科学校生徒入隊、法政大学文学部地理学科卒業、自衛隊幹部候補生学校修了、幹部学校指揮幕僚課程(33期CGS)修了。 防衛省情報分析官、防衛研究所研究員を経て、第12師団第2部長、少年工科学校総務部長、幹部学校戦略教官等として勤務。定年退官後、三菱総合研究所国際政策研究グループ専門研究員、ディフェンス・リサーチ・センター研究委員、現在は軍事・情報戦略研究所所長。 著書『北朝鮮の実態』―金正恩体制下の軍事戦略と国家のゆくえ―(原書房)、共著『自衛隊は尖閣諸島をどう戦うか』(祥伝社)がある他、メディアへの出演多数。

あわせて読みたい

「金正男」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    パワハラ原因?オスカー崩壊危機

    渡邉裕二

  2. 2

    相次ぐ「GoTo外し」観光庁に疑問

    木曽崇

  3. 3

    公選法に抵触 毎日新聞の終わり

    青山まさゆき

  4. 4

    菅首相を揶揄 無料のパンケーキ

    田中龍作

  5. 5

    陰性の「安心感」に尾身氏がクギ

    BLOGOS しらべる部

  6. 6

    TBS番組が伊藤健太郎逮捕で誤報

    女性自身

  7. 7

    伊藤と交際報道の山本舞香は号泣

    女性自身

  8. 8

    ニトリが島忠にTOB 家具業界の変

    ヒロ

  9. 9

    仏再封鎖 医師「PCR数凄いのに」

    中村ゆきつぐ

  10. 10

    意外に多い「やり過ぎ感染対策」

    文春オンライン

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。