記事

【読書感想】1984年のUWF

2/2

 あれから30年経って、著者は関係者にも取材しつつ、さまざまな種明かしをしていきます。

 UWFがやっていたのは、やはり、最初から筋書きが決まっていた「プロレス」の文脈上にあったこと、前田日明選手は「強すぎて干された」というよりは、「プロレスラーとして不器用すぎて、相手の選手にうまく合わせることができず、怪我をさせてしまうことが多かったので嫌われていた」こと、そして、UWFのなかで、プロレスを逸脱した「ルールがある真剣勝負」を本当に志向していたのは、元タイガーマスクの佐山聡選手だけだったこと。

 佐山聡には高い理想があった。

 ボクシングにアマチュアとプロがあるように、新格闘技にもアマチュアとプロがあるべきではないか。

 アマチュアは自分が育てる。現在のUWFはショーを見せるプロレス団体に過ぎないが、将来はリアルファイトの新格闘技団体へと移行する。そのときに活躍するのは、ザ・タイガーでも藤原喜明でも前田日明でも髙田伸彦でもなく、自分が育てた選手たちになる。

 その第一歩として、ザ・タイガーはUWFのリングに上がる。プロレスの試合の中で、どれだけ新格闘技(総合格闘技)の要素を見せることができるのか。これはチャレンジなのだ。

「無限大記念日」初日のメインイベントは藤原喜明&前田日明対ザ・タイガー&高田伸彦だった。

「試合前日には道場でリハーサルを行った」

 と、前田日明は証言している。

 後楽園大会の前日に藤原さん、佐山さん、高田が道場に集まり実際にスパーリングをやって感触を確かめてみようとなったんだ。でも、これがうまくいかなかった。ロープに飛ばすグラウンドで相手と密着しての関節技の攻防を展開しようとしても、お互いに膠着状態が続いてしまう。イメージ的には、初期のアルティメット大会の攻防を思い返してもらうとわかりやすいかもしれない。初期の大会では参加した選手のほとんどがグラウンドの状態になるとなす術がなくなり、お互いに抱きつくような感じで降着してしまっていた。そのような攻防が道場で繰り広げられていたんだ。

 これでは、会場に足を運んでくれたファンに胸を張って見せられる攻防ではないと、みんなで頭を抱え込んだよ。

 特にショックを受けていたのは佐山さんだった。新日本プロレスを辞めて自分でタイガージムを起こし、シューティングの基礎を築き上げていたのにもかかわらず、いざ試合形式になると、まったくその技術が活かされないんだから、スパーリングが終わって茫然とたたずむ佐山さんの姿を今でもはっきり思い出すことができる。

 それで、これではどうしようもないとなって藤原さんがこう言ったんだ。

「やはり、プロレスを無視した上で百パーセント“ゴッチ流”の格闘術だけで試合を構築するのには無理がある。ところどころに従来のプロレスのエッセンスを取り入れないとファンは納得しない」(佐々木徹『無冠 前田日明』)

 藤原は正しかった。翌日に行われたメインイベントは華やかでスピーディーなものになり、観客を熱狂させたからだ。

 少なくともUWFの時点では、プロレスラーたち自身も、観客も「関節技中心の試合は、お金を取ってみせるレベルのものではなかった」のです。

 だから、「プロレスらしい要素」を排除しているようで、実際に取り除いたのは「お約束の一部」でしかなかったのです。

 のちに格闘家として活躍する若者が、大学時代に、真剣勝負だと信じていたUWFの試合を観て衝撃を受けています。

 「真剣勝負の試合がキャメルクラッチで決着がつくことなど絶対にありえない」と。

 UWFは、プロレス、あるいは格闘技としてのイデオロギーの違いで、新日本プロレスから分かれたというよりは、アントニオ猪木の事業の失敗に伴う会社の政治的な分裂がまずあって、そこで新日本を飛び出した「道場での強さを追求した選手たち」のスタイルを前面に押し出して差別化をはかったのです。

 実際に試合を観た人の感想として、「UWFの試合は面白くなかったけれど、これを『つまらない』と言ってしまうと、『お前はプロレスがわかっていない』と周囲からバカにされそうで、わかったようなフリをしていた」というのが紹介されていて、UWFというのは、たしかに「イデオロギー」であり、「アート」だったのだなあ、と。

元『週刊プロレス』編集長のターザン山本さんはこう語っています。

「放っておいたらレスラーは堕落するから、プレッシャーをかけて堕落させないために“UWFの理想はこうですよ”と、理論や理屈を作って『週刊プロレス』でどんどん発信する。カネと女とクルマにしか興味のないレスラーを理想化し、正当化するために延々とやった。

 UWFの試合は面白くないから、ファンが試合に酔うことはできない。読者が酔ったのはUWFのイデオロギー、概念、解釈、理論武装です。

 それらはUWFではなく、すべて『週刊プロレス』が作り出したもの。つまりUWFの犯人は『週刊プロレス』だったんです(笑)。読者が本気になれば、レスラーも仕方なく少しだけ動く(笑)。僕はUWFを遠隔操作した」

 結局、ファンは、メディアに「踊らされていた」ということなのでしょうか。

 まあ、踊らされて楽しんでいたところは、あったんですけどね。

 ただし、著者は、新日本プロレスからUWF、そして、佐山聡がはじめた「シューティング」が、のちの『PRIDE』やアメリカの総合格闘技団体UFC(Ultimate Fighting Championship)につながっていったことを考えると、UWFはその「過程」にあったものであり、評価されるべきものでもあった、と考えているようです。

 UWFそのものよりも、UWFのイデオロギーで「リアルファイト」を志向した人々が増えていった、というのが大きかったのかもしれません。

 UWFのあと、プロレスの凋落と総合格闘技の大ブームがあり、現在は新日本プロレスが、あらためて大人気となっているんですよね。

 殺伐としがちな総合格闘技ではなく、鍛え抜かれた身体を持つ選手たちが、華やかな大技の応酬を魅せる、というプロレスの「明るさ」があらためて見直されてきたのです。

 総合格闘技の隆盛で、プロレスは一時期観客動員数も下がり、「終わった」とまで言われていたのですが、総合格闘技をみてきて、「やっぱり、プロレスのほうが楽しい!」と感じた人も少なくなかったのでしょう。

 「そんな技を受けたら、死んでしまうんじゃないか?」という激しい攻防を観たいけれど、本当に選手が死んでしまったら困る。

 ショービジネスとしてのプロレスは、本当に微妙なバランスの上に成り立っているのです。

 この本を読んでいると、著者はこれまで書いてきたアントニオ猪木やジャイアント馬場、女子プロレスの選手たちに比べると、UWFという団体には、あまり思い入れがないんだな、と感じるんですよ。これまでの対象に比べると、この本の語り口には、熱気みたいなものが乏しいのです。

 それは、ジャイアント馬場や女子プロレスラーたちが、これまでの歴史のなかで、不当に低く評価されがちだったのに対して、UWFは、内実に比べて、あまりにも美化され、伝説になっていることへの反発なのだろうか。

fujipon.hatenadiary.com
fujipon.hatenadiary.com

完本 1976年のアントニオ猪木 (文春文庫)

完本 1976年のアントニオ猪木 (文春文庫)

1964年のジャイアント馬場

1964年のジャイアント馬場

あわせて読みたい

「プロレス」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    収監された周庭さん 12人部屋に

    BLOGOS しらべる部

  2. 2

    安倍氏に弁護士「虚構だった?」

    郷原信郎

  3. 3

    コロナで始まった凄いデリバリー

    東龍

  4. 4

    安倍前首相の疑惑「詰んでいる」

    ABEMA TIMES

  5. 5

    バイキングで疑惑報道の社長怒り

    SmartFLASH

  6. 6

    本厚木が1位 住みたい街は本当か

    中川寛子

  7. 7

    集団免疫 日本が目指すのは無謀

    ニッセイ基礎研究所

  8. 8

    桜問題で安倍前首相に再び窮地

    ヒロ

  9. 9

    注文待つ「Uber地蔵」街中で急増

    NEWSポストセブン

  10. 10

    GoToは75歳の年齢制限を設けよ

    永江一石

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。