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新たな概念の出現にともなって新たな言葉が作られるべきか?

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起訴便宜主義については、法曹関係者はよい制度だという方が気味悪いくらいに多い(かった)。そのように教育されているからなのだろうかと、かんぐってしまうくらいだ。

法医学をやっていると、今の日本特有な起訴便宜主義に関して疑問に感じることが多い。起訴、不起訴の判断が恣意的で、判断のもととなった資料が開示されることはない。故意犯ならまだ理解できるものの、医療事故など過失については、特に判断が不安定で、何を根拠に略式起訴、正式起訴、不起訴などを判断しているのか、まったくわからない。解剖所見や鑑定書くらい開示してもいいだろうに、それすらも滅多にない。この開示の判断も、捜査側の恣意にゆだねられている。そのせいで、医療事故に関しては、医師と患者サイドの間で、示談の手続きさえ進まないこともままある。きわめてブラックボックスな制度に感じられる。

こうしたことが、捜査側が恣意的に動いていることを予感させるのだが、一方では、ある意味当然の結果として、医療側から司法への不信感が出てきて、医療現場からの司法排除のような話が出る中で、我々法医学は、司法関係者であるとの錯覚からなのか、なぜか医師側から非難の対象とされることもある。起訴便宜主義においては、司法関係者にとっては、楽ができるいい制度なのかもしないが、我々からすると、いい迷惑な制度でもある。

起訴便宜主義を本当の意味で、よい制度にするのであれば、検察の判断が、特定のもの(たとえば公務員に甘いなどとも言われるが)に対して甘いなど不平等であると思われないためにも、透明度を高めていいと感じる。特に過失事例では、もっと、解剖結果など、資料の開示を進めてもいいのではないかと思う。それによって、刑事手続きに支障が起きたり、当事者の権利が損なわれることはないだろうし、むしろ、当事者のおいては示談が進めやすいなどメリットさえある。

一方、検察審査会の新制度も不思議ではある。単なる風評だけで、起訴すべきだと判断する可能性がある。しかも、その過程まで非開示とすれば、これまでの司法制度を修正するどころか、これまで以上にブラックボックスな、とてつもなく危険な制度になりかねない。こちらは、起訴便宜主義とはことなる、新たな概念での制度ゆえ、現状のままでは、起訴風評主義とでも呼ばれるべきかもしれないが、そう呼ばれないような、ちゃんとした制度を今後作るべきではないか。

ところで、国民や報道側は、現在のような変遷期において、「起訴」という言葉だけで、犯罪者扱いされることはやめたほうがいい。昔の起訴便宜主義では、有罪率が100%近かったからこそ、起訴=有罪という推定が成り立つが、新たな起訴風評主義では、どうなるかわからない。有罪率0%などということもありうるのだが、そうなった場合、起訴された側の受けた風評被害などの名誉損失をどうしてくれるのだろうか。検察審査会が何も責任を取らないとすれば、それも変な気がする。

国民一人ひとりが、もっと個々人の権利について、お上に丸投げするのではなく、自分たちでしっかり考える必要があるような気がする。

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