- 2017年02月13日 08:57
どのように生き、死ぬか。日本人としての生き方そのものを見直さないと、医療や介護の問題は解決しない - 「賢人論。」第32回(後編)上念司氏
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運動する習慣や医療費を予防医療にシフトさせていくことの重要性を述べた上念司氏。「胃ろうは絶対にしないでほしい」などと、自身の考えをすでに家族に伝えている氏には、日本における終末期医療の問題点や、戦後日本に広まった価値観に対する考えをストレートに語ってもらった。
取材・文/猪俣ゆみ子(編集部) 撮影/鈴木智博
日本の終末期医療は歪んでいる
みんなの介護 前編、中編では、運動習慣をつけたり予防医療にシフトしたりすれば、日本の医療費が増え続けることにストップをかけられるのではないか、といったことを伺ってきました。
上念 さらに言えば、日本の医療そのものの問題もあるでしょうね。特に、終末期医療が歪んでいると思います。
みんなの介護 上念さんが思われる、日本の終末期医療の問題とは?
上念 日本では、例えば胃ろうをするリスクやQOLがどうなるかといったことはまったく説明を受けないで、“とにかく生かしてくれ”とやるわけです。このような終末期医療をヨーロッパで行うと、その医師は虐待で捕まります。本人が「胃ろうを設置してくれ」と希望しない限りは、海外では絶対にやらないそうなんです。
みんなの介護 “生かす”ことを最優先にして、本人のQOLを維持するといった視点が欠けている…と。日本における終末期医療を改善する余地はあるということですね。
上念 どう死ぬかって、かつての日本人は独特のものを持っていたと思うんですけどね。今はなんだか、死を受け入れることを避けているというか…。むしろ、外国のほうが潔いですよ。オランダなんかは死ぬ権利を持っていますし。
例えば、普段介護をしていない遠い親戚が、いざというときに飛んできて非難するのも問題ですよね。他人がそうやって他人の死に方に介入するというのは良くないことだなと。“胃ろうをしないで安らかに”と言うと「そんなことをしたらおじいちゃんが死んでしまう!」と。普段から家族の面倒を見ているほうとしては「お前は面倒を見ていないだろう」と言いたいわけですよ。
みんなの介護 遠い親戚にとっては普段顔を合わせることが少ない分、動揺してしまうというのもあるのかもしれません。
上念 動揺してしまうのはわかりますが、もう少し本人の意向をくむべきだと思いますよ。それから、誤った言霊(ことだま)信仰は捨ててほしいですね。

自分の命を自分自身でどうにもできないというのはおかしい
みんなの介護 誤った言霊信仰…というと?
上念 例えば、年老いた親が病気になったときに、「胃ろうをするかしないか」「どのような死に方を望んでいるのか」といった親の意向を知っておけば、いざというときに「あなたはおじいちゃんが死ねばいいと思っているの?」なんてズレたことを言われるのは減ると思うんですよ。
そのためには、もし親がそうなったときに「どちらにするか?」という本人の意向をしっかり表明してもらわなければなりません。私ももう、子どもに言おうと思っています。「もし俺に胃ろうをしたら、1円もお前に相続しないからな」と。
死ぬのは確かに怖いけれど、みんな、死からは逃れられません。できれば、年齢の高い人が自ら“どう死にたいか”をしっかり書き残すだとか、法的に有効になるような枠組みを作ってほしいですよね。“認知症になったらここを読め”とかね。逆に、胃ろうをしてまでも長生きしたい人はすればいいでしょうし。
みんなの介護 下の世代からはなかなか言いづらい部分はあると思います。現状では、本人が胃ろうを望まないと書面を残していたとしても、家族がそれを無視して胃ろうを望むといった実態もあるようです。
上念 家族の言う通りにしなければ、施設の人が訴えられてしまいますからね。公正証書に残すことで効力を発揮できるような、今の法的な枠組みも見直す必要はあるでしょう。やっぱり、自分の命や死に方を自分自身でどうにもできないというのはおかしいですよ。
今の60代の人はしっかりした考えを持っている人が多いから、苦しみながら死ぬことを望んでいる人はそれほど多くはないと思うんです。私の親は70代だけれど、「胃ろうは嫌だ」と言っていますから。



