- 2017年02月10日 12:52
意外にも常識的な「トランプ外交」 - 村上政俊
2/2軍人国防長官の面目躍如
こうしたオバマ前政権が好んだ言葉遊びによる日米同盟への揺さぶりをトランプ政権は繰り返さないと宣言したといえる。linchpinという表現を米韓同盟に引き続き使うことには不満が残るものの、マティスは最初の外国訪問として日本を望んだとされる。これは我が国の国会日程との関係で果たせず、ソウルを訪問してからの東京入りとなったが、アジア太平洋においては日米同盟が最優先であり、日本よりも国力が圧倒的に劣る韓国との間でいたずらに序列を競わせようとするオバマ前政権の不愉快な遣り口には完全に終止符が打たれたとみてよいだろう。
軍人国防長官としての面目躍如は、外交安全保障に関する基本的かつ重要な認識が表れた中国の南シナ海進出への対応策についてだった。まず、東シナ海及び南シナ海での中国の活動はアジア太平洋地域における安全保障上の懸念だとの前提を確認。この前提で、尖閣諸島が所在する東シナ海に先に言及したところに我が国への配慮が滲み出る。南シナ海問題の解決については、現時点においては劇的な軍事行動(dramatic military moves)の必要はないと述べ、一部のメディアはこの発言を特出しで報じている。
しかし、文脈全体を捉えなければマティスの真意は見えてこない。彼は現時点においては外交官(diplomat)によって解決されるのが最善だとしたが、ここで安全保障の教科書を紐解くと外交と軍事及びそれを担う外交官と軍人の役割分担について書かれているはずだ。いわく外交官による解決が優先的に図られるが、それが行き詰った場合に軍人の出番がやって来る――外交と軍事は断絶して別個に存在するのではなく、外交の延長線上に軍事が位置付けられるということだ。こうした古典的な安全保障理解に立てば、マティスが現時点ではという留保を付けた上で軍事行動の必要性を否定したことにこそ意味がある。外交による解決が行き詰った場合は、南シナ海で軍事行動に踏み切る可能性を示したとみてよいだろう。これは尖閣への安保条約5条適用と同じく中国への強烈な牽制球となり、経済だけでなく安全保障でも、対中強硬がトランプ政権の基本スタンスであることを如実に示しており、日米同盟には強い追い風となる。
外交の先に見据える「軍事合理性」
なお軍人は軍事合理性、つまりは最少の手負いで最大の戦果を挙げられるかどうかに基づき判断を下す。そこで最も嫌うのが戦力の逐次投入だ。相手がエスカレートした度合いだけこちらも戦力を増強するやり方は、自分の側が致命傷を負うリスクを低く抑えることはできるが、戦局が膠着して最終的には消耗戦に突入し、人命、物資を含めた国力を摩耗する可能性が却って高い。戦力の逐次投入による最大の失敗例がベトナム戦争だ。
海兵隊大将として中央軍司令官まで務めた優秀な軍人であるマティスには、アメリカ軍のこうした苦い記憶が当然念頭にあるはずだ。目下の南シナ海情勢をみれば、埋め立てによる人工島造成などの中国の侵出速度はアメリカ側の予測を遥かに上回っている。中国初の空母「遼寧」の南シナ海航行もアメリカの制海権に対する重大な挑発行為だった。仮想敵が急速に態勢を整え戦力格差を縮めつつある現在のような状況下では、軍事的手段を行使するつもりがあるのであれば、できるだけ早い段階の方が軍事合理性が高いということになろう。
南シナ海でベトナム戦争のような失敗を繰り返さないために残された時間はそう長くはない。マティスが南シナ海問題の外交的解決の追及を現時点に限定した背景には、以上のような考えがあってのことだと考えられる。
このように外交安全保障の定石を踏まえた上でトランプ外交の始動を評価すれば、教科書通りの手を矢継ぎ早に打っていることがよくわかる。常識通りのトランプ外交の始動は日本外交にとって有利に働くといえそうだ。(文中敬称略)



