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- 2017年02月10日 10:00
東京が金融センターになれる可能性はあるのか?
東京に世界を代表する金融センターを生み出すという野望は長年存在します。最近も小池百合子氏が希望の塾で「ウォールストリートイン東京」を作りたいと述べたそうです。実は東京都の政策企画局では2-3年前から「東京国際金融センター構想」があり、タスクフォースチームが検討を進めています。
さて、この金融センター、果たして実現するのでしょうか?
正直な感想は「無理」だと思います。理由は東京には根本的にそのような特殊市場を受け入れる素地が現在ないと考えています。
世界の金融センターといえばニューヨークのウォール街と思われますが、英国ロンドンのシティが圧倒しています。ウォール街は証券取引においてはロンドンの4倍以上ありますが、外国為替においては世界の4割の市場をロンドンが持っています。私もサラリーマン時代、カナダドルと円の外為を銀行にお願いした際、規模の関係でトロント市場ではなくロンドンで行うといわれたことがあります。また、様々な金融商品が生まれるのもロンドンであります。言い方は悪いですが、ロンドンが頭脳、ニューヨークが肉体というイメージがあります。
さて、金融市場は地球儀ベースで止まりません。ニューヨークの市場が午後4時に終わると次はニュージーランドのウェリントン市場が一番先に開きますが実質的には東京市場の動きが注目されます。その後、シンガポール、香港が開き、インド市場経由で欧州市場につながるという流れです。その点からは世界金融センター指数で5位の東京は上位を狙えるチャンスは大いにありますがほぼ同時刻帯に3位のシンガポール、4位の香港が存在します。
では私が無理とほぼ断言できる理由は何か、といえば文化と言葉であります。いくら立派なオフィスビルを作ってもいくら就労ビザが取りやすくてもいくら特区で特殊な権益が確保されているとしても文化と言葉は乗り越えられません。東京が国際金融センターになるための最大のハードルだと考えています。
英国がEUから離脱するにあたりシティにいる金融関係の企業はどこに行くのか、という話題が持ち上がりますが、フランスやドイツではないとする最大の理由が英語圏ではないということであります。世界の金融市場の共通言語は英語であり、英語を駆使できる金融関係従事者の数が大陸では足りないのであります。ドイツあたりでも言語的障壁を指摘されるのですから東京では歯が立たないことになります。
先日、東京で筑波大学のビジネススクールに通うドイツ人に「将来は日本とドイツのかけ橋のビジネスでもするのですか?」と聞いたところ「私は日本に来てこれほど英語が通じない国だとは思わなかった。ここで英語を使ってビジネスをするのは無理」ときっぱり言い切られました。
確かに日本にも英語を使える人は増えてきています。しかし、その人数は圧倒的に少なく、大多数は英単語を知っている程度で会話は出来ません。教育者は英語の必要性を訴えますが、普段英語を使う機会がなく、それが出来なくても何ら困らないわけですから上達のしようがありません。例えば英語が出来るといわれるキャビンアテンダントでも機内放送を聞くと「聞き取り不能」のレベルが2-3割ぐらいいます。その点、日本人機長の英語のあいさつがまともなのは管制塔とのやり取りで必要とされるからでしょう。
ついで文化的な観点ですが、ロンドンもニューヨークも様々なマネーが集まって来ます。何処からそんなお金が湧いて出てくるのだろう、というぐらい集まるのはそこに市場があるからです。市場とは魚市場同様、あらゆるところから商品が集まり、それを求める人でごった返すところです。多種多様性を基本としていますが、日本は単一、純粋、クリーンを求めます。
マネーはきれいなものもありますが、少し汚れているものもあります。東南アジアや中国の出所不明のマネーも扱わねばなりません。当然ながらマネーと共に人もついてきます。それを扱うディーラーもいます。そんな人たちが誰でもピカピカの近代的な建物の一室に立派な事務所を構えていると考えてはいけません。いかにも怪しげな古びた建物の一室で巨大な取引の舞台裏があることもあるでしょう。
金融市場は文化的背景が作り上げるものであり、人為的に作るのではありません。日本における市場とは個人的には大阪の船場がその文化的背景も含めた神髄だったと思います。京都の台所のみならず、大陸から船で瀬戸内海経由で物資の行き来ができたこと、そして大阪は東京に比べて多様であります。東京は政治的力学もあってその市場機能を東京に移管させたのですが、いかんせん、美しすぎたということかと思います。マネーの世界は賢い人が賢いルールで作るより寄せ集める魅力が生み出すものではないでしょうか?
東京に世界を代表する金融センターは私の目が黒いうちにはできないと思いますが、唯一、例外があるとするならばロボットとAI機能が金融市場を席捲する世界一静かな巨大市場が創設できる可能性だけは否定しません。
では今日はこのぐらいで。
さて、この金融センター、果たして実現するのでしょうか?
正直な感想は「無理」だと思います。理由は東京には根本的にそのような特殊市場を受け入れる素地が現在ないと考えています。
世界の金融センターといえばニューヨークのウォール街と思われますが、英国ロンドンのシティが圧倒しています。ウォール街は証券取引においてはロンドンの4倍以上ありますが、外国為替においては世界の4割の市場をロンドンが持っています。私もサラリーマン時代、カナダドルと円の外為を銀行にお願いした際、規模の関係でトロント市場ではなくロンドンで行うといわれたことがあります。また、様々な金融商品が生まれるのもロンドンであります。言い方は悪いですが、ロンドンが頭脳、ニューヨークが肉体というイメージがあります。
さて、金融市場は地球儀ベースで止まりません。ニューヨークの市場が午後4時に終わると次はニュージーランドのウェリントン市場が一番先に開きますが実質的には東京市場の動きが注目されます。その後、シンガポール、香港が開き、インド市場経由で欧州市場につながるという流れです。その点からは世界金融センター指数で5位の東京は上位を狙えるチャンスは大いにありますがほぼ同時刻帯に3位のシンガポール、4位の香港が存在します。
では私が無理とほぼ断言できる理由は何か、といえば文化と言葉であります。いくら立派なオフィスビルを作ってもいくら就労ビザが取りやすくてもいくら特区で特殊な権益が確保されているとしても文化と言葉は乗り越えられません。東京が国際金融センターになるための最大のハードルだと考えています。
英国がEUから離脱するにあたりシティにいる金融関係の企業はどこに行くのか、という話題が持ち上がりますが、フランスやドイツではないとする最大の理由が英語圏ではないということであります。世界の金融市場の共通言語は英語であり、英語を駆使できる金融関係従事者の数が大陸では足りないのであります。ドイツあたりでも言語的障壁を指摘されるのですから東京では歯が立たないことになります。
先日、東京で筑波大学のビジネススクールに通うドイツ人に「将来は日本とドイツのかけ橋のビジネスでもするのですか?」と聞いたところ「私は日本に来てこれほど英語が通じない国だとは思わなかった。ここで英語を使ってビジネスをするのは無理」ときっぱり言い切られました。
確かに日本にも英語を使える人は増えてきています。しかし、その人数は圧倒的に少なく、大多数は英単語を知っている程度で会話は出来ません。教育者は英語の必要性を訴えますが、普段英語を使う機会がなく、それが出来なくても何ら困らないわけですから上達のしようがありません。例えば英語が出来るといわれるキャビンアテンダントでも機内放送を聞くと「聞き取り不能」のレベルが2-3割ぐらいいます。その点、日本人機長の英語のあいさつがまともなのは管制塔とのやり取りで必要とされるからでしょう。
ついで文化的な観点ですが、ロンドンもニューヨークも様々なマネーが集まって来ます。何処からそんなお金が湧いて出てくるのだろう、というぐらい集まるのはそこに市場があるからです。市場とは魚市場同様、あらゆるところから商品が集まり、それを求める人でごった返すところです。多種多様性を基本としていますが、日本は単一、純粋、クリーンを求めます。
マネーはきれいなものもありますが、少し汚れているものもあります。東南アジアや中国の出所不明のマネーも扱わねばなりません。当然ながらマネーと共に人もついてきます。それを扱うディーラーもいます。そんな人たちが誰でもピカピカの近代的な建物の一室に立派な事務所を構えていると考えてはいけません。いかにも怪しげな古びた建物の一室で巨大な取引の舞台裏があることもあるでしょう。
金融市場は文化的背景が作り上げるものであり、人為的に作るのではありません。日本における市場とは個人的には大阪の船場がその文化的背景も含めた神髄だったと思います。京都の台所のみならず、大陸から船で瀬戸内海経由で物資の行き来ができたこと、そして大阪は東京に比べて多様であります。東京は政治的力学もあってその市場機能を東京に移管させたのですが、いかんせん、美しすぎたということかと思います。マネーの世界は賢い人が賢いルールで作るより寄せ集める魅力が生み出すものではないでしょうか?
東京に世界を代表する金融センターは私の目が黒いうちにはできないと思いますが、唯一、例外があるとするならばロボットとAI機能が金融市場を席捲する世界一静かな巨大市場が創設できる可能性だけは否定しません。
では今日はこのぐらいで。



