- 2017年02月10日 00:54
日本人が理解できない韓国観念 彼らがこだわる『真正性』もかなり適当
2/2■日本と韓国では意味が違う『真正性』
さあ、遂に来た本命です。従軍慰安婦問題では必ず出てくる言葉『真正性』。日本では「正当性」とほとんど意味が変わりません。その意味は、「虚偽や改ざんがされてないことが保証されている」ことです。
しかし、韓国での『真正性』は違います。韓国の『真正性』とは、すなわち「集合知」(集団的知性)のことです。「みんなが正しいと感じられることは正しい」という意味なのです。
しかも韓国人はそこに「普遍性がある」と信じています。つまり「誰でも理解できる正しいことが、社会の全てにある」と考えているのです。もっと言うと韓国人は、「絶対の正義が存在する」と考えているのです。明らかに日本人の理解する「真正性」とは違いますよね。
もちろん日本にも、「社会通念上、求められる道徳」は存在します。しかしそれを「絶対の正義」とは、かなりの「中二病」に罹ってないと言わないでしょう。でも韓国は違うのです。
「韓国、日本大使呼び出し 少女像巡る対抗措置は「遺憾」」2017年1月6日
韓国の最大野党「共に民主党」は6日、「わずかな真心がこもった謝罪すらなく、自らの正当性ばかり主張する日本政府は、人権と世界正義と争うつもりか」と日本側を非難。日韓慰安婦合意の破棄と日本政府の謝罪を要求した。
韓国側に『世界正義がある』と考えているから、こういう言葉が出てくるのです。でも日本人は、日本だろうが、アメリカだろうが、ドイツだろうが、『世界正義がどっかの国にある』なんてことは、絶対に考えないでしょう。むしろ「俺の国には世界正義がある」とか言い出した段階で、「その国にはまず正義は無いな」と考えるのが日本人であります。
そして「集合知」(集団的知性)は、ちょっと勉強した人なら、たやすく「集団浅慮」に陥る危険に気付くでしょう。そう、この社会学や集団心理学に出てくる「集団浅慮」こそ、韓国の観念を理解する材料なのです。
■万年「集団浅慮の国」韓国
社会学とか勉強した人も、ちょっと思い出してみてください。「集団浅慮」に陥る類型には3つのパターンがあったはずです。
第1類型 自己集団に対する過大評価。
第2類型 閉鎖的意識。集団による自己弁護、集団外部に対する偏見。
第3類型 集団均一性への圧力。自分や他者への検閲行為や全会一致の幻想。
どれか一つでも重症化すると「集団浅慮」に陥るのに、韓国の場合、全部当てはまる!
日本もかつては、「絶対正義」を信じて戦争をした国でした。しかし敗北し、「絶対正義」を叫ぶ集団への懐疑心がずーっと根っこにあります。と言うか、「絶対正義を疑うところから日本の再出発は始まっている」と言えるでしょう。
韓国は「大陸思考」や「小中華思想」による自己の過大評価で第1類型に陥り、島国日本への差別意識や、その差別対象に占領されたり抜かれたりした過去に対する自己弁護により第2類型に陥り、「真正性」という名のありもしない「絶対正義」への圧力、異論を認めない検閲行為や「全会一致の幻想」により第3類型に陥り、「集団浅慮」をいつも発症しているのです。
冒頭の「韓国人が日本人を嫌うのはわかるが、日本人が韓国人を嫌うのはおかしい」という謎理論は、日本の「大陸羨望論」と、「絶対正義である韓国」を嫌うのはおかしいという韓国の独自の思考によるものだったのです。
■「集団浅慮」の結実が「反日無罪」
ウイーン条約を無視して、従軍慰安婦像を公道に立てる。ユネスコ条約を無視して、盗難された仏像の返還を否定する。国際法も国内法もなんとも思わない「反日無罪」こそ、韓国の「集団浅慮」の姿であります。
15世紀の李氏朝鮮での仏教弾圧時に華厳宗の浮石寺は廃寺になっており、現在の同寺は曹渓宗という禅宗の寺。もし倭寇が略奪した像だとしても、当時と現在の浮石寺の経営者が違うわけで、1330年ごろに作られたとされる仏像の所有権が同寺にあるというのは全くもって、おかしな話となる。
廃寺になった上、そもそも宗派が違う寺に所有権を認めることを、やたら『真正性』にこだわる韓国人は「おかしい」とすら思いません。この適当なときに都合よく当てはめてくる韓国の『真正性』に、付き合う必要は無いと考えます。韓国の不思議理論に巻き込まれないよう、これからの日本の舵取りには、より慎重さが求められるでしょう。



