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vol.282 『ボストン便り』(第27回)「制度と現場のコンフリクトを越えて―さまざまな立場を繋ぐ役割」

ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー
細田 満和子(ほそだ みわこ)
2011年10月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

紹介:ボストンはアメリカ東北部マサチューセッツ州の州都で、建国の地としての伝統を感じさせるとともに、革新的でラディカルな側面を持ち合わせている独特な街です。また、近郊も含めると単科・総合大学が100校くらいあり、世界中から研究者が集まってきています。そんなボストンから、保健医療や生活に関する話題をお届けします。
(ブログはこちら→http://blog.goo.ne.jp/miwakohosoda/)

2011年の夏のボストンは、摂氏36度を超すような暑い日が続いた後は、朝晩は冷え込むような涼しい日になったり、晴天かと思えば雨が降り出したりといったように、いつもと同じ変わりやすい気候でした。
8月終わりから9月初めにかけては、日米においていくつかの会議やシンポジウム(アメリカ社会学会、日本看護管理学会、ランセット関連の医療改革に関するシンポジウム、横浜市の脳卒中者の患者会)に参加する機会がありました。今回はそうした会議に参加して改めて感じた、制度と現場の間の隔たり、医療改革の理念と現実、繋ぐ役割の重要性などをご報告したいと思います。

アメリカ社会学会



今年のアメリカ社会学会は、8月20日から24日まで、ラスベガスのシーザーズ・パレスというホテルを会場に行われました。テーマは「社会的相克/矛盾/紛争(Social Conflict)」。貧困や格差など普段は社会問題を論じている社会学者たちが派手なホテルに集う様は、まさに矛盾を表していると思いましたが、ただ、ラスベガスはギャンブルや贅沢なショーで有名な一方でホームレスの多い場所としても知られていますので、矛盾の中に身を置く良い経験でもあると思いました。

社会的コンフリクトというのは社会学の最も主要なテーマのひとつで、あらゆる社会的場面や日常生活において生じてくるコンフリクトを解明するため、様々な立場の力関係や集団の動きが分析されてきました。初日の医療社会学のセッションでは、医療における「制度レベルの要求system-level demands」と「個人レベルのニーズindividual needs」のコンフリクトというテーマの報告がいくつか行われました。

中でも非常に興味深かったのは、かつては入院加療が必要な病状の患者であっても、現在は在宅でセルフケアをしながら療養生活を送るようになり、その事に起因する問題も生じている、という報告でした。アメリカでは医療費は高騰し続け、GDPに対する医療費は約16パーセントと先進国の中でも群を抜いて高い割合となっています。そこで、入院期間を短縮して医療費を抑制しようという動きが従来からあり、近年の在宅医療技術の進展は、その傾向を後押ししています。その結果、1970年に入院と在宅の比率は279対1でしたが、2004年には12対1になったとのことです。

ここで問題になってくるのが、自宅でのセルフケアの安全性と有効性です。報告によると、患者の中には、十分なセルフケアのトレーニングを受けないで退院してしまっていたり、ペットや子どもの行き来するリビングで注射をしていたり、トイレとお風呂が一緒のバス・ルームの中で薬剤を混ぜていたりと、衛生面や安全性で大きな問題があることが明らかになりました。

2010年3月にヘルスケア改革法が成立し、今後は健康保険加入者がさらに増え、医療(サービスも費用も)が足りなくなるのではないかと危惧されているアメリカでは、ますます病院から在宅へという制度側の動きは強まりそうです。そうした中で患者のニーズに応じて、病院や在宅での医療が適切に行われているか、検証して警告を発していくことはますます重要になるでしょう。

日本看護管理学会



次はラスベガスから東京へ飛び、8月27日から9月5日までに4つの集まりに参加してきました。まずは日本看護管理学会(8月26・27日開催、於:京王プラザホテル)で、学会のテーマは「先をよむ」というものでした。私もランチョン・セミナーで「チーム医療と公衆衛生―人々の健康はみんなで守る」というタイトルで、健康が様々な要素で成り立っていること、それぞれの専門職は立場が違うからこそ、複眼的に人々のニーズを把握でき、サービスが提供できること、専門が違えば意見に齟齬があるのはむしろ当然なので、対話によるすり合わせによってよりよい解決策が見つけ出せることなどを話しました。また、地域医療においては、「チーム医療」は介護などと言葉は変わるかもしれないけれど、本質は同じではないかということも話しました。

 会場では、日本看護協会会長の坂本すが氏の著書に出会いました。そこには、近い将来、超高齢化が進展する状況の中で、地域で安全に自分らしく暮らせる生活を支援する訪問看護ステーションはほとんど増えていないこと、「施設と在宅の隙間」で困っている人が大勢いることなどが記されていました。そして、基本は在宅で週数回の訪問看護を提供し、「たまに滞在、たまにショートステイ」ができる「看護のいえ」が提案されていました。施設と地域の隙間を埋めるという課題への具体的処方箋として、とても興味深いものだと思いました。

『ランセット』日本特集号出版記念関連



イギリスの医学誌『ランセット』の日本特集号出版記念関連で行われた二つのシンポジウム「21世紀に向けての医療専門職教育:相互依存的世界におけるヘルス・システム強化のための教育の変容(Education of Health Professionals for the 21st Century)」(8月31日開催、於:東京大学)と「医療構造改革の課題と展望:3月11日の大震災を越えて」(9月1日開催、於:国連大学)にも参加してきました。

医療専門職教育についてのシンポジウムでは、多くのシンポジスト達が、多職種によるチームワークができる医療専門職の養成の重要さを訴えていました。また、医療構造改革についてのシンポジウムでは、高齢化の進む地域医療を支える総合医の育成、コミュニティを政策決定単位として人々の生活を守る、人間の安全保障という概念に基づく医療改革、地域に合わせた医療提供を可能にする地方自治体への権限移譲などが話されました。

高齢化が進み、医療の形も今のままでは立ち行かなくなることが予想されている中で、各地域のニーズに合致した医療の形を構想し、それを実現するためにそれぞれの専門性を発揮して協働できる医療専門職を養成してゆくことが必要なのでしょう。

患者会のミーティング



9月5日には、かねてから親交のあった脳卒中サバイバーの方が主宰するミーティングに参加してきました。この患者会では、脳卒中者が退院してから自宅で安心して暮らせるまでの案内になるよう、地域サービスの情報、制度の利用の仕方、日常の注意点や心構えなどを記した小冊子を作っていました。

かつて脳卒中者が退院する時は、病院から地域の保健師のところに連絡が行き、保健師が戸別訪問をして地域のサービスや保健センターで行う機能訓練教室を紹介していました。ところが介護保険が始まって以来このような仕組みはなくなり、脳卒中患者はいきなり地域に放り出されるようになったといいます。そこでこの患者会では、区からの補助を得て小冊子を作ったのです。
しかし、ここにはいくつか問題もあるとのことでした。まず、このような冊子を作っても、なかなか置いてくれる病院や施設がないこと。また置いてくれる病院等があったとしても、今度は区の方から、区のお金で作ったのだから、区民以外には渡さないでほしいという要請があるということなどです。冊子を作った患者会の主宰者は、このような病院や行政の態度に諦め顔でした。
 

「多職種協働型医療専門職養成」と「医療改革」の理念と現実



以上、短い期間に参加したいくつかの会議は、日本が現在抱えている、そして近い将来抱えることになる深刻な問題をテーマとしていて、どれもとても興味いものでした。しかし同時に、このすべての会合の参加者(看護師、医師、政治家、医療研究者、患者など)が、もし一堂に介して意見交換できるような機会があったらどんなに良いだろうかとも思いました。

というのも、ランセットの医療構造改革に関するシンポジウムでは、「患者会は、自分たちの半径5メートル以内しか見ていない」ために、意見を聞いても仕方ないというような発言が聞かれたり、一方患者会の方では、行政や医療は当事者のことを全然分かっていないという批判の声が聞かれたりしたからです。また、チーム医療をうまく行える医療専門職養成を目指すなら、医師だけでなく看護職やその他の医療専門職種も交えて教育やトレーニングを考えてゆかねばならないでしょうが、医師以外の看護師やコメディカルと言われる職種のシンポジストは見あたりませんでした。

目標は同じなのに、それぞれの立場の人々が別の場所で議論をしていて交流が行われないというのでは、目標を達成できないどころか、達成するための方法を見つけるのも難しいでしょう。病院と地域とをつなぐ試みをしている現場の人たちの声が、制度設計や運営に携わる人に伝わったら、どんなにいいことかと思います。それは、人間の安全保障という理念を現実のものにするための一つの具体例にもなるのではないかと思います。

制度と現場のコンフリクトを越えて



日本医療政策機構の実施した「日本の医療に関する2010年世論調査」によれば、医療機関の患者に対するサービス、治療方針への患者自身の意見の反映、医療の安全性、診断・治療等の技術の質など、現場の医療提供については、回答者の半数以上が満足していると答えています。その一方で、制度決定への市民参加の度合い(制度に国民の声が反映されているか)、医療制度の分かりやすさ、制度決定のプロセスの公正さなど、医療制度については、8割以上の回答者が不満と答えています。

今日、医療不信が高まっていると言われていわれていますが、この調査結果を見れば、人々の不満は現場で医療行為を行っている医療者に向けられているのではなくて、市民の声を聴かないままに不透明な政策決定が行われていることに向けられているのが一目瞭然です。

医療制度と個々の人々との間のコンフリクトは、アメリカ社会学会の医療社会学セッションでもテーマであったように、日本に限らないどこの国でも抱えている大きな問題です。このコンフリクトを乗り越えるには、やはり制度を作る側と現場で実践・利用する側との対話によって、制度をより良いものに、より理解しやすいものにしてゆく必要があると思います。

さまざまな立場を繋ぐ役割



ただ、政策決定の側の人々が危惧するように、確かに個々人のニーズというのはそれぞれに独特のものがあるので、一つ一つの意見を聞いて政策に反映させることは無理だという意見も分からなくもありません。
そこで、政策的提言をしたり制度に関する働きかけをしたりするアドボカシーが必要になってくるのだと思います。例えばボストンで出会ったいくつもの患者会は、活動の大きな柱として、情報提供やピア・サポートの他にアドボカシーを掲げています。アドボカシーは日本語では「権利擁護」や「代弁」と訳され、なかなか真意をくみ取りづらい言葉でありましたが、ボストン便り第4回「患者会のアドボカシー活動」でもご紹介したように、具体的な活動を知って理解し、その役割の重要性を強く感じるようになりました。

日本でも今日、個々の会員の意見を集約し、医療制度や医学研究に対して代替案を提示したり意見を述べたりする力をもつ、同じ病気や障害ごとに結成された患者団体がいくつもあります。さらに、そのような患者団体同士が連携したり、同盟関係を結んだりしている例もあります。このような集団は、制度と現場のコンフリクトを超えるための媒介catalystになる可能性があり、今後、医療制度を改革する上で重要な役割を果たしてくれることが期待できると思います。私自身も、様々な立場を繋ぐことができるよう更に研鑽を積んでいきたいと思います。

<参考>
1.Cameron Macdonald, Thematic Session, Conflicts in Medicine: Individual vs. Institutional Actors, 2011, August, 20, 106 American Sociological Association Annual Meeting, Las Vegas, Nevada, p.47.
2.坂本すが,わたしがもういちど看護師長をするなら,医学書院,2011.
3.日本医療政策機構による「日本の医療に関する2010年世論調査」
http://www.hgpi.org/handout/2010-02-08_06_973999.pdf
4.マサチューセッツCFIDS/ME and FM 協会
http://www.masscfids.org/
5.マサチューセッツ脳障害協会
http://www.biama.org/

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