記事

人権の擁護と個人情報の保護

クローズアップ2010:改正臓器移植法・施行1カ月 進まぬ情報開示(平成22年8月14日毎日新聞)

 ◇体制不備で苦慮
 改正臓器移植法が7月17日に全面施行され、間もなく1カ月がたつ。今月9日には書面で意思表示をしていなかった20代男性が施行後初めて脳死と判定され、10日に臓器移植手術が行われた。一方、病院に運び込まれた小児の親が主治医に臓器提供の意思を伝えたが、体制の不備でもともと提供できない施設だったというケースも起きた。慢性的な提供臓器不足の解消と小児移植医療の道を開くための改正法だが、課題は山積している。【藤野基文、福島祥】

 ◇家族承諾もプライバシー優先 小児対応は医療機関任せ
 書面による意思表示のない20代男性に対して、改正臓器移植法に基づく初めての脳死判定が8〜9日、関東甲信越地方の病院で行われた。日本臓器移植ネットワークによると、男性は家族で臓器移植関連のテレビを見ていた時、万一の場合は提供してもいいと家族に意向を伝えていたという。

 今回のような交通事故や水難事故、脳卒中などで突然、脳死状態と診断された場合、家族は本人の意思をどのように確認したらいいのか。改正法では、本人が生前に拒否していない限り、本人の意思が不明でも家族の承諾で提供できる。拒否の意思表示は書面でなくても有効とされ、以前からその確認の難しさが指摘されてきた。

 ネットワークの移植コーディネーターは今回、男性が臓器提供意思表示カードを持っていなかったため、健康保険証や運転免許証、インターネットの意思登録システムに拒否の意思表示をしていないことを確認したという。日本移植コーディネーター協議会副会長である篠崎尚史東京歯科大角膜センター長は「『ない』ことの証明は難しいが、家族に言っていないか、日記などを残していないか、他に誰かにほのめかしていないかなど、コーディネーターは必死に調べている」と話す。

 厚生労働省の運用指針では、脳死状態と診断された場合、医師がコーディネーターから説明を聞く意思があるか家族に確認したうえで、コーディネーターが家族に説明。拒否を含めた本人の意思を確認し、配偶者、子、父母、孫、祖父母、同居の親族による家族の総意で承諾すると、承諾書を作成する。

 しかし、9日夜に厚労省で行われた日本臓器移植ネットワークの記者会見では、脳死臓器提供の話を持ち出したのは家族からか医療施設側からなのかが明らかにされなかったほか、交通事故に遭った日やその時の状態などは男性と家族のプライバシーを守るとの理由で一切情報提供されなかった。

 生命倫理に詳しい東京財団の〓島(ぬでしま)次郎研究員はこの点を問題視し、「事故からどれくらい時間がたっているかで家族の精神状態はかなり違う。どちらからどのタイミングで言い出したかは、改正法の下で医療現場がどう変わり、国民がどういう状態に置かれているのかを知るためにも開示されるべき情報だ」と指摘した。今回の第1例を巡っては、9月以降に開かれる厚労省の検証会議で手続きの適正さなどが議論される。

 男性の臓器は全国5カ所の病院で、それぞれ移植されたが、膵臓(すいぞう)と片方の腎臓の移植手術を行った藤田保健衛生大病院(愛知県)の杉谷篤教授は手術後の会見で「提供の窓口が広がったかというと必ずしもそうではないと思っている。家族は、その人だったら提供しようと思うだろうと考えて同意する。日ごろから話している環境でないと、なかなか提供にはつながらないと思う」と語った。

   ◇   ◇

 小児の移植医療に道を開くのも改正法の柱の一つだ。厚労省の運用指針では、18歳未満からの脳死臓器提供は、被虐待児からの提供を除外するためのマニュアルと体制整備を前提としており、提供医療機関は対応に苦慮している。院内体制整備の方法は決まった形があるわけではなく、各医療機関に任されているからだ。

 ある病院では改正法施行後の7月下旬、交通事故に遭って意識不明の重体で運び込まれた女児の両親が、万一の時は臓器提供の意思があることを主治医に話した。女児は回復の兆しを見せ脳死と思われる状態にならずにすんだが、病院は被虐待児を除外するマニュアルと体制の整備ができておらず、もともと脳死判定や臓器提供には対応できない状態だった。

 毎日新聞が5月下旬から6月下旬に、厚労省から脳死臓器提供が認められている348施設に実施したアンケートでは、回答があった229施設のうち「成人のみの脳死臓器提供に対応する」と答えた施設が48・9%あった。そのうち「虐待児を除く体制整備ができていない」と回答したのは40・4%だった。

 死因が虐待と関係なくても、提供意思を表明できる15歳以上がその意思を示していても、虐待を受けた疑いが判明した時点で対象から除外される。日本脳神経外科学会の寺本明理事長は「小児の診察に慣れていなければ、明らかに分かる虐待でなければ見分けることは難しい。また、虐待をした両親に子供の代弁者としての資格はない。だから院内に虐待防止委員会を設置するなどの体制整備が必要だ」と話す。一方、移植医や脳神経外科医の間では「医療機関では小児脳死臓器提供の第1例になりたくないのが本音。家族が申し出ても(虐待を除く)マニュアルの未整備を理由に断る所もあるのではないか」と指摘する声も聞かれる。

>>>>>>>>>>>>
脳死状態は、ドナーとなった場合だけ、人としての死として扱われる。それ以外の場合は、心臓死の段階まで生きていることになるので、脳死状態の方には「人権」がある。今後は家族の意思で、人権がなくなるか否かという重大な決定がされるわけで、家族に、誘導があるべきではない。それゆえ、脳死判定をした場合のメリットばかりでなく、デメリットはないのかなども、包み隠さず家族に説明されるべきだろう。もし、デメリットに関してろくな説明もなく、メリットばかりが説明され、移植を承諾した場合、後で何かあったとき、家族はひどく後悔することもある。

何せ、多くのドナーとなるケースは、交通事故の被害者だ。日本の死因究明は、貧弱だが、交通事故では、死因究明がことさら雑な面があるので、被害者の権利が維持できるのか非常に心配だ。

たとえば、交通事故では、実際に以下のようなケースもあったので要注意だ。

Aは歩行中にBの運転する車に衝突され、鎖骨骨折と足の骨折を受傷した。Aは事故後、意識がはっきりしていて、受け答え可能であったが、病院に到着して2日程度たつと、急激に意識を失った。MRIを撮影したところ、脳幹部や小脳に脳梗塞が認められ、脳ヘルニアの状態だった。その後Bは脳死状態になった。

このようなケースでは、直接死因となった脳梗塞と交通事故の因果関係の証明が必要だ。病死あるいは事故死となるかは、Aの遺族と、加害者であるBの権利に重大な影響を与えるためだ。それゆえ、しっかりとした客観的証拠を以って、因果関係を否定あるいは肯定する作業が必要になる。そのためには、臓器移植の後に司法解剖を実施するという選択肢もあるだろう。

以前経験したケースでは、こうした事例で、解剖とその後の検査から、脳梗塞の原因となった頚部血管の損傷が証明され、事故との因果関係が証明できたことがある。しかし、そうした検査を実施しなければ、因果関係の証明は不可能になる。もし、加害者側の弁護士から、「脳梗塞は病死のはずだ。どうやって交通事故との因果関係を証明できたのだ」と反論されたら、公判の維持は困難となり、ドナーとその家族の権利は損なわれてしまうこともあるのだ。

しかし、こうしたケースでの証拠保全を障害する要因が2つある。

一つは医師が異状死か否かを判定できるかといった点だ。日本の異状死届出率は、他の国に比べると異常に低い。異状死とは何かという定義づけがしっかりしていないためである。もし、医師が脳梗塞であることを以って、事故死ではなく、病死と決め込んでしまえば、現行法では、警察へ届け出られずとも、そのまま臓器移植の手続きへ移行することも可能だ。この場合、Aの家族は、損保会社から保険金をもらえなくなるので大変な権利侵害を受ける。

もう一つは、医師が異状死と届出をした後の、捜査機関側の対応だ。日本では、他の国と違って、交通事故を含む、異状死が全て解剖されるわけではない。法医学者の意見ではなく、警察あるいは検察といった法医学的知識の無い者が遺体を検視して、解剖の要否を判断する不思議な国だ。それゆえ、本来であれば、医学的観点から、解剖などで証拠保全が必要であるはずのケースでも、医学的知識がないことから、臨床医の「事故死だろう」とか、「病死だろう」とかの、あまり法医学的根拠の無い判断を鵜呑みにしてしまい、「自分たちには医学のことがわからないけど、担当医が、事故死だといっているから大丈夫だろう」などという考えから、解剖は不要との判断がされることもありうる

それに、脳死判定の雰囲気は特殊でもあろう。「せっかく家族が移植に同意しているのに、司法がしゃしゃり出て、移植をつぶすのか?」という考えもあいまって、解剖をしないと決めてしまうこともありうる。もし、そうなってしまうと、後になって、遺族が苦しんだり、加害者が苦しむこともありうる。

7月から、本人の意思ではなく、家族の意思でドナーとされうるようになった。以前より、ドナー側と家族の権利が侵害されうる機会が増えたといえる。だからこそ、これまで以上に情報が透明化され、ドナー、家族、あるいは加害者の権利が損なわれなかったかどうかを、公に示していく必要がある。

それなのに、個人情報保護法を盾に、なんら情報が出てこないという。これでは、ドナーとその周囲の方々の権利が本当に守られる運営がされたのか、検証もできない。なんら教訓も得ずに、今後運営を進めれば、何らかの事件が起きてしまうこともある。そうなると、移植医療は大きく後退してしまうかもしれない。

個人情報保護の名の下で、権利擁護が忘れられるべきではないだろう。

トピックス

ランキング

  1. 1

    ZOZO売却でライザップ再建を想起

    大関暁夫

  2. 2

    音喜多氏 朝生出演で未熟さ痛感

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

  3. 3

    チョ・グク氏辞任で窮地の文政権

    NEXT MEDIA "Japan In-depth"

  4. 4

    ダムめぐる鳩山氏の発言を批判

    深谷隆司

  5. 5

    よしのり氏 安倍首相に期待残す

    小林よしのり

  6. 6

    ユニクロ会長の日本人批判に反論

    自由人

  7. 7

    CSの大欠陥を証明した西武敗退

    幻冬舎plus

  8. 8

    質問通告遅らす森議員は官僚の敵

    天木直人

  9. 9

    雅子さまが乗り越えたモラハラ

    女性自身

  10. 10

    質問通告の漏洩 民間も罰則課せ

    おくの総一郎

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。