- 2017年02月08日 13:02
トランプの「アフリカ政策」を占う - 白戸圭一
2/2「人道に対する罪」にも無関心
ウガンダ北部で誕生した武装勢力「神の抵抗軍(LRA)」の最高指導者ジョゼフ・コニーの身柄拘束に向けて、オバマ政権が米特殊部隊を顧問団としてアフリカに派遣していることに対するトランプ政権移行チームの質問は、さらに興味深い。
1987年ごろから反政府武装闘争を開始したLRAはウガンダ北部で、住民の殺害、強姦、略奪など暴虐の限りを尽くしてきた。20年間で推定6万人を超える子供を拉致したことでも知られ、オランダのハーグにある国際刑事裁判所は2005年、指導者のジョゼフ・コニーに対して人道に対する罪などで逮捕状を発布した。コニーは現在、側近たち200~300人と近隣国の南スーダンか中央アフリカ共和国に潜伏しているとみられ、オバマ政権は2011年、ウガンダ、南スーダン、中央アフリカ、コンゴ民主共和国の4カ国に特殊部隊を派遣し、コニーら幹部の身柄拘束に向けて各国政府に助言と訓練を与えている。
トランプ政権移行チームの質問文書には、次のように記されている。
「何年もコニーを拘束しようとしているが、努力するに値することなのか?」「LRAが米国の権益を攻撃したことはないのに、なぜ我々が面倒を見なければならないのか? 莫大な金を支出するに値するのか?」
安全と繁栄の基礎
国際政治学者のサミュエル・ハンチントンは「対外援助の理論的根拠は、たえず問われ続けている」と言っている。なぜ我々は他国を援助しなければならないのか、援助によって何が達成できるのかといった疑問に対する答えは、実は理論的に明確にはなっていない。
「豊かな国(人々)は貧しい国(人々)を援助すべきだ」という人道的・道義的責任を主張する人もいるが、道義論だけでは、どのような援助を優先すべきか、どのくらいの金額を投入することが妥当なのかといった政策体系を構築できないし、何よりも援助の原資を提供している納税者(自国民)を説得しきれない。
援助にはそもそも、そうした理論的根拠の弱さが付きまとっているため、自助努力の思想が社会に根付いている米国では、納税者である国民に援助や軍事介入の必要性を説明するために、援助と介入の是非と在り方が常に問われ続けてきた。その作業自体は極めて健全であり、必要だろう。
しかし、モノ、カネ、ヒト、そして情報が短時間で世界を巡る今日、自国の安全と繁栄を担保しようと思えば、安全と繁栄の基盤となる要素を国際社会の中に何らかの形で埋め込んでおかざるを得ない。軍事作戦や経済支援によって破綻国家の再生を支援し、テロ組織から拠点を奪うことが重要なのは、それが結果的には「こちら」の安全にもつながるからである。
あるいは、今は貧しく市場にはなり得ない国に経済支援を施すのは、「貧しい人がかわいそう」だからではなく、支援を梃子に経済発展を遂げた相手国が有望な輸出市場に変貌する可能性があるからでもある。かつて日本が東南アジア諸国や中国に盛んに経済支援を供与した理由の1つは、まさにこうした考え方であった。
当面はこちらの「持ち出し」ばかりで経済的利益がゼロであっても、中長期的で戦略的な視野からみれば利益になる……。そうした思考が自然にできる国家は繁栄するし、個人であれば成功するだろう。トランプ政権の対アフリカ政策はまだ見えないが、政権移行チームが発した質問には、そうしたしたたかな戦略性がうかがえないのである。



