記事

「中学受験体験記」が面白かった

これ。

中学受験体験記 http://anond.hatelabo.jp/20170206102543

 一番最初に思ったのは「こんな親父の下で育っていれば、私は違う人生だったのかな」ということだが、まあ多くは語るまい。私は団塊Jr.だし、中学受験はそれはそれは競争相手が多かった。当時はメインが四谷大塚で、中野国立一組目指して毎週ある模試のためにサブの塾に通うというスタイル。日曜9時が四谷大塚に行く日だったため、確か5年6年は週5で塾に通っていたと思う。

 確かに、勉強は楽しかった。ただそれは、目標があったからというより、成績が良かったから勉強も楽しかったのだ。増田にもある通り、めいっぱい勉強して、いわゆる学業を強制される世界という意味では、中学受験が私自身のピークだったのだと思う。2つあった志望校には両方とも合格し、両親はさぞや鼻高々だったろうが、その後目標を失い、受験勉強の反動で私は成功した中学受験の直後に長い長い反抗期に入った。コミュ障気味だったし、いろいろあったが数学研究会とパソコン通信、草野球と、自分の居場所を見つけてからは徐々に復活して、いまに至る。

 本当の意味で、慶應義塾に入っていなかったら私の人生は文字通りなかったかもしれない。いまでこそ東京大学の片隅にいるけれど、慶應義塾には感謝しかない。

 それでも、慶應義塾に合わない友人は当時からいた。何人かは医学部を目指して慶應を出ていき、少なくない人数が大学で慶應を辞めてしまった。反抗期から立ち直った私は、慶應卒のパスポートがあれば何でもできるのになぜ数年を我慢しないのか不思議だったけど、いまになって彼らが人生を自分の意志で選んだのは尊敬できる行為だとようやく思えるようになった。たとえ、その結果がどのようなものであったとしても。

 思い返すと、結局自分が反抗期に立ち入ったのは、納得できないままに、自分の意志を表明することなく、ぶら下げられた目標をクリアしてみたら次のものが見つからないことに立ち往生した、ということに尽きる。世の中が酷くくだらないものに感じられたのも、一時期クラスから孤立したのも、全部自分の責任だと気づくまで時間がかかった。要は、自分はこうしたいと親に言ったことがほとんどなかったのだ。意志を伝えることがなければ、抑え込むしか方法がないから、そりゃ爆発するのだろう。

 良くも悪くも影響されつつも、自分で考え、自分の意志で御三家を選び、自ら勝ち取った増田のご子息に幸あれ、である。また、あの増田なら、ご子息が悩んだときに、適切なソリューションを出してくれることだろう。 

 私もああいう父親になれるかな。無理なんだろうな。

noiroze_juken_man.png

【好評配信中!】ご購読はこちら→やまもといちろうメールマガジン『人間迷路』
【月1で豪華ゲストが登場!】山本一郎主宰の経営情報グループ「漆黒と灯火」詳細はこちら!

あわせて読みたい

「受験」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    BLOGOSサービス終了のお知らせ

    BLOGOS編集部

    03月31日 16:00

  2. 2

    なぜ日本からは韓国の姿が理解しにくいのか 識者が語る日韓関係の行方

    島村優

    03月31日 15:41

  3. 3

    「いまの正義」だけが語られるネット社会とウェブ言論の未来

    御田寺圭

    03月31日 10:09

  4. 4

    カーオーディオの文化史 〜ドライブミュージックを支えた、技術の結晶たち〜

    速水健朗

    03月30日 16:30

  5. 5

    BLOGOS執筆を通じて垣間見たリーマンショック後10年の企業経営

    大関暁夫

    03月31日 08:27

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。