記事
- 2017年02月06日 16:23
人はなぜ差別をするのかを根本的に考えてみる。
2/2
・
要するに社会の運営の「暗黙知部分」ってあるわけですよね。女性だったり移民だったり色んなマイノリティだったりすると、その「暗黙知」が一切ない状態の方が居心地が良い(ように見える)わけです。
何が良くて何が悪いかの基準が明示的に示されていて、「空気を読む必要」が一切なく、デジタルかつ記号的にその基準さえ満たしていれば誰に文句を言われることもなくその「成果」が得られる社会になってくれた方がいい(ように見える)。そしてその「基準」を形式的にちゃんと満たしてない人は「ちゃんと満たしている私達」の邪魔をしてこないように徹底的に排除されてくれた方がいい(ように見える)。
特に色んなマイノリティの当事者たちの中でも「目立つ運動をしメッセージを社会に発信する役割」の人は先鋭的にそういう志向を持つことが多く、社会の末端まで透明化して、客観的基準で評価される社会になれば、自分たちのように虐げられてきたマイノリティがちゃんと「正統な権利」を得られる社会になるのだ・・・というふうに考えがちです。
問題は、そのプロセスが破壊する「暗黙知部分」が、例えばあなたが普通に道を歩いていてそこら辺のオッサンに殴りかかられて暴行されたり強盗されたりしないように「日常的に彼らを説得し続ける」ために超大事な仕組みだったりするってことなんですよね。
数字的・メディア的に評価されづらい性質を持っている「縁の下の力持ちさんたち」を徹底的に視界から排除していくような文化になっていく危険性がある。
メディア的に世界中で共有できる文脈は、あらゆる「地元の地元民同士の愛着や連携力」へ向けられるべき人々の感情エネルギーをガンガン引剥していって、それを「世界で最もハンサムな男百選」に何度も入選するスター選手の方に振り向けてしまう力があるわけです。
結果として、「ブランド化された地域でもない普通の地域の、普通に生きているマジョリティの男」に対する自己効力感は果てしなく削られて行くことになる。巨大な「世界共有文脈の延長」に位置づければすぐに回りの注意を引きつけられるが、地味な普通の会社に対してちゃんと「なんとかしたい」と思う当事者意識を共有する力はメチャクチャに破壊されていく。
結果として、「啓蒙主義の光」が充分にあたっている欧米社会ならまだましだが、実際に相当な独裁政権でもないと「その国の安定」を守れない不安定さを抱えてしまっている国が今も世界に沢山ある時代なわけです。
つまり、前回のブログでも書いたこの図↓のような状況が世界中どこにでもあるわけですね。

クリックで拡大するのでぜひ細かいセリフまで読んでほしいんですが(ネットでの再利用自由なのでぜひ議論のネタにしてください)・・・
「日本死ね!」とか「日本って無駄な会議多いよね。ほんとクソだわ」っていう方向でいくら人々の感情が暴走してても全然どうしようもないわけですよ。盛り上がりはするけど解決はできない。その方向で暴走させると、結局トランプ時代の「二極分化した罵り合い」だけがヒートアップして全然「相手側の事情」なんてこれっぽっちも視野に入ってこない状態にどんどんなっていく。
大事なのは、
あらゆる「マイノリティ保護運動」は、「社会の中のこの力」をメチャクチャに破壊してしまう副作用を持つ形で進んでいっていることが多い(少なくともそういう印象を持たれてしまっている)。それへの反発が起きているんだけど、適切な形でまとめられないから、なんか移民排斥だったりマイノリティ差別だったり白人至上主義だったり・・・っていうイビツな形になってしまってるんですよね。
そんなの俺たち私達の責任じゃないだろ!と、マイノリティ当事者の方々が怒りたい気持ちはわかりますが、その点をなんとかしなくちゃ、マジョリティ側としても引くに引けない状態なんですよ。そこを引いて社会全体の秩序が崩壊状態になってそこら辺歩くだけでいつ殴りかかられるかわからんみたいな世界になったら誰のためにもならないので。
・
で、結局は、これ、でもね、ほんと今日ゲイの彼が「でも自分、ファルコンズ応援したいタイプですけど」って言われて目が覚めましたよ(笑)
別に「そうしたいと思ってる」わけじゃなくて、「単に集団の力学的にそうなっちゃってる」だけなんですよね。だから「この問題を相互理解で乗り越えよう」ってなっていけばなんとかなる・・・はず。
随分前にTED(超意識高い系が集まって演説するイベント)で、女性の社会進出のリーダーの人(女性)が、
で、「そういうのが必要だ」ってちゃんと明示的に共有して、「それを習得しましょう」ってことにすれば女性だってそれができるし、そしたら私が指導した女性はどんどん昇進するようになった・・・みたいなことを言ってました。
その動画はほんと「凄いなるほど!」と思って私の著書でも取り上げたんですが。
実際、今日ゲイの友人の彼が「あれ?でも僕ファルコンズ応援したいタイプですけど」って言われた時の衝撃と一緒で、私は昔は「ほんと女の人ってそこの部分が全然わかってないから話すの疲れるんだよね!」って思ってました(笑)
でも最近は、実際に私の法人相手でなく個人相手のコンサルティングの仕事で出会う女性たちに関してみると全然事情が違うなーと今ではわかります(というか毎日実感してます)。
今の日本企業で苦労して働いてる女性(一切その苦労をせずに国外やアカデミズム側から叩きまくってる人は依然として苦手ではありますが)には、自然的にノウノウとやれてる男の場合の何倍も「この問題」について独自に考えている人が多くて驚かされるんですよね。一昔前の自分が持っていた偏見は完全に覆された。
で、そういうのは単に「日本の男社会にナアナアに懐柔されてしまった弱虫たちで、フェミニズム運動の裏切り者たち」ではないんだ・・・ってことをぜひとも言いたい。で、その「現場の良心サン」たちも共鳴する形でなら、日本社会をもう一歩開きたいというニーズはほとんど「全員」にあったりするんですよ。
ただし、そういう「現場的苦闘の中から何かを掴みつつある女性」に否定できない真実があるからといって今のままでいいというわけでもないんですよね。国外やアカデミズム的天上の位から叩きまくってる人の意志も大事なんですよ。
重要な分岐点は、「最後のラストワンマイル」を配慮しながら乗り越えればちゃんと全部ひっくり返せるのに、「現場の良心サンたちがついて行けない」ような形で正義を振り回してるだけでは、余計に「その運動全体が否定される危機」にまで今は来ているってことんだと思います。
そういう意味では今は「抵抗勢力」側にいる人も、「ちゃんとこっちの事情もわかってくれるひっくり返し方なら絶対参加するのに」ていう潜在的なニーズは超あるってことなんですよね。
今はあらゆる運動が「相手全否定型」なので、この「大事なラストワンマイルのコミュニケーション」が全然ないんですよ。だから一緒くたに拒否されてる。敵と話すなんてお前は裏切り者だ!みたいなケンカばっかりして。
・
ズートピアっていうディズニー映画、日本じゃそこそこヒットでしたけどアメリカじゃ大ヒットしたそうで。
それは人種間問題みたいなのをやり過ぎなぐらいテーマにしたお話だったんですが、
・「マイノリティ保護の影に隠れて私利私欲を満たす極悪人」
とか、
・「いかにも古い時代のマッチョイズムでマイノリティを抑圧する旧時代の遺物のようで、最後には頼りになっちゃうタフガイ・ボス」
みたいな、一世代前のドグマ的な運動理論からすると非常に扱いにくいキャラクターも自然に描かれていたところが凄くいいなと思いました。
そのレベルでのダイバシティ(人が本来持っている多様性)まで配慮した上で、「現地現物の色んな人の良さを吸い上げる暗黙知」を崩壊させない形のまま、マイノリティ(性的マイノリティ・民族マイノリティ・あるいは女性)の社会進出を「その人らしさ」の問題として捉えていければ、トランプ的に永久に二極分化していく罵り合いを超えていける力になるでしょう。
日本社会の「古くて駄目っぽい部分」には、割り切りの良い欧米社会では「この難しさ」を軽視して先に切りすぎてしまった結果どうしていいかわからなくなった混乱・・・の「前段階のカオス」が残っているので、だから日本だからできることもある。逆に言うと「この宿題」が終わるまでは、日本の中に「欧米型のポリティカリーコレクトネス」からはみ出してる部分が大量に残ってる状況が改善することはないでしょう。大げさに言えばそれは人類にとって、また来年植えていずれ食べるべき種籾を残してるみたいな話なので、いくら批判されてもやめるわけにいかない(笑)
別に派手なデモをするのだけが民主主義への戦いというわけではないはず。今自分が働いている職場のレベルで、自分たちがラクになれるにはどうしたらいいか?を現地現物に積み重ねていく意志の中から、トランプ時代の分断を超える新しい希望は生まれてくるんだと私は考えています。
デモをやるのが得意な人はそうすればいい。空港で足止めされている人を助けられる弁護士はそれをやればいい。そうでないタイプのあなたにもできることはあります。無理せず一歩ずつ、良い世界を目指して歩いていきましょう。
・
それではまた、次の記事でお会いしましょう。ブログ更新は不定期なのでツイッターをフォローいただくか、ブログのトップページを時々チェックしていただければと思います。
あと、この記事で書いた問題をより深掘りして、「日本社会の古い遺物扱いされているものが守っている価値」について、話題の遠藤周作&マーティン・スコセッシの映画「沈黙」をネタに書いた追加文章があります。イーロン・マスク氏のテスラモーターズとトヨタのビジネスモデルの違いや、そこで「古い遺物扱い」されても日本が維持している部分に残っている価値について→コチラからどうぞ。
↑ここでも言いたいことは、「だからマイノリティは我慢しろ」ではなくて「この問題を一緒に考えて一緒に解決してくれる」のなら、誰もマイノリティを抑圧したりはしなくなるはずだ・・・というようなことです。力作なのでぜひお読みください。
(ちなみに、スーパーボウルは、ファルコンズ絶対勝ったな!!状態からトム・ブレイディの超絶プレイの連続連続また連続で、史上初の延長線を競り勝ってペイトリオッツが勝ちました。。なんか、メチャクチャ凄い試合だった。黒人QBたちがはやい段階でいなくなって、ちょっとツマンナイなーとか思ってた私の偏見が吹き飛びました。なんか凄いもん見せられたな。一方でレディガガは、事前の会見で時代の問題を超える凄いことやる!みたいなこと言ってたわりにフツーでしたね。いやその会見がなければフツーにグッドパフォーマンスでしたねという話なんですが、一緒に見てた友人も"なんだよー"って言ってたし、あれは色々と今後アメリカのネットで叩かれるんじゃないかと思います)
要するに社会の運営の「暗黙知部分」ってあるわけですよね。女性だったり移民だったり色んなマイノリティだったりすると、その「暗黙知」が一切ない状態の方が居心地が良い(ように見える)わけです。
何が良くて何が悪いかの基準が明示的に示されていて、「空気を読む必要」が一切なく、デジタルかつ記号的にその基準さえ満たしていれば誰に文句を言われることもなくその「成果」が得られる社会になってくれた方がいい(ように見える)。そしてその「基準」を形式的にちゃんと満たしてない人は「ちゃんと満たしている私達」の邪魔をしてこないように徹底的に排除されてくれた方がいい(ように見える)。
特に色んなマイノリティの当事者たちの中でも「目立つ運動をしメッセージを社会に発信する役割」の人は先鋭的にそういう志向を持つことが多く、社会の末端まで透明化して、客観的基準で評価される社会になれば、自分たちのように虐げられてきたマイノリティがちゃんと「正統な権利」を得られる社会になるのだ・・・というふうに考えがちです。
問題は、そのプロセスが破壊する「暗黙知部分」が、例えばあなたが普通に道を歩いていてそこら辺のオッサンに殴りかかられて暴行されたり強盗されたりしないように「日常的に彼らを説得し続ける」ために超大事な仕組みだったりするってことなんですよね。
数字的・メディア的に評価されづらい性質を持っている「縁の下の力持ちさんたち」を徹底的に視界から排除していくような文化になっていく危険性がある。
メディア的に世界中で共有できる文脈は、あらゆる「地元の地元民同士の愛着や連携力」へ向けられるべき人々の感情エネルギーをガンガン引剥していって、それを「世界で最もハンサムな男百選」に何度も入選するスター選手の方に振り向けてしまう力があるわけです。
結果として、「ブランド化された地域でもない普通の地域の、普通に生きているマジョリティの男」に対する自己効力感は果てしなく削られて行くことになる。巨大な「世界共有文脈の延長」に位置づければすぐに回りの注意を引きつけられるが、地味な普通の会社に対してちゃんと「なんとかしたい」と思う当事者意識を共有する力はメチャクチャに破壊されていく。
結果として、「啓蒙主義の光」が充分にあたっている欧米社会ならまだましだが、実際に相当な独裁政権でもないと「その国の安定」を守れない不安定さを抱えてしまっている国が今も世界に沢山ある時代なわけです。
つまり、前回のブログでも書いたこの図↓のような状況が世界中どこにでもあるわけですね。

クリックで拡大するのでぜひ細かいセリフまで読んでほしいんですが(ネットでの再利用自由なのでぜひ議論のネタにしてください)・・・
「日本死ね!」とか「日本って無駄な会議多いよね。ほんとクソだわ」っていう方向でいくら人々の感情が暴走してても全然どうしようもないわけですよ。盛り上がりはするけど解決はできない。その方向で暴走させると、結局トランプ時代の「二極分化した罵り合い」だけがヒートアップして全然「相手側の事情」なんてこれっぽっちも視野に入ってこない状態にどんどんなっていく。
大事なのは、
>>>>>>という形で噴出しているエネルギーが、
「日本って無駄な会議多くてクソだよね」
<<<
>>>>>>てなれるかどうか。
「"ウチの会社"の"この会議"が無駄。それを辞めちゃった上で代替する情報共有手段はコレ」
<<<
あらゆる「マイノリティ保護運動」は、「社会の中のこの力」をメチャクチャに破壊してしまう副作用を持つ形で進んでいっていることが多い(少なくともそういう印象を持たれてしまっている)。それへの反発が起きているんだけど、適切な形でまとめられないから、なんか移民排斥だったりマイノリティ差別だったり白人至上主義だったり・・・っていうイビツな形になってしまってるんですよね。
そんなの俺たち私達の責任じゃないだろ!と、マイノリティ当事者の方々が怒りたい気持ちはわかりますが、その点をなんとかしなくちゃ、マジョリティ側としても引くに引けない状態なんですよ。そこを引いて社会全体の秩序が崩壊状態になってそこら辺歩くだけでいつ殴りかかられるかわからんみたいな世界になったら誰のためにもならないので。
・
で、結局は、これ、でもね、ほんと今日ゲイの彼が「でも自分、ファルコンズ応援したいタイプですけど」って言われて目が覚めましたよ(笑)
別に「そうしたいと思ってる」わけじゃなくて、「単に集団の力学的にそうなっちゃってる」だけなんですよね。だから「この問題を相互理解で乗り越えよう」ってなっていけばなんとかなる・・・はず。
随分前にTED(超意識高い系が集まって演説するイベント)で、女性の社会進出のリーダーの人(女性)が、
>>>>>>と言った上で、
女性は自分の仕事をちゃんとやり、周囲への目配りをやり、360度評価も高い・・・のに出世できない人がいる。そういう人に欠けているのは「世の中全体の中でのその会社の位置取りや戦略や、その中での自分たちの動き・・・といった文脈を反映させようとすることだ」
<<<
>>>>>>と言ってました。
そういうのは男同士なら暗黙知的に訓練されるが女性はそうされないから、わからないまま「自分の目の届く範囲内での100%の優秀性」を目指しては、周りの男とくらべてちゃんと評価されないという不満を抱えてしまいがちだ
<<<
で、「そういうのが必要だ」ってちゃんと明示的に共有して、「それを習得しましょう」ってことにすれば女性だってそれができるし、そしたら私が指導した女性はどんどん昇進するようになった・・・みたいなことを言ってました。
その動画はほんと「凄いなるほど!」と思って私の著書でも取り上げたんですが。
実際、今日ゲイの友人の彼が「あれ?でも僕ファルコンズ応援したいタイプですけど」って言われた時の衝撃と一緒で、私は昔は「ほんと女の人ってそこの部分が全然わかってないから話すの疲れるんだよね!」って思ってました(笑)
でも最近は、実際に私の法人相手でなく個人相手のコンサルティングの仕事で出会う女性たちに関してみると全然事情が違うなーと今ではわかります(というか毎日実感してます)。
今の日本企業で苦労して働いてる女性(一切その苦労をせずに国外やアカデミズム側から叩きまくってる人は依然として苦手ではありますが)には、自然的にノウノウとやれてる男の場合の何倍も「この問題」について独自に考えている人が多くて驚かされるんですよね。一昔前の自分が持っていた偏見は完全に覆された。
で、そういうのは単に「日本の男社会にナアナアに懐柔されてしまった弱虫たちで、フェミニズム運動の裏切り者たち」ではないんだ・・・ってことをぜひとも言いたい。で、その「現場の良心サン」たちも共鳴する形でなら、日本社会をもう一歩開きたいというニーズはほとんど「全員」にあったりするんですよ。
ただし、そういう「現場的苦闘の中から何かを掴みつつある女性」に否定できない真実があるからといって今のままでいいというわけでもないんですよね。国外やアカデミズム的天上の位から叩きまくってる人の意志も大事なんですよ。
重要な分岐点は、「最後のラストワンマイル」を配慮しながら乗り越えればちゃんと全部ひっくり返せるのに、「現場の良心サンたちがついて行けない」ような形で正義を振り回してるだけでは、余計に「その運動全体が否定される危機」にまで今は来ているってことんだと思います。
そういう意味では今は「抵抗勢力」側にいる人も、「ちゃんとこっちの事情もわかってくれるひっくり返し方なら絶対参加するのに」ていう潜在的なニーズは超あるってことなんですよね。
今はあらゆる運動が「相手全否定型」なので、この「大事なラストワンマイルのコミュニケーション」が全然ないんですよ。だから一緒くたに拒否されてる。敵と話すなんてお前は裏切り者だ!みたいなケンカばっかりして。
・
ズートピアっていうディズニー映画、日本じゃそこそこヒットでしたけどアメリカじゃ大ヒットしたそうで。
それは人種間問題みたいなのをやり過ぎなぐらいテーマにしたお話だったんですが、
・「マイノリティ保護の影に隠れて私利私欲を満たす極悪人」
とか、
・「いかにも古い時代のマッチョイズムでマイノリティを抑圧する旧時代の遺物のようで、最後には頼りになっちゃうタフガイ・ボス」
みたいな、一世代前のドグマ的な運動理論からすると非常に扱いにくいキャラクターも自然に描かれていたところが凄くいいなと思いました。
そのレベルでのダイバシティ(人が本来持っている多様性)まで配慮した上で、「現地現物の色んな人の良さを吸い上げる暗黙知」を崩壊させない形のまま、マイノリティ(性的マイノリティ・民族マイノリティ・あるいは女性)の社会進出を「その人らしさ」の問題として捉えていければ、トランプ的に永久に二極分化していく罵り合いを超えていける力になるでしょう。
日本社会の「古くて駄目っぽい部分」には、割り切りの良い欧米社会では「この難しさ」を軽視して先に切りすぎてしまった結果どうしていいかわからなくなった混乱・・・の「前段階のカオス」が残っているので、だから日本だからできることもある。逆に言うと「この宿題」が終わるまでは、日本の中に「欧米型のポリティカリーコレクトネス」からはみ出してる部分が大量に残ってる状況が改善することはないでしょう。大げさに言えばそれは人類にとって、また来年植えていずれ食べるべき種籾を残してるみたいな話なので、いくら批判されてもやめるわけにいかない(笑)
別に派手なデモをするのだけが民主主義への戦いというわけではないはず。今自分が働いている職場のレベルで、自分たちがラクになれるにはどうしたらいいか?を現地現物に積み重ねていく意志の中から、トランプ時代の分断を超える新しい希望は生まれてくるんだと私は考えています。
デモをやるのが得意な人はそうすればいい。空港で足止めされている人を助けられる弁護士はそれをやればいい。そうでないタイプのあなたにもできることはあります。無理せず一歩ずつ、良い世界を目指して歩いていきましょう。
・
それではまた、次の記事でお会いしましょう。ブログ更新は不定期なのでツイッターをフォローいただくか、ブログのトップページを時々チェックしていただければと思います。
あと、この記事で書いた問題をより深掘りして、「日本社会の古い遺物扱いされているものが守っている価値」について、話題の遠藤周作&マーティン・スコセッシの映画「沈黙」をネタに書いた追加文章があります。イーロン・マスク氏のテスラモーターズとトヨタのビジネスモデルの違いや、そこで「古い遺物扱い」されても日本が維持している部分に残っている価値について→コチラからどうぞ。
↑ここでも言いたいことは、「だからマイノリティは我慢しろ」ではなくて「この問題を一緒に考えて一緒に解決してくれる」のなら、誰もマイノリティを抑圧したりはしなくなるはずだ・・・というようなことです。力作なのでぜひお読みください。
(ちなみに、スーパーボウルは、ファルコンズ絶対勝ったな!!状態からトム・ブレイディの超絶プレイの連続連続また連続で、史上初の延長線を競り勝ってペイトリオッツが勝ちました。。なんか、メチャクチャ凄い試合だった。黒人QBたちがはやい段階でいなくなって、ちょっとツマンナイなーとか思ってた私の偏見が吹き飛びました。なんか凄いもん見せられたな。一方でレディガガは、事前の会見で時代の問題を超える凄いことやる!みたいなこと言ってたわりにフツーでしたね。いやその会見がなければフツーにグッドパフォーマンスでしたねという話なんですが、一緒に見てた友人も"なんだよー"って言ってたし、あれは色々と今後アメリカのネットで叩かれるんじゃないかと思います)



