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「3つの大渦」に翻弄される韓国(1)「3月13日」へ向け突き進む「朴大統領弾劾訴追」 - 平井久志

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 韓国の有力な次期大統領候補とみられた潘基文(パン・ギムン)前国連事務総長は2月1日午後3時26分、韓国国会内で記者会見を行い、「尊敬する韓国のみなさん」で始まる記者会見文を読み上げた。その中で、潘氏は突然、「自分が主導して政治交代を成し遂げ、国家統合を実現するという、純粋な意思を取り下げることを決めた。理解してほしい」と述べた。大統領選挙不出馬を表明した瞬間だった。

「途中下車」した潘基文氏

 潘基文氏の側近たちもまったく予想していない発言だった。聯合ニュースは同3時半に「潘基文『純粋な意思を取り下げる』大統領選不出馬宣言」と速報した。

 潘基文氏は10年間にわたる国連事務総長の任期を終え、今年1月12日に帰国し、次期大統領を目指して事実上の大統領選出馬を表明したが、わずか3週間で「途中下車」することになった。韓国の保守勢力の「救世主」の役割を期待された潘基文氏が大統領選挙への挑戦を断念したことで、保守勢力は求心点を失った。現時点では、「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)元代表が支持率で2位以下に差を付けて優位にある。しかし、韓国は「ダイナミック・コリア」である。まだまだ、先行きは不透明だ。

 一方、韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領への弾劾訴追を審理している憲法裁判所の朴漢徹(パク・ハンチョル)所長は1月25日の第9回弁論を前に「私の任期は6日後の31日までとなった。裁判長として今日が事実上参加する最後の弁論手続きとなった」と述べた上で「3月13日までにはこの事件の最終決定が宣告されなければならない」と述べた。

 本サイトの「朴大統領『弾劾列車」』の終着駅は?(上)揺れる憲法裁判所、居直る大統領」(2016年12月21日)で指摘したように、憲法裁判所の9人の裁判官のうち、朴漢徹所長が今年1月31日に、李貞美(イ・ジョンミ)裁判官が3月13日に任期満了になる。

 憲法裁判所で弾劾訴追が成立するためには裁判官の3分の2ではなく6人が弾劾に賛成しなければならない。3月13日以降は裁判官が7人になり、7人中6人の賛成がなければ弾劾は成立しない。

 朴漢徹所長は「裁判官1人が(自分自身に加えて)追加で空席になると、1人の空白という意味を超えて、審判結果を歪曲させることもあり得るために、審理と判断に莫大な影響を与える可能性がある」として、3月13日以内に憲法裁判所の決定を下すべきであると述べた。

 もし、憲法裁判所が弾劾を決定すれば、大統領選挙は60日以内に行わなければならず、遅くても5月13日以前に大統領選挙が行われることになる。弾劾が棄却されれば、朴槿恵大統領が大統領権限停止を解除され、法的には来年2月までの任期が保障される。しかし、現在の韓国内の状況を考えれば、朴槿恵大統領が正常な国政運営をすることは不可能だ。おそらくは大規模なデモが再び組織され、韓国はさらに大混乱に陥るだろう。

 筆者は旧正月(1月28日)前に1週間、韓国を訪問して取材をしたが、朴漢徹所長のこの発言の後、韓国内では「大統領選挙は4月26日」という見方が急浮上している。

 現在の韓国は、大きな渦が多数発生し、その渦が相互にぶつかりながら、韓国という国がどういう方向に進むのか見えないような混迷の中にある。しかし、筆者が見た韓国の状況は、混乱というよりは、このカオスを楽しんでいるような雰囲気もある。

 憲法裁判所では朴槿恵大統領への弾劾訴追が審理され、特別検察官が朴槿恵大統領の知人・崔順実(チェ・スンシル)氏の国政介入事件を捜査している。その一方で、今年に入ってマスメディアは連日、大統領選挙出馬に意欲を示す有力政治家の動静を詳しく報じ、実質的には大統領選挙戦中のような雰囲気だ。さらにICBM発射で威嚇する北朝鮮、国政の司令塔が不在の中で、慰安婦問題などで急速に悪化する日韓関係、THAAD(高高度防衛ミサイル)配備をめぐる中国との葛藤の激化、トランプ米政権の登場での不透明感――など外交も先が見通せない状況だ。大混沌の韓国の現状を報告する。

審理を急ぐ憲法裁判所

 まず第1の渦である憲法裁判所での弾劾訴追の行方をみてみよう。憲法裁判所は昨年12月22日の第1回弁論準備手続きで、国会が弾劾訴追した5件の憲法違反、8件の法律違反の計13項目に及ぶ弾劾訴追理由を5つの類型に圧縮した。

 その5つの争点とは(1)崔順実被告などの国政介入による国民主権主義と法治主義違反、(2)大統領としての権限乱用、(3)新聞社への圧力や幹部辞任などの言論の自由侵害、(4)セウォル号事故での生命権保護義務違反、(5)賄賂受け取りなど各種刑事法違反――である。

 この準備手続きで李鎮盛(イ・ジンソン)裁判官は、304人の死者・行方不明者を出した2014年4月のセウォル号沈没事故について「事故から2年以上が経過したが、その日はあまりにも特別な日だったために、ほとんどの国民はその日自分が何をしていたかを記憶しているほどだ」と指摘し、朴大統領が「空白の7時間」について時間帯別にあますところなく明らかにするように要求した。

 憲法裁判所は同12月27日の第2回準備手続きでは、1月3日から弁論を開始するとし、朴大統領側が提起した国会での弾劾訴追の手続き問題を弁論では取り扱わないことを決定した。12月30日の第3回準備手続きでは、姜日源(カン・イルウォン)裁判官は、朴大統領側へ「国政の空白を埋めるためには(審理を)正確に進めるが、迅速に進めなければならないことを理解し、協力してほしい」と要請し、憲法裁判所ができるだけ早期に審理を終える姿勢を明確にした。

朴槿恵大統領のサプライズ「元日」記者懇談会

 昨年12月9日に国会が弾劾訴追を決めて以降、メディアの前に出てこなかった朴槿恵大統領が元日に、青瓦台(大統領官邸)で突然、記者懇談会を行った。韓光玉(ハン・グァンオク)大統領秘書室長は、元日に青瓦台担当記者団と昼食をしている場で、朴大統領が記者団と懇談すると突然、明らかにしたのだ。そのわずか40分後に懇談会が開かれたが、カメラの持ち込みも録音も駄目という条件だった。大統領府が写真や映像を撮り、それをメディア側に提供するという形で懇談会は行われた。

 朴大統領は約40分間の懇談で、サムスン物産と第一毛織の合併で、サムスン物産の大株主だった国民年金公団に対し、合併に賛成するよう圧力を加えたとされていることについて「完全にはめられた」と述べるなど、弁明に努めた。

 またセウォル号事件の「空白の7時間」についても、「報告を受けながらチェックしていた。1人残らず救助するよう指示した」と語り、「密会説」などについては「とんでもない。どれほどあきれたか」と強く否定した。

 崔順実氏については「数十年来の知人だが、大統領には自らの職務と判断があり、知人がなんでも決めたりすることはあり得ない」と述べた。

 朴槿恵大統領の最大の欠点は「疎通」ができないことといわれてきた。自分自身の世界にとどまり、「他者」との対話が成立しない。大半の人々が認める現実を否定し、自身の価値観の中から出てこない元日の自己弁明は、世論には逆効果になった。

 職務停止中の大統領が青瓦台で担当記者団と懇談すること自体も適切でない、との批判も出た。

「朴大統領は死刑場に向かうソクラテス」

 迅速な審理を求める憲法裁判所は1月3日に第1回弁論を開いたが、朴大統領は欠席した。朴漢徹所長は「被請求人(朴大統領)が出席しなかったため、弁論期日を延期せざるをえない」とした。憲法裁判所法第52条第1項は、当事者が弁論期日に出席しないときは、更に期日を定めなければならないとし、第2項は、更に定めた期日にも当事者が出席しないときは、その出席なく審理することができるとしている。

 朴大統領は憲法裁判所には出席を拒否し、その直前に弾劾請求を全面否定する記者懇談会を行ったわけだ。韓国の各メディアからは、朴槿恵大統領は主張したいことがあれば、憲法裁判所の弁論で語るべきだ、との批判が出た。

 1月5日に開かれた第2回弁論にも朴大統領は出席しなかった。証人として出席が求められていた李載晩(イ・ジェマン)前大統領総務秘書官、アン・ボングン前国政広報秘書官は連絡がつかず、出席要求書も受け取らなかった。ユン・ジョンチュ前行政官が唯一出廷したが、彼女は「知らない」「言えない」を連発した。

 朴大統領側の証人のこうした態度から、朴大統領側が意図的な裁判遅延の戦術に出ているとの見方が出た。弾劾の可否判断を、憲法裁判所の裁判官が7人となる3月13日以降に持ち込もうとの意図とみられた。

 朴大統領の弁護団は「ろうそくデモの民意は国民の民意ではない」と主張した。徐錫九(ソ・ソック)弁護士は「ソクラテスは死刑判決を受け、イエスも群衆裁判で十字架を背負った。朴大統領は世論の謀略で死刑場に向かうソクラテスのようだ」と主張した。

 1月10日の第3回弁論で朴大統領側の弁護団は、セウォル号沈没事故当日の朴大統領の行動に関する答弁書を提出した。

 答弁書によると、朴大統領は体調が優れず、執務室がある大統領府本館には行かずに公邸にとどまった。午前10時ごろ沈没事故に関する最初の報告を受けた。10時15分に金章洙(キム・ジャンス)国家安保室長に電話をし、状況把握を指示し、同22分に金室長に重ねて徹底救助を求めたとしたが、こうした電話が実際にあったかどうかの証拠は提示されなかった。

 午後2時50分ごろ、乗客の大半は救助されたとの報告が間違いで、被害は深刻な可能性があると知らされた。大統領が事故の深刻さを認識したのは、船がほぼ水没して約4時間半後だったことが確認された形だ。午後3時ごろ中央災害安全対策本部への訪問を指示し、3時35分ごろ美容師に20分ほど髪をセットしてもらい、5時15分ごろ対策本部を訪問した。

 しかし、憲法裁判所側は、答弁書の内容につじつまが合わない部分もあり、水準が不十分として補完を要求した。

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