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イラク・沖縄・福島と僕らの加害者性

イラク戦争開戦時、ブッシュはあくまで「大量破壊兵器の疑い」を理由としていた。大量破壊兵器がなかったことがはっきりした後は、「民主主義の闘いだ」という建前にシフトした。

しかし、一言も「石油のため」との言葉は口にしなかった。

この言葉を発したら最後、政権は立ちゆかなくなることをブッシュは知っていたからだ。

石油利権のために戦争、ということが、本質であったとしても、アメリカの社会はこれを正面から許すほど、未成熟な社会ではない。

これに対して、日本はどうだったか。

イラク戦争支持の際、堂々と「中東に石油を依存している日本」を前面に出し、「石油のためには致し方ない」ということを正面から国会で議論し、国民にも説明し、一定の国民はこれで納得していった。

これは、自分の生活のためには、他国の国民がいかに犠牲になろうとも、「仕方がない」という論理だ。

そこに、自分たちが加害者であるという自覚はない。この無自覚が、安易な思考と外交政策を助長している。

この論理が、日本では幅をきかせている。

確かに、イラクでどれだけ多くの市民が犠牲になっていったか、その実態を知らないが故に、安易に「石油のためには仕方がない」と単純に思い込んでしまったのかもしれない。

しかし、少しの想像力を持てば、自分たちの利権のために、人の命を犠牲にしていくことに胸が痛むはずである。ところが残念ながら、今の日本にはこの想像力すら足りない。まして加害者である自覚などみじんもない。

これは、他国に対して、ということだけではない。

沖縄に基地を押しつけ、その上で「日米安保の利益」だけは享受して当然、という発想が、沖縄以外の本土の国民には多くある。

自分の利益を守るために、他人を犠牲にしても「仕方がない」という発想だ。沖縄に犠牲を押しつける加害者であるという自覚もない。
これは、イラク戦争を支持していった思考と共通する。

そしてこれは、原発の件でも同じだということに気づく。

電力の大量消費という利益を受けるためには、原発で犠牲になる人達がいても「仕方がない」という発想だ。

今、原発を推進・維持しようとしている人達は、こういった思考に近いように思える。

さらに、今、原発反対を訴えている人達も、被害者意識が強いことに、僕は若干の違和感を覚える。
僕たちは、これまで電力の消費という利益を受け、被害を福島に押しつけてきた加害者なのではないか。

自分も原発の被害者であると同時に、加害者でもある、という自覚を持つことなくして、福島の市民の被害回復には繋がらないし、原発廃止に向かう本気の力にはならないのではないだろうか。

被害者意識だけでなく、自分たちの加害性も自覚した、反原発運動への発展が必要ではないか、と思う今日この頃である。

ただ、反原発の声をますます上げていく、ということが重要だと言うことには異論はない。被害者としての訴えを自粛しろ、というつもりもないので、誤解をしていただきたくない。

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