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LINEを既読無視する若者と分断社会の民主主義

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先日、ある青少年交流施設にお招きいただき、講演をしました。

この施設で話すことは、ぼくにとってとてもチャレンジだったので、当日まで責任の重圧をひしひしと感じていました。相変わらず急進的な発言ばかりでしたが、司会の大学生ボランティア、コーディネーター、来場者に包み込まれ、引き出される形で場に貢献できたと思います。質疑応答も座談会も盛り上がりました。

ぼくが最後の締めのコメントで話したことと、最近考えていることをまとめてみようと思います。(硬い文章ですがあしからず)

Contents
1 同じテーブルに意思決定者と若者が座っていることの価値
2 目的合理的な思考・志向が捨象するもの
3 多様性は若者の一人一人の「内」にあること
4 あらゆる属性の分断こそが民主主義の危機
5 身体化されたSNSが奪う若者の時間
6 まとめ

同じテーブルに意思決定者と若者が座っていることの価値

座談会で、司会の学生ボランティアが「予算のない若者政策は美辞麗句!」に触発されたのか、若者の活動に予算をつけて欲しいことを提案。それに対して、その場にいた区の職員さんからの率直なコメントと提案と指摘。別の職員さんも含めたこのやりとりが往復する。

僕からは、

・まずこの学生ボランティアの一人の声がみんなの声を代弁しているかわからないから他の若者の意見を聞こうということ、

・区はタイトな予算のなかで、その他の政策との優先順位を加味していること

・「そもそもきみ、区役所いったことある?向こうは今日こっちに来てくれたよね?今度は若者がわからいこうぜ」

というやりとり。

一方的に要求するだけの市民活動はもう終わりにして、政策決定者と当事者間のやりとりという、至極まっとうな対話の往復をもっと多く、いろんな形でやっていこうという提案をしました。市民じゃないですか同じ。そしてこのやりとり自体の価値を認めていこうじゃないですか。EUでは政策決定者と若者との対話の機会を2001年からやってるわけですから。

目的合理的な思考・志向が捨象するもの

あなたがもし「ユースワーク(若者と関わる仕事)にもカリキュラムを」の矛盾に一切気づかないのなら「そっち側」の人間でしょう。

若者支援の関係者や、大人が注目するのは「数字」です。ターゲット層の詳細やコスパや評価指標。バックキャスティングという言葉も聞きました。New Public Management系の用語です。ざっくりいうと、あまりにこの種の言説が当たり前になっていることが怖いと思いました。何かというとこういうこと。

英米にはじまり80年代から世界に影響を与えた新自由主義の波は「公」を小さくし、効率化してITを駆使した正確なデータ調査に元づき、コスパのいい政策に優先順位をつけるようになった。スウェーデンの若者政策も90年代後半からStrategyやPriorityという言葉を使うようになっていることからも、若干の影響があることがわかる。

事実、行政は無駄が多かったのかもしれない。というか本当に腹立たしいくらいに、意味不明なところが多いことは「あきれた公務員の貴族生活 」などを読んでいてもよくわかる。それから、欧米でも日本でも事業評価が当たり前になっていく。評価にさらされたイギリスのユースワークは80~90年代にさらに肩身が狭くなり、職員も減少。以後、成果が測りやすい就労支援などに傾倒していくことになる。たしかに、EUではある国の資格があれば、それを他の国でも使えるようになるなどの恩恵をもたらした。資格をmeasurable(評価可能)にしたからだ。しかし、それは一方で「コンピテンシー(資質・資格要件)が揃わないと、その職業人にはなれないという捨象を招く。現在2167ある職種は、実は大正時代には約3万5000種もあった(伊藤洋志)のに、どうやって資格にてそんなに単純化できようか。

「21世紀の豊かさ」を著した中野さんの言葉でいうならば西欧のロゴス的な、視覚重視の「発展パラダイム」の中でこれらの特色は形成されたともいえる。この波は日本に何の疑いもなく広がった。政策レベルから実践レベルまで。政策、実践、マネジメントの効率化は否定しない。僕の問題意識は、この目的合理的な効率化が捨象するものがあることへの配慮がかけているのではないかということだ。

他方、最近ではビジネス新書でも「無駄」の重要性が唱えられるようになった。ダニエル・ピンクのモチベーション3.0で引用しているGoogleの20%ルール、そして「これからの創造性」とは何だったろうか。AI、IoTが左脳を使った仕事を代替するこれから、右脳を使った身体的な・人間本来的な仕事・空間を「測定可能」にすることに何の意味を持つのか。若者の、主体性、創造性は果たしてびっしり敷き詰められた「カリキュラム」から出てくるのか。フィンランドは「科目」を廃止したが、 予測不可能な「不確実性の時代」における「銀行型教育の限界を乗り越える試みなのではないでしょうか。

ちなみに冒頭の「ユースワークにもカリキュラムを」を提案したのはサッチャーとのことです。

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