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「電通の先輩」の教えでまた電通マンを哀れんでしまった

元電通社員でキレナビ編集長などを歴任し、今はフリーで活躍されているはあちゅうさんが紹介した「電通の先輩」の教えが、物議を醸しています。

電通の先輩が、

「CMは偏差値40の人にも理解できるものじゃなきゃダメ。この会社にいる時点で普通ではないと自覚しろ。世間にはおそるべき量のおそるべきバカがいる。そしてそれが日本の『普通の人』だ」

って言ってたの、一番役に立ってる教えの一つだ。

https://twitter.com/ha_chu/status/825955207485874176

おっしゃることはわからなくもないんです。広告という表現はできるだけ多くの人に届いた方がいい。そのためなら、理解度の敷居が低いほうがいいに決まっている。もし抽象絵画みたいに眉間にしわ寄せて考えちゃうような広告があったら、間口を狭めているだけですよね。

だからってね、それをおそらく大多数のCMの受け手が存在するネットで書かんでもいいじゃないかと思うわけですよ。ああ、そういう感覚で仕事してんだ、みたいな。そしてそれを「一番役に立ってる教え」っていってんですから、なかなかの度胸ですよね。

こういう「本音だけど言うのは憚れる」って言葉はいくらでもある。それらは得てして、インナーサークルでわかっておけばいい話であったりします。「電通の先輩」(もしこの人が「非実在先輩」でなかったとしたらですが)も、それは相手が「電通の後輩」だから言ったことのはず。はあちゅうさんほどネットを熟知したには釈迦に説法でしょうが。そういう意味で、デリカシーのない投稿です。

それにしても、この投稿で「電通」の社員っていうのは、大変なんだとつくづく思いました。

今回のことであらためてわかったのは、彼らがCMを作っているとき、一般消費者を見下した気持ちがあることです。

けれど一方で、例の過労死の件以降で漏れ聞こえてきたのは、電通もクライアントにとっては奴隷状態だということです。高給取りかもしれませんが、彼らは彼らでお金の出してであるクライアントの無理難題、わがままに唯々諾々で心身ともにすり減らしていっているのです。

クライアントに見下されている分、CMの受け手を見下すことでウサを晴らしている、とはいえますけど、ぼくはそんな都合よくなっていないと思います。

一応ぼくも、受け手が存在する仕事をしていますが、受け手をとんでもないバカだと想定してする仕事って、けっこう精神的にキツいものがあると思うんですよ。だってそうバカ相手に作ってるってことになるんです。そんな創作物に愛着なんてわきます?

お金の出し手には尻尾振って、作るものは不当に低く落としこんで。そんな仕事、人としてネジ曲がってしまいますよ。かわいそうです。「この会社にいる時点で普通ではない」というのは、そういう意味ではうなずけるのでした。

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