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- 2011年09月11日 23:31
鉢呂前経産相「うつす発言」の真相と政治の貧困
民主党は、鉢呂前経産相の「うつす発言」について、記者とのオフレコ発言だったのではないかということから調査すると報じられています。
「「放射能発言」報道を検証=オフレコ漏れを問題視か−民主」(時事通信2011年9月11日配信)
この点については、田中龍作氏のブログに詳しく掲載されています。
「鉢呂経産相辞任 記者クラブに言葉狩りされて」(2011年9月11日配信)
これに対して、自民党谷垣総裁は、野田首相の任命責任を「厳しく」追求するだそうです。
「野党、一斉に首相批判 経産相辞任で任命責任追及」(朝日新聞2011年09月11日配信)
この中で、谷垣総裁は、「野田政権の猛省を求める。首相の任命責任はある。士気高く国家の難局に臨めるのか、国会でただしていかなければならない」。
谷垣総裁の鼻息の荒さがひしひしと伝わってきます。
しかし、谷垣総裁が任命責任とご大層なことを言っていますが、自民党は、このようなことでしか、民主党を追求できるネタがないことの裏返しでもあります。
事実上の二大政党制の中で、政策は似通うことになりますが、そうなると揚げ足取りであったり、暴露合戦になるということを実践しているようなものです。
もともとオフレコ発言であれば、それを掲載するのは、信義に反するものです。
私も記者などから取材を受けることはありますが、今は、録音されていることがほとんどです。事前に録音の同意を求められますが、私は同意しています。
そのような中で、私もオフレコ発言をすることがありますが、もちろんそれを記事にされたら、その記者や記者の所属する新聞社などの責任を追及するでしょうし、逆にそのときの録音が私にとっても重要な証拠になります。
私自身は、全く重要でない人物なので、敢えてオフレコ発言が記事にされることはありませんが。
いずれにせよ、鉢呂前経産相のオフレコ発言を記事にしたということであれば、今回の発言の内容からしても、記者やマスコミの行った報道の仕方は、極めて悪質と言えます。
ところで、田中龍作氏のブログのコメント欄には、同氏のブログに批判的なコメントが多数掲載されていますが、お決まりの「サヨク」という旧来の誹謗・抽象的なものばかりです。
もともと任命責任が問題にされたのは過去の例では、
羽田内閣のときの永野茂門法相が「南京大虐殺はでっち上げ」発言をしての辞任
中曽根内閣のときの藤尾正行文部大臣が「韓国併合は合意の上に形成されたもので、日本だけでなく韓国側にも責任がある」などの発言を問題視されたが辞任を拒否、更迭。
このような発言は、当人にとっては以前から繰り返された発言であり、もともと十分に予測でき、しかし、敢えてこのような者を大臣に任命するというところに大きな問題があります。これは敢えて問題発言をする者を大臣に任命し、国民のナショナリズムを刺激するために利用しているのです。だからこそ、首相の任命責任が問われるのです。
それと比べると、鉢呂前経産相の発言問題で、任命責任「追求」と言ってみても、極めて次元が低いといわざるを得ません。
「「放射能発言」報道を検証=オフレコ漏れを問題視か−民主」(時事通信2011年9月11日配信)
この点については、田中龍作氏のブログに詳しく掲載されています。
「鉢呂経産相辞任 記者クラブに言葉狩りされて」(2011年9月11日配信)
これに対して、自民党谷垣総裁は、野田首相の任命責任を「厳しく」追求するだそうです。
「野党、一斉に首相批判 経産相辞任で任命責任追及」(朝日新聞2011年09月11日配信)
この中で、谷垣総裁は、「野田政権の猛省を求める。首相の任命責任はある。士気高く国家の難局に臨めるのか、国会でただしていかなければならない」。
谷垣総裁の鼻息の荒さがひしひしと伝わってきます。
しかし、谷垣総裁が任命責任とご大層なことを言っていますが、自民党は、このようなことでしか、民主党を追求できるネタがないことの裏返しでもあります。
事実上の二大政党制の中で、政策は似通うことになりますが、そうなると揚げ足取りであったり、暴露合戦になるということを実践しているようなものです。
もともとオフレコ発言であれば、それを掲載するのは、信義に反するものです。
私も記者などから取材を受けることはありますが、今は、録音されていることがほとんどです。事前に録音の同意を求められますが、私は同意しています。
そのような中で、私もオフレコ発言をすることがありますが、もちろんそれを記事にされたら、その記者や記者の所属する新聞社などの責任を追及するでしょうし、逆にそのときの録音が私にとっても重要な証拠になります。
私自身は、全く重要でない人物なので、敢えてオフレコ発言が記事にされることはありませんが。
いずれにせよ、鉢呂前経産相のオフレコ発言を記事にしたということであれば、今回の発言の内容からしても、記者やマスコミの行った報道の仕方は、極めて悪質と言えます。
ところで、田中龍作氏のブログのコメント欄には、同氏のブログに批判的なコメントが多数掲載されていますが、お決まりの「サヨク」という旧来の誹謗・抽象的なものばかりです。
もともと任命責任が問題にされたのは過去の例では、
羽田内閣のときの永野茂門法相が「南京大虐殺はでっち上げ」発言をしての辞任
中曽根内閣のときの藤尾正行文部大臣が「韓国併合は合意の上に形成されたもので、日本だけでなく韓国側にも責任がある」などの発言を問題視されたが辞任を拒否、更迭。
このような発言は、当人にとっては以前から繰り返された発言であり、もともと十分に予測でき、しかし、敢えてこのような者を大臣に任命するというところに大きな問題があります。これは敢えて問題発言をする者を大臣に任命し、国民のナショナリズムを刺激するために利用しているのです。だからこそ、首相の任命責任が問われるのです。
それと比べると、鉢呂前経産相の発言問題で、任命責任「追求」と言ってみても、極めて次元が低いといわざるを得ません。



