記事

裁判員の守秘義務とは

 朝日新聞2011年8月2日付朝刊、「裁判員の守秘義務」として3名がそれぞれの見解を述べています。

 平良木登規男氏(元裁判官、大東文化大法科大学院長)
   「自由な発言の保障が目的」
 田口真義氏(押尾学被告の裁判員経験者)
   「「話せない」荷重く孤独に」
 河津博史氏(日弁連裁判員本部事務局次長)
   「経験共有するため緩和を」

 裁判員、元裁判員には、評議の秘密を漏洩してはならないという守秘義務が課せられ、これに違反すると最高で6ヶ月の懲役刑が科せられることになります。6ヶ月とは非常に重い刑ですが、もともとの原案は1年の懲役でしたが、国会の審議の中でいくらなんでも重すぎるということで、6ヶ月の懲役になったという経緯があります。

 この守秘義務については、いろいろな目的が言われています。一番の目的は、自由な評議を保障するという点にあります。誰がどのような発言をしたのかといことが公にされると、後からどのように批判されるのかという思いから評議での発言が萎縮するというものです。

 例えば、守秘義務がなければ、死刑判決が出された場合、これ自体は多数決で決められるので、誰が死刑に賛成し、誰が反対したのかが明らかになる、あるいは、被告人が犯罪事実を否認しているにもかかわらず、有罪判決を下した場合、誰が有罪と述べ、誰が無罪と述べたのかが明らかになるということです。このようなことは明らかにされたなくという裁判員も少なくないものと思われます。

 もう1つは、裁判官(裁判長)の訴訟指揮のあり方が問われないようにするためではないかという言われ方がされることがあります。裁判員制度の評議は、裁判長が議事進行を司りますが、元々、裁判員は素人であり、その素人をプロの裁判官が一定の方向に導くことはたやすいと言われていました。守秘義務がなければ、その過程がすべて公になるということになります。それでは、裁判官(裁判長)が批判の矢面に立たされることになり、従って守秘義務は裁判官を守るためのものではないかと言われる由縁です。

 では、このような守秘義務はどのように考えるべきでしょうか。私は、守秘義務は、裁判員制度を実施する上では背理と考えます。「市民感覚」だといいながら、どのような評議(経緯)を経て結論が出されたのかがわからなければ、「市民感覚」の反映などとはいえないはずです。評議に裁判員を加えさえすれば「市民感覚」が反映されるというのは詭弁に過ぎません。しかも、司法を身近にというのであればなおさらです。

 元裁判員が裁判終了後に記者会見に応じていることが多々ありますが、そこでの感想は、決まって「良い経験でした。」という判を押したような感想ばかりです。この感想をもって市民に身近と言われると、アホじゃないかと思いますが、具体的に評議の内容を語らずして、身近もなにもあったものではありません。そのような内容をあちこちで語ってこそ「身近」でしょう。

 次に、国民を無理矢理、裁判員として動員、徴用しておきながら、「見たり聞いたりしたことは言うなよ、言ったら刑務所行きだぞ。」などという制度は、日本国憲法始まって以来、初めてのことです(検察審査会の制度が引き合いに出されることもありますが、無理矢理、徴用するなどという運用はありませんでした。)。まさに戦前の帝国軍隊のようなもので、徴兵した兵士に対し、軍規によって内部の事情について一切の口外を禁止していたのと同じ次元のものです。

 このようなことが日本国憲法の下で許されようはずもなく、選択肢としては、①裁判員制度を廃止、②守秘義務の廃止、③国民に無条件に裁判員就任拒否権を与える(拒否せず、自分で裁判員になることを選択した以上、守秘義務を課す根拠となるあ)、のいずれかを選択するしかありません。(これとは別に裁判官の発言のみ守秘義務の対象から外すという選択肢もあるかもしれませんね。)

 それとは別に刑事裁判に対する信頼の保護と言われることがあります。これは、評議の過程が暴露されることによって結論が正しかったのかどうかの信頼が揺らぐというものです。しかし、その程度で信頼が揺らぐというのであれば、判決に至った理由が不十分ということであって、このような刑事裁判に対する信頼論は問題外です。

 守秘義務の緩和という意見もありますが、緩和しようが罰則を与える以上は、緩和に意味がありません。日弁連は、判決10年後には、罰則の対象としないという意見を出したそうですが、これに対しては、平良木氏が、10年後の論評など不正確な記憶に基づくものであるから反対だ、としています。10年後に話してどのような意味があるのか、わかりかねるところですが、この程度の「解禁」はあってないようなものでしょう。

 守秘義務は裁判員の心理的負担と言われることがあります。これ自体は当然のことです。何を話してよいか、ダメなのか明確な基準があるわけではありません。そうなればいきおい話をしないという方向に萎縮します。あるいは、本当にこの結論で良かったのだろうかと思うとき、それを誰にも相談できないということになり、これは相当な負担です。それが死刑か無罪かを争うような事件で、死刑を選択したような場合はなおさらでしょう。

 しかし、それはあくまで裁判員という職責から導かれる責任の問題です。内心をあちこちでペラペラしゃべれば、解消されるほど、責任は軽いものではありません。それを守秘義務の解除ということで心理的負担を解消しようというのは、筋違いと言えます。

 では、結論として守秘義務をどのように考えるべきかということについては次のとおりです。まず、多くの裁判員経験者は、守秘義務を肯定的にとらえています。それは、守秘義務の第一の目的に沿う理由です。従って、守秘義務を廃止した場合、裁判員を命じられることに国民は、今以上に強い拒否感情を持つでしょう。それ故にこの守秘義務は、制度の根幹に関わるものと言えます。私自身は、守秘義務は裁判員制度と背理であることから、裁判員制度を実施するなら守秘義務は全面廃止すべきと考えます。

 裁判員として徴用される国民がそれでも裁判員制度は重要だ、自分はどのように批評・批判されてもよいという覚悟があるのであれば良いのですが、現状において、裁判員制度は、そもそも、裁判員にはなりたくないという国民が8割なのですから、到底、守秘義務を解除した裁判員制度自体を導入しうる前提がありません。

 要は、守秘義務はただでさえ、裁判員などやりたくないという国民に対し、中での発言の秘密は守りますよ、しかも匿名にしますので責任を問われることもありませんよ、だから制度にとやかく言わないで出頭してね、というものであり、守秘義務はそのような位置づけになります。その意味では、緩和かどうかという次元での守秘義務の議論の仕方は枝葉の議論でしかなく、制度の是非の中でこそ論じられなければ意味がありません。そうなれば、自ずと裁判員制度廃止という結論にならざるを得ないと思います。

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    何をやっても批判される「老夫婦とロバ状態」の日本

    内藤忍

    08月02日 11:52

  2. 2

    コロナはインフルエンザ程度?インフルエンザで死ぬかと思った24歳の時の話

    かさこ

    08月01日 09:14

  3. 3

    新型コロナ感染者数が過去最多も 病院のひっ迫状況を強調するだけの尾身茂会長に苦言

    深谷隆司

    08月01日 17:19

  4. 4

    「幻の開会式プラン」を報じた週刊文春が五輪組織委の"圧力"に負けずに済んだワケ

    PRESIDENT Online

    08月02日 10:36

  5. 5

    コロナ軽視派「6月で感染者数減少」予想大ハズレも、重症者数が大事、死亡者数が大事とすり替え

    かさこ

    08月02日 10:29

  6. 6

    日産の小さな高級車「ノート オーラ」に中高年の支持が集まる理由

    NEWSポストセブン

    08月02日 10:43

  7. 7

    五輪もパラリンピックも中止にするべきではない。強いメッセージは経済対策・法改正で出すのが筋

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

    08月02日 08:25

  8. 8

    「日本人の給料はなぜ30年間上がっていないのか」すべての責任は日本銀行にある

    PRESIDENT Online

    08月01日 16:13

  9. 9

    行政から「入院できません」札幌市の医療崩壊受け医療従事者ら新宿でデモ

    田中龍作

    08月02日 09:00

  10. 10

    ワクチンの効果が着実に出ている中での一律の行動自粛要請は不適切

    岩屋毅

    08月02日 11:28

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。