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- 2011年10月09日 16:48
東京大学Liberal Arts Collegeに関する私案
以下の文章は、2010年12月13日にこの「クオリア日記」に掲載した「東京大学改革私案」の一部を変更し、付け加えたものです。
また、この文章は、みなさんからコメントをいただいて内容をさらに練り上げていくことを目指したRequest for Commentsであり、このブログのdefaultのポリシーである「コメントを受け付けない」の例外として、下部にコメントを受け付ける窓を設けます。みなさんのご意見をいただくことを、楽しみにしています。
2011年10月9日 茂木健一郎
最初に、私は東京大学の単なる卒業生に過ぎず、現在、非常勤講師として時折授業をさせていただく以外には、何のかかわりもないことをお断りいたします。
また、以下に述べることは、国内の大学一般に当てはまることであり、東京大学だけの問題ではもちろんありません。ですので、似たような課題、将来ヴィジョンは、大学一般において展開することが可能であると考えます。
そのような留保をつけた上で、日本の国のかたち、大学のあり方についての一つの問題提起として、下の文章を記します。
東京大学の関係者の話を聞くと、現在の学部の入試は「聖域」だという。ペーパーテストで測ることのできる「学力」に基づいて、公正に入学者を選抜することで、東京大学は歴史を刻んできた。
しかし、そのために外国から学部生をあまりとれない「ガラパゴス化」が懸念される事態となっている。日本語を母語として、日本で教育を受けた人以外には、「本体」の学部入試に合格することは難しい。結果として、学部学生における国際化、多様性の確保は十分ではない。Times Higher Education Supplementが発表する大学ランキングでも、東京大学は学術面での評価は高いが、国際化指数において大きく見劣りする。THESを初めとするランキングが唯一の指標ではもちろんないが、国際化を学部学生のレベルから始めることは、東京大学のより一層の発展に不可欠だろう。
入試が「聖域」で、劇的な変更を加えるのが難しいというのであれば、現行の理一、理二、理三、文一、文二、文三の区分、定数、入試はそのままに、あらたに最初は定員100人程度でスタートする、英語で教育を行うLiberal Arts College(以下、略称東京大学LAC、University of Tokyo Liberal Arts College)をつくることを提案したい。
東京大学の教員ならば、英語で授業をする能力がある人は多いだろうから、東京大学LACで開講される授業は、現在東大にいる教員が分担すれば良い。もちろん、新たに国内外から教員を採用しても良い。HarvardやYaleで開講しているようなカリキュラムはもちろん、せっかく日本に来るのだから、日本文学、日本の歴史などの、Japan Studiesの科目、さらには、韓国や中国などの、Asian Studiesの科目も設置すれば、魅力が増すだろう。
最大のポイントは入試で、TOEFLなどの英語能力試験、及びSATなどの学力試験を採用しつつ、essayなどを含む応募書類、さらには面接も併用することが望まれる。
面接の実施に当たっては、ハーバードの入試で採用されているポリシー(http://bit.ly/iahWCT)、すなわち” Our interviewers abroad are normally graduates of the College who volunteer their assistance. If an interviewer is not available sufficiently close to you to make an interview a possibility, the absence of an interview will not adversely affect your candidacy.”と同じ精神援用されることが適切だと考える。
東京大学LACには、もちろん、国内からも学生が志願してくることが考えられる。国内、国外の割合がどれくらいが望ましいかは、当局の方で検討すれば良いが、現在の類似の制度と比較して、より国内の学生が受けられるようなかたちが望ましい。そして、国内学生の志願が増えれば、当初「100人程度」の定員を、増やしていく必要があるかもしれない。
東京大学LACの開講科目は、旧来の東大の学生も受講できるものとする。また、日本語を母国語としない学生で東京大学LACに入学する者の中でも、東京で暮らしているうちに急速に日本語能力が高まるケースも考えられる。そのような学生が、東京大学の日本語で行われている講義をとることも出てくるだろう。
従来の東京大学の伝統はそのままに、新たに英語ベースのliberal arts collegeを付け加える。財源や教室スペースなどの問題さえ解決できれば、このソリューションは、「保守派」にとっても「改革派」にとっても利点しかないと思う。関係者の方々にご提案する次第である。
また、最初に、学部の入試は「聖域」らしいと書いたが、このような新しい入学者選抜のあり方を、最初は限定的なかたちでも、徐々に「本体」の学部入試にも及ぼすことも、将来的には検討しても良いのではないか。例えば、従来行われている英語の試験に加えて、TOEFLのスコアで入試の判定を行うオプションを、受験生側に与えることを検討してもよい。その際、従来型の入試も受けて、その双方の総合的なスコアで合否を判定するかたちにすれば、受験生のモチベーションも上がるだろう。
以上の改革案は、明治の「移行期」において英語によって講義を行った時期を除いて、日本語で高等教育を行い、学問を究めることを可能にしてきた先人たちの努力をないがしろにするものではもちろんない。とりわけ、文科系の学問において、「和製漢語」を生み出し、日本語で高度な学問を行うことができるようにしたことは、先人たちの偉大な業績であった。今後も、日本語による研究、教育は重要であり続ける。将来的に大学の教育を全て英語でやるべきだ、というような愚かなことを主張しているわけではもちろんない。
一方で、日本の大学が将来も輝き続けるためには、思い切った国際化への道筋をつけることが不可欠だと考える。現在検討されている秋入学は一つの試金石だろう。日本に世界中から優秀な若者が来て、学び、文化を知り、「日本ファン」となって帰国し、ないしは国内に留まって活躍してくれることは、日本の将来にとって、きわめて有意義なことと信じる。
東京大学Liberal Arts Collegeは、国際化、より一層の発展への跳躍台となると考える。このような構想が、具体化することを心から望むものである。
2011年10月9日 茂木健一郎
kenmogi@qualia-manifesto.com
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2011年10月9日 茂木健一郎
最初に、私は東京大学の単なる卒業生に過ぎず、現在、非常勤講師として時折授業をさせていただく以外には、何のかかわりもないことをお断りいたします。
また、以下に述べることは、国内の大学一般に当てはまることであり、東京大学だけの問題ではもちろんありません。ですので、似たような課題、将来ヴィジョンは、大学一般において展開することが可能であると考えます。
そのような留保をつけた上で、日本の国のかたち、大学のあり方についての一つの問題提起として、下の文章を記します。
東京大学の関係者の話を聞くと、現在の学部の入試は「聖域」だという。ペーパーテストで測ることのできる「学力」に基づいて、公正に入学者を選抜することで、東京大学は歴史を刻んできた。
しかし、そのために外国から学部生をあまりとれない「ガラパゴス化」が懸念される事態となっている。日本語を母語として、日本で教育を受けた人以外には、「本体」の学部入試に合格することは難しい。結果として、学部学生における国際化、多様性の確保は十分ではない。Times Higher Education Supplementが発表する大学ランキングでも、東京大学は学術面での評価は高いが、国際化指数において大きく見劣りする。THESを初めとするランキングが唯一の指標ではもちろんないが、国際化を学部学生のレベルから始めることは、東京大学のより一層の発展に不可欠だろう。
入試が「聖域」で、劇的な変更を加えるのが難しいというのであれば、現行の理一、理二、理三、文一、文二、文三の区分、定数、入試はそのままに、あらたに最初は定員100人程度でスタートする、英語で教育を行うLiberal Arts College(以下、略称東京大学LAC、University of Tokyo Liberal Arts College)をつくることを提案したい。
東京大学の教員ならば、英語で授業をする能力がある人は多いだろうから、東京大学LACで開講される授業は、現在東大にいる教員が分担すれば良い。もちろん、新たに国内外から教員を採用しても良い。HarvardやYaleで開講しているようなカリキュラムはもちろん、せっかく日本に来るのだから、日本文学、日本の歴史などの、Japan Studiesの科目、さらには、韓国や中国などの、Asian Studiesの科目も設置すれば、魅力が増すだろう。
最大のポイントは入試で、TOEFLなどの英語能力試験、及びSATなどの学力試験を採用しつつ、essayなどを含む応募書類、さらには面接も併用することが望まれる。
面接の実施に当たっては、ハーバードの入試で採用されているポリシー(http://bit.ly/iahWCT)、すなわち” Our interviewers abroad are normally graduates of the College who volunteer their assistance. If an interviewer is not available sufficiently close to you to make an interview a possibility, the absence of an interview will not adversely affect your candidacy.”と同じ精神援用されることが適切だと考える。
東京大学LACには、もちろん、国内からも学生が志願してくることが考えられる。国内、国外の割合がどれくらいが望ましいかは、当局の方で検討すれば良いが、現在の類似の制度と比較して、より国内の学生が受けられるようなかたちが望ましい。そして、国内学生の志願が増えれば、当初「100人程度」の定員を、増やしていく必要があるかもしれない。
東京大学LACの開講科目は、旧来の東大の学生も受講できるものとする。また、日本語を母国語としない学生で東京大学LACに入学する者の中でも、東京で暮らしているうちに急速に日本語能力が高まるケースも考えられる。そのような学生が、東京大学の日本語で行われている講義をとることも出てくるだろう。
従来の東京大学の伝統はそのままに、新たに英語ベースのliberal arts collegeを付け加える。財源や教室スペースなどの問題さえ解決できれば、このソリューションは、「保守派」にとっても「改革派」にとっても利点しかないと思う。関係者の方々にご提案する次第である。
また、最初に、学部の入試は「聖域」らしいと書いたが、このような新しい入学者選抜のあり方を、最初は限定的なかたちでも、徐々に「本体」の学部入試にも及ぼすことも、将来的には検討しても良いのではないか。例えば、従来行われている英語の試験に加えて、TOEFLのスコアで入試の判定を行うオプションを、受験生側に与えることを検討してもよい。その際、従来型の入試も受けて、その双方の総合的なスコアで合否を判定するかたちにすれば、受験生のモチベーションも上がるだろう。
以上の改革案は、明治の「移行期」において英語によって講義を行った時期を除いて、日本語で高等教育を行い、学問を究めることを可能にしてきた先人たちの努力をないがしろにするものではもちろんない。とりわけ、文科系の学問において、「和製漢語」を生み出し、日本語で高度な学問を行うことができるようにしたことは、先人たちの偉大な業績であった。今後も、日本語による研究、教育は重要であり続ける。将来的に大学の教育を全て英語でやるべきだ、というような愚かなことを主張しているわけではもちろんない。
一方で、日本の大学が将来も輝き続けるためには、思い切った国際化への道筋をつけることが不可欠だと考える。現在検討されている秋入学は一つの試金石だろう。日本に世界中から優秀な若者が来て、学び、文化を知り、「日本ファン」となって帰国し、ないしは国内に留まって活躍してくれることは、日本の将来にとって、きわめて有意義なことと信じる。
東京大学Liberal Arts Collegeは、国際化、より一層の発展への跳躍台となると考える。このような構想が、具体化することを心から望むものである。
2011年10月9日 茂木健一郎
kenmogi@qualia-manifesto.com
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