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- 2017年01月27日 23:42
特集:オバマ時代の米国経済を回顧する
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②オバマケア:果てしない対立と政争を招く
オバマ政権の内政上、最大のレガシーと言えば、文句なく2010年春に成立したオバマケアことAffordable Care Act(医療保険改革)であろう。無保険者がゼロになったわけではないにせよ、それでも約3100万人も減ったと伝えられている。
ただし、なぜあのタイミングで実施したのかは、個人的には今でも疑問に感じるところである。金融危機で病み上がりの米国経済に、コストのかかる新制度を導入した場合、民間部門(特に中小企業)にとって負担が増えることは容易に想像がついた。オバマケアの導入は、おそらくその後の雇用回復の足を引っ張ったはずである。
オバマ大統領としては、医療保険改革は政権公約であったし、ヒラリーとの長い予備選挙を通して議論を積み上げてきた政策課題であった。2008年9月のリーマン・ブラザース社経営破綻以降はそれどころではなくなるのだが、11月の議会選挙でたまたま民主党は下院の多数と上院での60議席を確保することができた。つまり共和党のフィリバスターを乗り越えて、「歴史的な法案を通せる」状況に手が届いた。「やれる状況だったから、やらないわけにいかなかった」と見るのは意地が悪いだろうか。純粋に経済状況だけを考えれば、やるべきタイミングではなかったと思う。
医療保険改革が超党派の合意形成ではなく、パーティーラインで押し切る形となったために、共和党側には恨みが残った。今から考えれば、これでは「ひとつのアメリカ」という大目標が達成できるはずがない。オバマケアの成立は、否応なく米国政治の党派色を深めることになったし、全国的な「ティーパーティー運動」を招く原因ともなった。
米国はGDPの6分の1を医療セクターが占めるという、世界でも格段に医療費の高い国である。それだけ技術水準が高いのだが、医療過誤訴訟が高額であるなどの特殊事情も絡んでいる。医療保険改革は、まず医療費全体を下げるところから進める必要があった。オバマケアが2014年1月に正式に発足してから既に3年もたつのに、今も訴訟など多くの問題を抱え、国民の不満が絶えないのはそのためであろう。
もっとも世論調査を見ると、ここへきてオバマケアに対する支持が増加し、賛否がほぼ拮抗しつつある3。2016年の議会選挙で共和党が上下両院を制し、「オバマケア撤廃」の声が高まるとともに、「止めるなんてとんでもない」という声が増えているのであろう。
トランプ政権の発足と同時に、共和党は野党として「撤廃だ!」と言っていればいい気楽な立場から、具体的な「見直し」を決める責任を負う立場になった。さすがに今さら、「国民の5人に1人は無保険者」の時代には戻れないだろう。その意味では、たとえ不十分な内容であっても、米国が本格的な高齢化時代を迎える直前に、この制度が出来たのは良いことであったのかもしれない。
③環境・エネルギー政策:グリーンよりもシェール革命
気候変動問題は、オバマ大統領が8年間にわたって力を入れたテーマであった。特に大統領就任の初年度であった2009年末に、コペンハーゲンで行われたCOP15に乗り込んだものの、中国の反対によって交渉が座礁したことは深いトラウマとなった模様である。
それがパリのCOP21では捲土重来に成功し、大統領として最終年度の2016年秋にパリ協定を発効に導くことができた。CO2の2大排出国である米中が協力し、2020年以降の地球温暖化対策に道筋を示せたことは、さぞや「男子の本懐」であったことだろう。
他方、再生可能エネルギーの普及や「グリーンジョブ」の創出といった国内的な政策課題はあまり進まなかった。むしろシェール革命が進んだことで、2014年以降の米国は世界最大の産油国になった。安価な資源が国内で採れるようになり、エネルギーコストが低下するとともに、米国の産業競争力も向上した。しかも電源が石炭からガスに切り替わることで、CO2の排出量を減らすことにもつながった。天然ガスの純輸出国になる日も遠くはないだろう。このことは米国経済を大きく変えつつある。
例えば昨年前半の米国経済は1%台の低成長に泣いたが、それは石油安に足を引っ張られていたからであろう。以前であれば、石油安はガソリン代の低下を通して家計の可処分所得を増やすので、個人消費を盛り上げる好材料と見られたものである。ところが今や石油安は鉱業関連の設備投資の足を引っ張り、米国経済にとってのマイナス要因となっている。これもこの8年間の変化のひとつであろう。
シェール革命をもたらしたのは、鉱山技術者のジョージ・ミッチェル氏である。水圧破砕法(フラッキング)と水平掘削の組み合わせが、画期的な石油とガスの生産手法を生み出した。大企業ではなく、零細企業で細々とやっていたベンチャー経営者であり、政府の支援を受けていたわけでもない。しかも製法の特許を取ることもせず、むしろ本を書いて積極的に人に教える道を選んだ。その結果、多くの仲間が後に続いたことで、シェール開発のコストは劇的に低下することになる。
ミッチェル氏は2013年に94歳で死んでいるが、これぞ米国ならではのサクセスストーリーといえよう。フラッキングはまだ日が浅い技術であるだけに、まだまだ生産性には伸び代がありそうだ。トランプ政権においてエネルギー分野の規制緩和が行われ、あるいはパイプラインの建設計画が進めば、さらに技術革新が続くかもしれない。
本来、「脱・化石燃料」を目指していたオバマ大統領は、おそらくは苦々しい思いでこの事態を見ていることだろう。とはいえ、「政策がかならずしも意図した通りにはならず、長期の予測はことごとく外れる」というのが、アイロニーに満ちたエネルギー政策の歴史そのものである。オバマ政権の環境・エネルギー政策を総括すると、「ほろ苦い結果オーライ」といったところだろうか。
④経済外交:TPPは置き土産にならず?
オバマ時代の安全保障政策は、いかに米国が対外的なコミットメントから手を引くかに心を砕いた8年間であった。後知恵になるけれども、「世界の警察官」が辞意表明するのであれば、もっと「戦略的曖昧性」を持たせるべきであった。今日のシリア情勢やISIS問題の責任の一端が、オバマ大統領にあることは言を俟たないだろう。
経済外交においても、オバマ政権は「G7/8からG20へ」という形でさりげなく米国の負担を小さくしてきた。世界経済における新興国の比率が高まる中で、このこと自体は自然な流れであったと言っていいだろう。
こんな風に「縮小均衡」路線であったオバマ外交が、ここだけは領域を広げようとしたのが「リバランシング」政策であった。みずからを「太平洋大統領」をもって任じ、アジアへの関与に力を入れ、APECや東アジアサミットにも出席した。経済外交としてはTPP交渉であり、ここだけは意外なほどの積極性を発揮してきた。
もともと2008年の大統領選挙において、オバマ氏は自由貿易に対して消極的な姿勢を取っていた。それが大統領になったら、普通にFTAを推進する側に立った。韓国やコロンビアやパナマとのFTAもちゃんと成立させている。とはいえ、TPPに対する熱意はこれらとは違った。2014年春には、銀座の「すきやばし次郎」で安倍首相に直接談じ込むほど、交渉成立に熱意を燃やしていた。
オバマ大統領は2015年の一般教書演説の中で、「アジアにおけるルール作りを中国にやらせてはならない」から米国の手でTPPを、という説明を行っている。自由貿易を進める際に経済論議の枠内に収まらず、「安全保障の観点」を加えるのは米国外交の昔からの癖と言っていい。かつてのGATT交渉の際にも、「冷戦に勝利するため」というお題目がついていた。しかし、「経済は経済」で説明した方が良かったのではないだろうか。
2015年10月に交渉が実質合意に至るまで、多くのアメリカ人はTPPが何たるかをほとんど知らなかった。それが2016年選挙を通して急速に浸透し、「グローバリズムが雇用を奪う」「生活が良くならない」といった被害者意識の文脈で知られるようになった。そしてまた、オバマ大統領がTPPを望んでいる理由も、有権者にはよく分からなかったのではないか(真面目な話、自分のレガシーを考えていただけなのかもしれないが)。
トランプ氏から見れば、TPPは今までの政治を否定する格好の攻撃目標になった。だからこそ、大統領就任初日の大統領令で離脱を宣言した。今後はオバマケアやパリ協定なども、同様に攻撃目標になっていくのかもしれない。ただしそれらに代わる新しい建設的な目標があるのかといえば、そこは怪しい。単に「雇用を守る」と言うだけである。
思うにトランプ氏は、オバマ大統領の「影」のような存在なのであろう。8年間にわたるオバマ時代の反動として、トランプ政権が誕生した。オバマ時代をさらに深く検証していくと、トランプ政権の次の出方が見えてくるような気がしている。
1 http://www.videonews.com/interviews/20170121_yoshizaki/ 「オバマ政権の経済政策を採点する」(2017年1月21日)
2 2009年1月23日号「オバマ大統領就任演説を読む」を参照。
3 http://www.realclearpolitics.com/epolls/other/obama_and_democrats_health_care_plan-1130.html
オバマ政権の内政上、最大のレガシーと言えば、文句なく2010年春に成立したオバマケアことAffordable Care Act(医療保険改革)であろう。無保険者がゼロになったわけではないにせよ、それでも約3100万人も減ったと伝えられている。
ただし、なぜあのタイミングで実施したのかは、個人的には今でも疑問に感じるところである。金融危機で病み上がりの米国経済に、コストのかかる新制度を導入した場合、民間部門(特に中小企業)にとって負担が増えることは容易に想像がついた。オバマケアの導入は、おそらくその後の雇用回復の足を引っ張ったはずである。
オバマ大統領としては、医療保険改革は政権公約であったし、ヒラリーとの長い予備選挙を通して議論を積み上げてきた政策課題であった。2008年9月のリーマン・ブラザース社経営破綻以降はそれどころではなくなるのだが、11月の議会選挙でたまたま民主党は下院の多数と上院での60議席を確保することができた。つまり共和党のフィリバスターを乗り越えて、「歴史的な法案を通せる」状況に手が届いた。「やれる状況だったから、やらないわけにいかなかった」と見るのは意地が悪いだろうか。純粋に経済状況だけを考えれば、やるべきタイミングではなかったと思う。
医療保険改革が超党派の合意形成ではなく、パーティーラインで押し切る形となったために、共和党側には恨みが残った。今から考えれば、これでは「ひとつのアメリカ」という大目標が達成できるはずがない。オバマケアの成立は、否応なく米国政治の党派色を深めることになったし、全国的な「ティーパーティー運動」を招く原因ともなった。
米国はGDPの6分の1を医療セクターが占めるという、世界でも格段に医療費の高い国である。それだけ技術水準が高いのだが、医療過誤訴訟が高額であるなどの特殊事情も絡んでいる。医療保険改革は、まず医療費全体を下げるところから進める必要があった。オバマケアが2014年1月に正式に発足してから既に3年もたつのに、今も訴訟など多くの問題を抱え、国民の不満が絶えないのはそのためであろう。
もっとも世論調査を見ると、ここへきてオバマケアに対する支持が増加し、賛否がほぼ拮抗しつつある3。2016年の議会選挙で共和党が上下両院を制し、「オバマケア撤廃」の声が高まるとともに、「止めるなんてとんでもない」という声が増えているのであろう。
トランプ政権の発足と同時に、共和党は野党として「撤廃だ!」と言っていればいい気楽な立場から、具体的な「見直し」を決める責任を負う立場になった。さすがに今さら、「国民の5人に1人は無保険者」の時代には戻れないだろう。その意味では、たとえ不十分な内容であっても、米国が本格的な高齢化時代を迎える直前に、この制度が出来たのは良いことであったのかもしれない。
③環境・エネルギー政策:グリーンよりもシェール革命
気候変動問題は、オバマ大統領が8年間にわたって力を入れたテーマであった。特に大統領就任の初年度であった2009年末に、コペンハーゲンで行われたCOP15に乗り込んだものの、中国の反対によって交渉が座礁したことは深いトラウマとなった模様である。
それがパリのCOP21では捲土重来に成功し、大統領として最終年度の2016年秋にパリ協定を発効に導くことができた。CO2の2大排出国である米中が協力し、2020年以降の地球温暖化対策に道筋を示せたことは、さぞや「男子の本懐」であったことだろう。
他方、再生可能エネルギーの普及や「グリーンジョブ」の創出といった国内的な政策課題はあまり進まなかった。むしろシェール革命が進んだことで、2014年以降の米国は世界最大の産油国になった。安価な資源が国内で採れるようになり、エネルギーコストが低下するとともに、米国の産業競争力も向上した。しかも電源が石炭からガスに切り替わることで、CO2の排出量を減らすことにもつながった。天然ガスの純輸出国になる日も遠くはないだろう。このことは米国経済を大きく変えつつある。
例えば昨年前半の米国経済は1%台の低成長に泣いたが、それは石油安に足を引っ張られていたからであろう。以前であれば、石油安はガソリン代の低下を通して家計の可処分所得を増やすので、個人消費を盛り上げる好材料と見られたものである。ところが今や石油安は鉱業関連の設備投資の足を引っ張り、米国経済にとってのマイナス要因となっている。これもこの8年間の変化のひとつであろう。
シェール革命をもたらしたのは、鉱山技術者のジョージ・ミッチェル氏である。水圧破砕法(フラッキング)と水平掘削の組み合わせが、画期的な石油とガスの生産手法を生み出した。大企業ではなく、零細企業で細々とやっていたベンチャー経営者であり、政府の支援を受けていたわけでもない。しかも製法の特許を取ることもせず、むしろ本を書いて積極的に人に教える道を選んだ。その結果、多くの仲間が後に続いたことで、シェール開発のコストは劇的に低下することになる。
ミッチェル氏は2013年に94歳で死んでいるが、これぞ米国ならではのサクセスストーリーといえよう。フラッキングはまだ日が浅い技術であるだけに、まだまだ生産性には伸び代がありそうだ。トランプ政権においてエネルギー分野の規制緩和が行われ、あるいはパイプラインの建設計画が進めば、さらに技術革新が続くかもしれない。
本来、「脱・化石燃料」を目指していたオバマ大統領は、おそらくは苦々しい思いでこの事態を見ていることだろう。とはいえ、「政策がかならずしも意図した通りにはならず、長期の予測はことごとく外れる」というのが、アイロニーに満ちたエネルギー政策の歴史そのものである。オバマ政権の環境・エネルギー政策を総括すると、「ほろ苦い結果オーライ」といったところだろうか。
④経済外交:TPPは置き土産にならず?
オバマ時代の安全保障政策は、いかに米国が対外的なコミットメントから手を引くかに心を砕いた8年間であった。後知恵になるけれども、「世界の警察官」が辞意表明するのであれば、もっと「戦略的曖昧性」を持たせるべきであった。今日のシリア情勢やISIS問題の責任の一端が、オバマ大統領にあることは言を俟たないだろう。
経済外交においても、オバマ政権は「G7/8からG20へ」という形でさりげなく米国の負担を小さくしてきた。世界経済における新興国の比率が高まる中で、このこと自体は自然な流れであったと言っていいだろう。
こんな風に「縮小均衡」路線であったオバマ外交が、ここだけは領域を広げようとしたのが「リバランシング」政策であった。みずからを「太平洋大統領」をもって任じ、アジアへの関与に力を入れ、APECや東アジアサミットにも出席した。経済外交としてはTPP交渉であり、ここだけは意外なほどの積極性を発揮してきた。
もともと2008年の大統領選挙において、オバマ氏は自由貿易に対して消極的な姿勢を取っていた。それが大統領になったら、普通にFTAを推進する側に立った。韓国やコロンビアやパナマとのFTAもちゃんと成立させている。とはいえ、TPPに対する熱意はこれらとは違った。2014年春には、銀座の「すきやばし次郎」で安倍首相に直接談じ込むほど、交渉成立に熱意を燃やしていた。
オバマ大統領は2015年の一般教書演説の中で、「アジアにおけるルール作りを中国にやらせてはならない」から米国の手でTPPを、という説明を行っている。自由貿易を進める際に経済論議の枠内に収まらず、「安全保障の観点」を加えるのは米国外交の昔からの癖と言っていい。かつてのGATT交渉の際にも、「冷戦に勝利するため」というお題目がついていた。しかし、「経済は経済」で説明した方が良かったのではないだろうか。
2015年10月に交渉が実質合意に至るまで、多くのアメリカ人はTPPが何たるかをほとんど知らなかった。それが2016年選挙を通して急速に浸透し、「グローバリズムが雇用を奪う」「生活が良くならない」といった被害者意識の文脈で知られるようになった。そしてまた、オバマ大統領がTPPを望んでいる理由も、有権者にはよく分からなかったのではないか(真面目な話、自分のレガシーを考えていただけなのかもしれないが)。
トランプ氏から見れば、TPPは今までの政治を否定する格好の攻撃目標になった。だからこそ、大統領就任初日の大統領令で離脱を宣言した。今後はオバマケアやパリ協定なども、同様に攻撃目標になっていくのかもしれない。ただしそれらに代わる新しい建設的な目標があるのかといえば、そこは怪しい。単に「雇用を守る」と言うだけである。
思うにトランプ氏は、オバマ大統領の「影」のような存在なのであろう。8年間にわたるオバマ時代の反動として、トランプ政権が誕生した。オバマ時代をさらに深く検証していくと、トランプ政権の次の出方が見えてくるような気がしている。
1 http://www.videonews.com/interviews/20170121_yoshizaki/ 「オバマ政権の経済政策を採点する」(2017年1月21日)
2 2009年1月23日号「オバマ大統領就任演説を読む」を参照。
3 http://www.realclearpolitics.com/epolls/other/obama_and_democrats_health_care_plan-1130.html
- 吉崎達彦(かんべえ)
- 双日総合研究所取締役副所長・同主任エコノミスト。



