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国民不在のGPIF改革論議

我々の年金積立金の大半(厚生年金と国民年金のほとんど)を運用している「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」の組織見直し論議が大詰めを迎えている。6/8の日経新聞朝刊によれば、厚労省内に設けられている「GPIFの運営のあり方に関する検討会」が、昨日、中間とりまとめの素案を示したとのことである。素案では、年金資産を分割して2つの組織で運用する意見と、現状のまま1つの組織で運用する意見の両論が併記されており、検討会の委員間の意見の隔たりが大きいことが報道されている。


それにしても、GPIFの組織見直し論議として、いきなり「組織を分割化するか否か」という結論が出てきたことには、かなり唐突な印象を持った人も多いであろう。こうした組織分割化の議論が行われている背景には、基本的に、年金積立金を安全運用すべきか、積極運用すべきかという意見対立がある。つまり、積極的運用派は、原口総務大臣が以前から発言しているように、組織を2つに分割化することによって、(1)一方を安全運用、もう一方を自由に積極運用が出来る機関にする、(2)もしくは2つの組織に運用利回りを競わせることを通じて、全体として今よりもハイリスク・ハイリターンの積極運用を行うことを狙っているのである。


これに対して、よく知られるように、長妻厚労大臣自身は、安全運用派である。したがって、最終的に、検討会におけるGPIFの組織見直しの結論を得るためには、年金積立金を安全運用すべきなのか、それとも積極運用すべきなかという論点に、まず、ある程度の決着がつかなければならない。端的に言えば、長妻大臣と原口大臣の意見対立を決着させることが必要である。しかし、そもそも、公的年金にとって、安全運用、積極運用のどちらが望ましいのであろうか。


現状では、安全運用派、積極運用派のどちらにも一理あるといえる。安全運用派の立場で考えると、そもそも、年金は老後の生活を支える生活費なのであるから、あまり投機的な運用をすべきものではないということになる。高齢者が投機に失敗した場合には、若者のように労働するなどして挽回する余地は少ない。また、そもそも日本の高齢者は、世界的にみても非常に安全志向的であることが知られている。こうした高齢者の特徴、意向を考えると、基本的には、安全性の高い国債で積立金を運用することが望ましい。


しかしながら、現在の国内金利は非常に低い状態であり、日本国債中心に運用している限り、安全ではあるけれど、非常に低い金利に甘んぜざるを得ない。しかも今後、日本社会は、人口減少、少子高齢化が本格化し、現在よりももっと経済成長率は低下する。成長率が下がれば、国内金利もそれだけ下がることになるから、今よりも低い利回りに長期間甘んずるよりも、成長の著しい新興国や、今後成長が期待できる成長産業分野への投資を取り入れたほうが良いという意見も、なかなか説得的である。


どちらも一理あるということになると、議論で決着が付く問題ではない。そうなると、我々が問うべき問題は、「誰が運用方法を決めるべきか」と言うことになるだろう。安全運用が良いと考えている長妻厚労大臣に運用方針を委ねるべきか、それともハイリスク・ハイリターンが良いと考えている原口総務大臣に委ねるべきだろうか。もしくは、厚生労働省の官僚達や、その天下り先でもあるGPIFが決定するべきなのであろうか。


そのいずれもがおかしいと考えるのが、普通の国民の感覚であろう。なぜならば、長妻大臣や原口大臣、厚生労働省やGPIFは積立金の所有者ではないからである。積立金は彼らのものではない。年金の加入者の財産なのである。したがって、積立金の所有者である国民自身が運用方法を決定すべきなのである。自分自身の決定であれば、投資が失敗したとしても納得することが出来る。


よく考えれば、GPIFの前身である年金資金運用基金(2001年から2004年)や、そのまた前身である年金福祉事業団(1961年から2001年)においても、積立金の運用方針決定に、国民の意思は反映されていなかった。その結果、官僚や政治家の意のままに積立金が浪費され、官僚の天下り先を確保するための大規模保養施設や福祉施設に、無駄遣いが行なわれたのである。また、国民の意思とは無関係に、株式などの危険資産での運用を拡大し、多額の損失も生み出された。


 こうした反省に立って、官僚や政治家による勝手な無駄遣いができないように、専門性や独立性を高めたはずのGPIFであったはずであるが、現状では、国民の意思決定は微塵も反映されてはいない。むしろ、2004年の設立時から現在までのGPIFの行動を見る限り、ガバナンス(統治構造)に問題があり、厚労省官僚の意向を反映して、「過度にリスクをとりやすい」という構造的問題を持っていると言わざるを得ない。


 具体的に、GPIFでは、積立金の運用方法を決めるに当たって、①財政検証によって定められた今後の予想運用利回りから、②厚生労働大臣が、今後5年間の中期的運用利回り目標を設定、③その目標利回りを達成するために、運用に詳しい有識者によって構成される「運用委員会」が具体的な運用方法を決定するというプロセスになっている。


 問題は、①の財政検証作業において設定される予想運用利回りが、財政状況の悪化を覆い隠すために、粉飾決算されやすいということにある。そのため、粉飾決算の高い利回りを確保するために、過度にリスクの大きい運用方法をGPIFが選ぶ可能性が高い。実際、厚労省の官僚達は、2009年の財政検証で使った非現実的な4.1%の運用利回りを達成するようにGPIFの運用委員会に強く働きかけ、GPIFは新興国の株式や不動産投資といったリスクの大きい資産への運用拡大を検討していたことが分かっている。また、厚生労働省の官僚達は、長妻厚労大臣にも自公政権と同じ4.1%の運用目標を設定するように、連日の「ご説明」を繰り返して、承認を求めていた。


 今回、長妻大臣の判断により、4.1%という馬鹿げた運用目標設定は回避されたが、もし採用されていれば、無理な運用利回りを達成するために、今までよりも高いリスクをとらざるを得なかったのである。ハイリターンを狙うためには、ハイリスクになる(資産の危険性を高める)というのがこの世界の常識である。しかし、財政検証にはリターン(運用利回り)のみが設定され、リスク(危険性)はまったく考慮されていないから、リターンだけを高く追い求める結果、国民が望まない高いリスクが選択される可能性が高かったのである。


こうした構造的問題が起きるそもそもの背景には、我が国が「賦課方式」の財政方式を採用していることにある。良く知られているように、我が国の年金制度は積立方式で始まったが、政治家や官僚の無責任な大盤振る舞いや浪費の結果、賦課方式となってしまった。積立方式の場合には、その運用によって年金受給者の受け取る年金額が変わるので、積立金の運用に対して年金受給者の関心は高く、チェック機能が働いて、政治家や官僚たちが国民の意向を無視して運用方法を決定することは難しい。


これに対して、賦課方式では、現在残っている積立金がどの加入者・世代に所属しているのかは不明確となり、いわば宙に浮いてしまうことになる。さらに、積立金の運用がどれほど失敗しようとも、その失敗のツケを現在の年金受給者が負うことはない。賦課方式の下では、現在の年金受給者は、積立金の運用とは無関係に年金受給額が決定されているからである。


つまり、積立金の運用の失敗は、将来の世代に負担をツケ回しすることで対処されるから、現在の年金受給者たちは、積立金の運用方法に無関心になる。つまり現在、積立金の運用方法が、過度なリスクをとりやすい構造になっているのは、賦課方式の財政方式に根本的原因があるといえる。過度なリスクをとりやすいということは、結局、後の世代にツケ回ししやすいということであるから、これは大きな構造的問題である。


こうした問題点を解決するためには、何らかの形で、国民が運用方法の決定に参加して、利害に関係する仕組みにすべきと考えられる。一番単純な方法は、国民に、ハイリスク・ハイリターンからローリスク・ローリターン(安全だが利率の低い)まで5つぐらいの運用の選択肢を提示して、それを全部集計した結果を元に、GPIFが各資産の構成を決定するというやり方である。5つの選択肢を作るのもGPIFの運用委員会が行なう。あまり多くない5つぐらいの選択肢が良いことは、行動経済学による年金の諸研究が得ている結果である。


また、積立金の運用成績もある程度、現在の年金受給者の年金受給額に反映させるべきであると思われる。たとえば、「マクロ経済スライド」に、過去3年分程度の運用利率を反映させて、積立金の運用が芳しくなければ給付カットが進む仕組みにすれば、年金受給者や現在の現役層の関心は高まり、厚生労働省やGPIFに対するチェック機能が働くものと考えられる。


 あるいは、もう少し複雑な仕組みにして、5つの選択肢を選んだ個人個人の年金受給額に、運用成績を個別に反映させることも可能である。たとえば、一番安全な運用方法を選んだ加入者に対しては、運用成績に関係なく一定の低い利率の年金受給額とし、危険資産割合の高い選択肢を選んだ人ほど、年金受給額に運用成績を反映させる仕組みにすれば良いからである。もちろん、全体の運用自体は、5つの選択肢を集計して各資産の構成割合を決め、全体として運用するが、その成果を個人に分配するときに、個人が選んだ選択肢の結果を反映させるのである。


 個人に提示した選択肢を元に運用方法を決め、個人の年金受給額に反映させるという仕組みは、アメリカの私立大学の共済年金(TIAA-CREF)などでは普通に行なわれていることである。日本の現在の年金制度にも、それを応用することは十分に可能なはずであり、その方が望ましいと思われる。現在のGPIFの組織見直し論議は、「国民不在」という根本的な問題を抱えており、国民の意向を反映する形で、改革論議がなされる必要がある。

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