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- 2017年01月26日 07:39
この世界の片隅はいつまで蹂躙されるのか
『この世界の片隅に』が異例のヒットとなっている。第二次世界大戦中の広島を舞台にしており、戦争に翻弄される女性の日々の生活を丁寧に描いており、世代を超えた共感を得ているようだ。
もちろん映画を観ている我々は8月6日に広島に原爆が落ち、15日には終戦を迎えることを知っている。Xデイが近づくに従い、映画が描く生活には徐々に暗雲が立ち込めてくる。視聴者はこの後に待ち構える悲劇を知っているが、何も知らない登場人物はただひたすら目の前の一日を必死に生き抜こうとする。戦争の影にはそのような無数の人が多く存在するのだ。
映画終盤になるにつれて空爆の頻度は上がり、住民たちは昼も夜もなく爆撃の脅威にさらされることになる。実際こんなに頻繁に空襲があったのかと驚いたので、少し調べてみた。
次のVizは空襲被害一覧から、全国自治体の空襲被害と米空軍の出撃・爆撃状況を可視化したものだ。地図をポイントすると当該自治体の死者数、負傷者数、焼失家屋数を知ることができる。原爆被害のあった広島、長崎、首都の東京が突出して多い。
Viz中央のバーコードは米軍機の飛来状況を示したもので、濃い赤ほど多数機が来襲していることを示している。ポイントすると当該日に来襲した米軍機の詳細を見ることができる。1945年の7-8月にもなると継続的に何百機ものと爆撃機が来襲していた事が分かる。ちなみにここに記されている爆撃攻撃のほかに、たえず全国的に小規模な空襲(爆撃・機銃掃射)がくりかえされてきた。その意味で、日本全国、毎日が空襲下にあったといっても過言ではないようだ。
次のVizは空襲の記憶と記録に基づき年ごと都道府県ごとの空襲の増加の様子を可視化したものだ。上部のスライダとプルダウンメニューで年/都道府県の選択を行える。是非時間を1月ずつ進めて、絶望的な気分を味わって欲しい。
終戦直前の1945年7-8月となると、日本中北から南まで文字通り絨毯爆撃されていたことが分かる。
リンク先を見る
Viz下部には当該月にあった空襲の状況を示しているが、地図上のポイントをクリックすることで空襲の記憶と記録の当該都道府県の個別ページに遷移する。気になった地点があればクリックしてみて欲しい。
米国の無差別爆撃による民間人の大量虐殺は戦時国際法違反である。原爆の使用も同様だろう。それから半世紀以上が経過し、人権に関する意識も国際社会による監視の目も厳しくなっているにも関わらず、今もまだ平然と国際法違反の民間人の虐殺がなされているのが現状である。
上はアレッポにおけるロシア軍のクラスター爆弾使用の様子である(ロシア軍が対人クラスター爆弾をシリアのアレッポ市街地に投下 : 週刊オブイェクト)。これは市街地への無差別な攻撃を禁止したジュネーブ条約への明らかな違反であり、未だこのような非道がまかり通る事に失望を禁じ得ない。なぜ我々はこれを止める手段を持っていないのか。
破壊され蹂躙される市街地には必死に生き残ろうともがいている多くの一般市民がいる。爆撃の恐怖に怯えるアレッポの様子をTwitterで発信し続けた7歳の少女、Bana Alabed(@AlabedBana)さんの一連のTweetを見るとその一端を垣間見ることができるが(参考)、その世界の片隅には、人が、生きて、いたのだ。
※ちなみにBana Alabedさんは家族とともにアレッポを脱出、現在はトルコで生活している(包囲下のアレッポでツイッター発信続けた少女、トランプ氏に手紙 - BBCニュース)。
あらゆる世界の片隅が他者に不条理に蹂躙される事が無い世の中になりますように。
もちろん映画を観ている我々は8月6日に広島に原爆が落ち、15日には終戦を迎えることを知っている。Xデイが近づくに従い、映画が描く生活には徐々に暗雲が立ち込めてくる。視聴者はこの後に待ち構える悲劇を知っているが、何も知らない登場人物はただひたすら目の前の一日を必死に生き抜こうとする。戦争の影にはそのような無数の人が多く存在するのだ。
映画終盤になるにつれて空爆の頻度は上がり、住民たちは昼も夜もなく爆撃の脅威にさらされることになる。実際こんなに頻繁に空襲があったのかと驚いたので、少し調べてみた。
空襲被害
次のVizは空襲被害一覧から、全国自治体の空襲被害と米空軍の出撃・爆撃状況を可視化したものだ。地図をポイントすると当該自治体の死者数、負傷者数、焼失家屋数を知ることができる。原爆被害のあった広島、長崎、首都の東京が突出して多い。
Viz中央のバーコードは米軍機の飛来状況を示したもので、濃い赤ほど多数機が来襲していることを示している。ポイントすると当該日に来襲した米軍機の詳細を見ることができる。1945年の7-8月にもなると継続的に何百機ものと爆撃機が来襲していた事が分かる。ちなみにここに記されている爆撃攻撃のほかに、たえず全国的に小規模な空襲(爆撃・機銃掃射)がくりかえされてきた。その意味で、日本全国、毎日が空襲下にあったといっても過言ではないようだ。
空襲の増加
次のVizは空襲の記憶と記録に基づき年ごと都道府県ごとの空襲の増加の様子を可視化したものだ。上部のスライダとプルダウンメニューで年/都道府県の選択を行える。是非時間を1月ずつ進めて、絶望的な気分を味わって欲しい。
終戦直前の1945年7-8月となると、日本中北から南まで文字通り絨毯爆撃されていたことが分かる。
リンク先を見る
Viz下部には当該月にあった空襲の状況を示しているが、地図上のポイントをクリックすることで空襲の記憶と記録の当該都道府県の個別ページに遷移する。気になった地点があればクリックしてみて欲しい。
未だこの世界の片隅で
米国の無差別爆撃による民間人の大量虐殺は戦時国際法違反である。原爆の使用も同様だろう。それから半世紀以上が経過し、人権に関する意識も国際社会による監視の目も厳しくなっているにも関わらず、今もまだ平然と国際法違反の民間人の虐殺がなされているのが現状である。
上はアレッポにおけるロシア軍のクラスター爆弾使用の様子である(ロシア軍が対人クラスター爆弾をシリアのアレッポ市街地に投下 : 週刊オブイェクト)。これは市街地への無差別な攻撃を禁止したジュネーブ条約への明らかな違反であり、未だこのような非道がまかり通る事に失望を禁じ得ない。なぜ我々はこれを止める手段を持っていないのか。
破壊され蹂躙される市街地には必死に生き残ろうともがいている多くの一般市民がいる。爆撃の恐怖に怯えるアレッポの様子をTwitterで発信し続けた7歳の少女、Bana Alabed(@AlabedBana)さんの一連のTweetを見るとその一端を垣間見ることができるが(参考)、その世界の片隅には、人が、生きて、いたのだ。
※ちなみにBana Alabedさんは家族とともにアレッポを脱出、現在はトルコで生活している(包囲下のアレッポでツイッター発信続けた少女、トランプ氏に手紙 - BBCニュース)。
あらゆる世界の片隅が他者に不条理に蹂躙される事が無い世の中になりますように。



