- 2017年01月26日 10:29
相続は「想続」。ハートを込めた遺言書が相続トラブルを回避する。
1/2相続トラブルは財産の多寡に関わらず起きる
人間はいつか必ず死を迎える。しかも、「その日」はいつやって来るかわからない。そこで生前から自分の人生と向き合い、死に至るまでの間の良い過ごし方や良い終わり方に向けて備えていくのが「終活」だ。
「死」を考えることは「縁起が悪い」と捉えられがちだ。しかし、自分が死んでしまってからでは、新たな意思表示をすることはできない。それならば事前に自分の意志を「遺言書」として明確に残しておいたほうがいい。終活は決してネガティブなものではなく、今をより良く生きるための活動だといえる。
もっともわかりやすい例が「遺産の相続」だ。
「私は財産が多くないから大丈夫」
そう思っている人も多いかもしれない。しかし、平成27年の司法統計によると、家庭裁判所に持ち込まれた相続財産のトラブルのうち、5000万円以下の案件は全体の約7割を占め、1000万円未満のものは約3割にものぼる(いずれも認容・調停成立件数)。遺産相続のトラブルは財産の多寡に関わらず、誰にでも起こりうる問題だといえるだろう。
こんな時、故人の遺志が明確に示された遺言書があれば無用なトラブルは避けられる。しかし、現実は違う。
日本財団が昨年3月に行った「遺贈に関する意識調査」(40歳以上の男女・全国2521人対象)によると、遺言書を作成していた人はわずか3.2%しかいない。調査対象者の3分の2が遺言書の必要性を認識してはいるものの、ほとんどの人が未作成だったというのだ。
「その日」は必ずやって来る。それなのに、多くの人がその準備をしていない。これはあまりにも不幸な事態ではないだろうか。
こうした状況のなか、日本財団は1月5日を「遺言の日」と制定。1月5日からの1か月間、遺言に関する理解を深め、家族と話し合うきっかけをつくるためのさまざまなキャンペーン活動を展開している。
第一回「ゆいごん大賞」→川柳や手紙、一言つぶやきなどを募集https://遺言の日.jp/award/
紀伊國屋書店にて「人生を豊かにする珠玉の30冊」フェア
https://遺言の日.jp/book/

1月5日は「遺言の日」
昨年12月に「遺言の日」が登録されてから初めて迎える1月5日。日本財団の主催で「遺言の日」制定を記念するセミナー「書こうよ、ゆいごん」が開かれた。これは参加者たちに遺言の作成をすすめる催しだ。
会場に到着すると、年配の方々を中心に50名ほどの聴衆がすでに着席。真剣な表情でイベントの開始を待っていた。
遺言書と聞くと暗いイメージを抱きがちだが、この日のイベントでは遺言書を「よりよく生きるためのポジティブなもの」として扱っていたのが特徴だ。参加者たちの心をほぐす工夫も随所に見られ、最初は硬かった参加者の表情も、プログラムが進むごとに徐々に和らいでいったのが印象的だった。
「マンガで考えるゆいごん」と題された第一部では、マンガを介したコミュニケーションを生み出すユニット「マンガナイト」の代表・山内康裕氏と、弁護士の水野祐氏によるトークディスカッションが行なわれた。

冒頭、水野弁護士が、毎年お正月に一家揃って書き初めを書くように遺言を書くというアーティストの家族の事例を紹介すると、参加者たちの緊張が一気にほぐれる。その雰囲気を受けた水野弁護士からは、遺言はより良く生きるためのポジティブなもの、毎年書き換えても構わないものだという説明もなされた。
そこからは山内氏がマンガの事例を引きながら、水野氏に疑問を投げかける形で遺言の基礎知識について学んでいった。
たとえば山内氏がマンガ「サザエさん」の家系図を示しながら、
「波平の遺産をカツオのみに相続させることは可能なのか?(長男だけに遺産を相続させることが可能なのか)
と問いかけると、水野氏からは「可能ではあるが、それには必要なものがある。それが遺言」との解説があった。
「波平が何も書いていないと、(波平の遺産は)民法に定められている『法定相続分』という分け方で決められる。法定相続分では、妻であるフネに2分の1、子どもに2分の1。これを3人で分けるから、一人の子どもについて6分の1ずつ相続される」
水野弁護士は参加者たちに遺産相続の基礎知識を確認しながら、
「遺言は相続人の意思に左右されないため、被相続人を自由に設計できる」
とも説明。相続の争いが起きたときに民法が保証する「遺留分(遺言に阻害されない、必ずもらえる分)」についての解説も行われた。
ディスカッションの後の質疑応答では、会場の参加者から、
「(波平の娘であるサザエさんの夫)マスオさんは法定相続人ではないから、遺言書の対象にはならないのか」
との質問も飛んだ。自分のこととなると話しにくいことも、マンガのキャラクターを例にとると話しやすくなるようだ。
この質問を受けた水野氏は、
「(マスオさんは)法定相続人ではありませんから、遺言を残さずに波平が亡くなると、マスオさんに残すことはできない。けれども、マスオさんに残したい場合は遺言書で残せる。遺言では、第三者の友人や団体に財産を寄付するという指定もできます」
との解説があった。
法定相続人がいない単身者の場合、亡くなると遺産は基本的に国庫に入る。しかし、遺言書を書くことで社会活動を行なう団体などに財産を寄付(遺贈)することも可能だ。そうした際にも遺言書を書く意義はあるという。
また、水野氏はこんな言葉も残している。
「弁護士の立場からすると、もっとも嫌いな裁判が遺産相続の裁判。これは本当に人類の大いなる無駄。財産を残していく人は、残された人たちが争わないような状況をつくっていくのが責務だと思う」
まったくもってその通りとしか言いようがない。
遺言書は愛情を分け与える積極的なメッセージ

続く第二部には、相続遺言専門行政書士の佐山和弘氏による講演「日本で一番楽しい遺言書の書き方」が行なわれた。
佐山氏はこれまでに千数百件を超える相続遺言の実務経験を持ち、「ゆいごんコンサルタント」としてテレビなどでも活躍している。しかし、意外なことに佐山氏の前職はお寿司屋さんだったという。
「10年前に父親が突然亡くなりました。その時、私と母親、妹の他に腹違いの姉が見つかったんです。本当にびっくりしました。父親は遺言書を残してくれていなかったので、本当に大変な”すったもんだ”がありました。
『遺言書があればあんなことにはならなかったのに』というのがスイッチになり、寿司屋をたたんで行政書士を目指すことになったんです」 そんな驚きの自己紹介の後、佐山氏は「遺言書に親しんでいただくということで、クイズを出します」と宣言。参加者の気持ちをほぐそうと、にこやかに会場の参加者たちに語りかけていった。
「遺言書の印鑑は拇印でもいい? マルかバツか?(正解はマル)」
「遺言書の日付は『平成28年クリスマスイブ』でも有効か?(正解はマル)」
佐山氏のユニークな語り口に、参加者たちも大いに盛り上がる。
さらに「職業柄、遺言書を持ち歩いている」という佐山氏は、喫茶店のコースターの裏や箸袋に書いた自分の遺言書を見せながら、「これも有効なんです」と軽妙なトークを続ける。そして会場の空気が徐々に和んできたところで、
「ちょっと熱くなってきたので上着を脱いでいいですか?」
と佐山氏が客席に背中を向けて上着を脱ぐと、会場は笑いの渦に包まれた。
なんと、佐山の背中にはさらしに書いた遺言書が貼られていたのだ。

佐山氏は笑いを取りながらも遺言書の基本を参加者たちに伝えていく。
「遺言書は、民法では次のように規定されています。『全文を直筆』『氏名も直筆』『日付も直筆』『印を自分で押す』。仰々しく考えると、とっつきにくくなってしまう。書く紙はなんでもいいんです」
また、佐山氏は遺言にまつわる「誤解」について、こう喝破した。
「遺言を『縁起でもないから』と言って敬遠する人がいますが、これは『遺書』と『遺言書』を同じと思っていることから起きる誤解です。遺書は法的効力がないし、消極的なメッセージです。それに対して遺言書には法的効力があります。遺言書は『愛情を分け与える積極的なメッセージ』なんです」
その言葉に会場の参加者たちは大きく頷いていた。