記事

テレビと映像の恐ろしさについて

2/2

そして「FAKE」。森達也監督の佐村河内守氏への密着ドキュメンタリーである。佐村河内氏は週刊文春のスクープで新垣隆氏のゴーストライター証言により世間から葬りさられた。ある取材で佐村河内氏と会った森氏は文春報道と違う印象を持つ。そこから密着取材が始まるのだが、私が「FAKE」を「テレビとメディアに関する映画」としたいのは、この映画の白眉(はくび)が佐村河内氏宅を訪れる様々な異なるメディア関係者の接し方が森監督のメディア感を表現していたと感じたからである。

報道・外国メディアに混ざりネクタイをしてダークスーツを着た3人の男が出て来て「佐村河内さんを男にしたい」と念の入った誠実な出演要請をする。彼らはバラエティ番組の制作スタッフだ。結局、番組の主旨が掴めず佐村河内氏は出演を断る。だが年末に公開されたその番組には佐村河内氏の代わりに新垣隆氏が出て様々なコメントをし、タレントの大久保佳代子さんに「壁ドン」をしている。著作権上その映像は映画では映せないので、佐村河内氏のサングラスの片隅に映るわずかな映像の断片からそれを類推するしかない。サングラス越しの佐村河内氏は無表情だ。スタジオの笑い声はたっぷりと入って来るが、彼はニコリともしない・・・私は今ネットの世界に居るが、テレビ局に長い間席を置いていた。

もしかしたら、私が、または私の回りのテレビスタッフが同じことをやっていたかも知れないと思うと戦慄を憶えた。現在、タブーやアンタッチャブルだらけの日本のテレビ界で弱者や善悪の判断を出来ない人間を攻撃したとしても民間放送連盟の放送基準やコンプライアンス(法令順守)に準拠していれば「面白ければいいんだよ。」と「視聴率をとればいいんだよ。」という論理が逆に横行している状況を示しているのか?テレビ屋の「非知性化」すら暗示するこのカットは私の昨年の映画としての「私のベストカット」であった。森監督の作品。放送で歌えない理由がわからない「放送禁止歌」テレビに翻弄された人生を狂わされた男たち「職業欄はエスパー」でメディアの欺瞞(ぎまん)と不合理を暴いて来た森達也監督の真骨頂であった。

ヒトラーとその宣伝相ゲッペルスがラジオ演説で始めたこのメディアコントロールという大規模情報操作手段は、トランプ新大統領時代の現代でも生きている。フランスの歴史人口学者・家族人類学者のエマニエル・トッドはトランプ氏は極めて解り易いメッセージを演説に込めたためそれが驚くべき効果を生んだと言う。つまり「米国はうまくいっていない。」「米国は今や世界から尊敬されていない。」・・・とシンプルかつ人々の本音を述べて大衆の心を掴んだと言う。そう、ネット時代に入り今までその絶対的権力を行使して来たテレビジョンという映像装置の本質が複眼的に暴かれ注目を浴びようとしている。

雑誌「サンデー毎日」でジャーナリストの青木理氏が最近書いてたのだが、2020年の五輪の「4者協議」をガラス張りにして、森喜朗さんも入れた会談をやっていたのだが、毎日、テレビに森さんの怖い顔が映るほど小池さんが冷静そうに信頼出来る様に見える訳で青木氏は「これでは政治の劇場化だ。」と指摘していた。僕はこれはけだし名言だと思った。この世には密室でやるべき会議もあると思うのだ。「透明化」「公開化」という口に綺麗な言葉が素晴らしいと持ち上げるメディアが一番いかんのだが、それにしても小池先生はメディアを使った政治術が天才的にお上手である。

そんな中、「テレビと映画」を離れ、二つの「映像による兵器が主演」の映画を見た。米国映画「ドローン・オブ・ウォー」と英国映画「アイ・イン・ザ・スカイ」である。二つともドローンを使用した中東・アフリカにおけるテロリスト掃討作戦をテーマにしている。

アメリカのラスベガス等の安全な基地内で、楽園のようなハワイの基地で、また堅牢なワシントンDCやロンドンの作戦司令室でハイテク装置・ドローンを操作・駆使・指揮しなテレビゲームのようにテロリスト(あるいは潜在的テロリスト)を抹殺してゆく。ドローンから発射されたミサイルは確実に殺傷したかを捉えるために着弾直前まで映像を各地へ送り続ける。よく我々が安全な自宅のリビングルームのテレビで「衝撃映像番組」等で見るあの映像である。もちろんオバマも発表しているように誤爆も山ほどある。「ドローン・オブ・ウォー」だったか、ソローン名人の兵士が任務を終え、車でコンビニに立ち寄り買い物をし店員に「オレは今中東のタリバンを5人殺して来たんだ。」とつぶやくシーンがあった。もちろん店員は軽く笑いながら首を振り、冗談だと思い信じない。この2本の映画を見ながら、そのうちテレビで生放送の戦争ショーでも始まるのではないか?とすら私は思った。前線もない軍隊同士の対峙もない、この静かな狂った戦争は恐ろしい未来(もうすでに現在?)の戦争の実相である。

私は映画にメディアと文明とテクノロジーの進歩と行く末とその結果起こることを引き続き描いてもらいたい。かつてチャップリンは「独裁者」でアドルフ・ヒトラーを徹底的に笑いのめした。一説にはその結果ヒトラーの演説を見に来る客が減ったと言われている。もちろんチャップリンの元にナチの死客が訪れ彼を抹殺する可能性があった訳だからチャップリンの肝の座り方も半端ではない。・・・金はかかるし、興行成績がモノを言う厳しい映画の世界。しかし、映画はその表現の幅が広いし、我々を冷静な気持ちに戻してくれる力がある。

かつて19世紀末に発明されたイタリアのマルコーニ無線機は戦争の様相を変えてしまった。遠くから命令する指揮官と前線の塹壕で右往左往しながら犬死して行く将兵たち。無線・ラジオ・テレビ・映画・ゲーム・ドローンの映像・・・ネット技術も加えるとテクノロジーの進歩はさらにAIも巻き込み「映像・通信技術場外乱闘」とも言えるこの状況で我々はどうやって正気を保ってゆくのだろうか?最近増えた「テレビに関する映画」なども静かに冷静にこのメディアの状況を描き続けてほしいものである。

(以上の原稿は「水道橋博士のメルマ旬報・108回」に吉川が投稿したものをその内容を考慮し、ブロゴスに加筆・転載したものです。なお「メルマ旬報」は私以外に竹内義和、高橋ヨシキ、モーリー・ロバートソン、園子温他50人近くの執筆者を持つ月配信3回のメルマガです。バックナンバー他、月500円でご覧になれます。)

あわせて読みたい

「映画」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    BLOGOSサービス終了のお知らせ

    BLOGOS編集部

    03月31日 16:00

  2. 2

    なぜ日本からは韓国の姿が理解しにくいのか 識者が語る日韓関係の行方

    島村優

    03月31日 15:41

  3. 3

    「いまの正義」だけが語られるネット社会とウェブ言論の未来

    御田寺圭

    03月31日 10:09

  4. 4

    カーオーディオの文化史 〜ドライブミュージックを支えた、技術の結晶たち〜

    速水健朗

    03月30日 16:30

  5. 5

    BLOGOS執筆を通じて垣間見たリーマンショック後10年の企業経営

    大関暁夫

    03月31日 08:27

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。