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- 2017年01月15日 08:50
日弁連イメージ広告戦略への距離感
日弁連が新たなイメージ広告となる、広報用CMを制作しました。昨年、ポスターで起用した女優の武井咲さんを登場させた15秒と30秒の2バージョンです。
「人生何があるか分かりません。
そんな時、あなたを助けてくれる人はいますか。
私に笑顔をくれたのは弁護士さんでした」
どこか東京の丸の内仲通りのようなオフィス街を悠々と歩く武井さんの前に、突然、現れる大きな崖。そこに落ちそうになる武井さんが、大きなひまわりの茎につかまって救われてニッコリ。上記ナレーションを被せた映像としては、ある意味、とてもシンプルです。
弁護士が市民に身近な存在であることをアピールする狙いは、前回2013年に作成されたCM(「日弁連『フレンドリー』広告の見え方」)と同じですが、印象は大分違います。全国の弁護士を次々に登場させて、「私たちあなたの応援団」とリレーで歌わせた前作には、弁護士界内で言われ続けてきた「敷居が高い」イメージ払しょくのため会員にひと肌脱いでもらった感があります。それに対して、「頼りになる存在」の方を誇張した本作は、ナレーションがいう、振って湧いたトラブルの時に助けてくれるということのイメージ映像で、武井さんの注目度に寄りかかっている感はどうしてもしてしまいます。
弁護士役の「大きなひまわり」も、ひまわりが弁護士を象徴していることを知らない人にどういう形で伝わるのか、ということもありますが、意地悪な見方をすれば、大胆な映像を使っている割に武井さんの印象ばかりが先に立って、肝心の弁護士の存在を印象付ける部分が弱い感じはしてしまいます。
しかし、以前も書きましたが、あくまでイメージ広告は、消費者のなかによいブランドイメージを形成するためのもので、直ちに成果が出せるものではありません。前回も今回も、最終的に「ひまわりお悩み相談」への誘導も図っていますが、そちらへの反響だけで価値をみるのは、この広告の目的の本筋ではありません。
長く繰り返し流されなければ、効果は期待できない広告ですから、この種の広告を実質的な、あるいは実証的な費用対効果でみたらならば出せないという見方まであります。仮にクライアントから効果についてのクレームがあっても、必ず広告代理店からは反復性や、しまいには直接いえるかはともかく、商品そのものの限界という言い訳が用意される。クライアントの発想で、向き不向きがはっきりしてしまう広告ともいえます。
今回の日弁連のイメージ広告についても、前記「お悩み相談」への誘導を含め、「会費を使うだけの効果があるのか」といった不満の声が、はやくも会内から聞こえてきますが、そもそもその種の不満が出る主体が出す(出せる)広告ではない、といわなければなりません。
ところで、一旦手段としての広告から目を離して考えると、弁護士は、今、どういうイメージを社会に形成すべきなのでしょうか。日弁連の広告戦略では、一貫して形成すべきイメージは「身近で頼りがいのある相談相手」です。それは前回にしても今回にしても、市民のなかにある種の固定観念がある、常に本当の弁護士を知らない層の存在を前提として、そこをターゲットにアピールされてきたといえます。そこには需要開拓という発想も結び付けやすい。
しかし、今、弁護士が直面しているのは、そこだけでしょうか。例えば、増員政策による経済的な激変に伴う弁護士のイメージ変化――依頼者のカネに手をつける型の横領事案の報道で必ず背景として伝えられる、その変化が生み出した正義に反するイメージ、ビジネス化がもたらした拝金的なイメージ、さらに逆にサービス業化のなかで足かせになる、無償性や採算性を追求することに対する誤ったイメージ。
弁護士会は業界団体として、もっと弁護士が個人事業主であることをアピールしてほしい、という声まで会内にはあります。「普通の」個人事業主でありなから、普通ではない使命や期待を背負う仕事であること。弁護士の自覚として受けとめるべきところと、それでも「普通の」を理解してもらわなければできないところがある、というところに、イメージの問題を含めて弁護士の難しい現実があります。
では、それを広告という手段でなんとかできるのか、といわれれば、それはそれで簡単にはいかないとは思います。その意味では、効果はともかく、日弁連は広報活動として、少しでもできることをやっている、あるいはあえていえば、何もやらないわけにもいかないからやっている、という見方もできるかもしれません。
ただ、前記弁護士が抱えている現実を考えると、高い費用を投入し、女優まで投入する日弁連の熱意に反し、「身近」ばかりを打ち出す、そのイメージ戦略は、その効果や狙い以前に、会員の気持ちからは離れつつあるようにみえます。
今、必要とされる弁護士についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4806
「人生何があるか分かりません。
そんな時、あなたを助けてくれる人はいますか。
私に笑顔をくれたのは弁護士さんでした」
どこか東京の丸の内仲通りのようなオフィス街を悠々と歩く武井さんの前に、突然、現れる大きな崖。そこに落ちそうになる武井さんが、大きなひまわりの茎につかまって救われてニッコリ。上記ナレーションを被せた映像としては、ある意味、とてもシンプルです。
弁護士が市民に身近な存在であることをアピールする狙いは、前回2013年に作成されたCM(「日弁連『フレンドリー』広告の見え方」)と同じですが、印象は大分違います。全国の弁護士を次々に登場させて、「私たちあなたの応援団」とリレーで歌わせた前作には、弁護士界内で言われ続けてきた「敷居が高い」イメージ払しょくのため会員にひと肌脱いでもらった感があります。それに対して、「頼りになる存在」の方を誇張した本作は、ナレーションがいう、振って湧いたトラブルの時に助けてくれるということのイメージ映像で、武井さんの注目度に寄りかかっている感はどうしてもしてしまいます。
弁護士役の「大きなひまわり」も、ひまわりが弁護士を象徴していることを知らない人にどういう形で伝わるのか、ということもありますが、意地悪な見方をすれば、大胆な映像を使っている割に武井さんの印象ばかりが先に立って、肝心の弁護士の存在を印象付ける部分が弱い感じはしてしまいます。
しかし、以前も書きましたが、あくまでイメージ広告は、消費者のなかによいブランドイメージを形成するためのもので、直ちに成果が出せるものではありません。前回も今回も、最終的に「ひまわりお悩み相談」への誘導も図っていますが、そちらへの反響だけで価値をみるのは、この広告の目的の本筋ではありません。
長く繰り返し流されなければ、効果は期待できない広告ですから、この種の広告を実質的な、あるいは実証的な費用対効果でみたらならば出せないという見方まであります。仮にクライアントから効果についてのクレームがあっても、必ず広告代理店からは反復性や、しまいには直接いえるかはともかく、商品そのものの限界という言い訳が用意される。クライアントの発想で、向き不向きがはっきりしてしまう広告ともいえます。
今回の日弁連のイメージ広告についても、前記「お悩み相談」への誘導を含め、「会費を使うだけの効果があるのか」といった不満の声が、はやくも会内から聞こえてきますが、そもそもその種の不満が出る主体が出す(出せる)広告ではない、といわなければなりません。
ところで、一旦手段としての広告から目を離して考えると、弁護士は、今、どういうイメージを社会に形成すべきなのでしょうか。日弁連の広告戦略では、一貫して形成すべきイメージは「身近で頼りがいのある相談相手」です。それは前回にしても今回にしても、市民のなかにある種の固定観念がある、常に本当の弁護士を知らない層の存在を前提として、そこをターゲットにアピールされてきたといえます。そこには需要開拓という発想も結び付けやすい。
しかし、今、弁護士が直面しているのは、そこだけでしょうか。例えば、増員政策による経済的な激変に伴う弁護士のイメージ変化――依頼者のカネに手をつける型の横領事案の報道で必ず背景として伝えられる、その変化が生み出した正義に反するイメージ、ビジネス化がもたらした拝金的なイメージ、さらに逆にサービス業化のなかで足かせになる、無償性や採算性を追求することに対する誤ったイメージ。
弁護士会は業界団体として、もっと弁護士が個人事業主であることをアピールしてほしい、という声まで会内にはあります。「普通の」個人事業主でありなから、普通ではない使命や期待を背負う仕事であること。弁護士の自覚として受けとめるべきところと、それでも「普通の」を理解してもらわなければできないところがある、というところに、イメージの問題を含めて弁護士の難しい現実があります。
では、それを広告という手段でなんとかできるのか、といわれれば、それはそれで簡単にはいかないとは思います。その意味では、効果はともかく、日弁連は広報活動として、少しでもできることをやっている、あるいはあえていえば、何もやらないわけにもいかないからやっている、という見方もできるかもしれません。
ただ、前記弁護士が抱えている現実を考えると、高い費用を投入し、女優まで投入する日弁連の熱意に反し、「身近」ばかりを打ち出す、そのイメージ戦略は、その効果や狙い以前に、会員の気持ちからは離れつつあるようにみえます。
今、必要とされる弁護士についてご意見をお寄せ下さい。司法ウオッチ「司法ご意見板」http://shihouwatch.com/archives/4806



