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1月12日(木) ムネオ日記

 オバマ米国大統領が大統領として最後の演説をした。

ホワイトハウスで退任演説するのが通例だが、オバマ大統領は大統領選挙の勝利演説を行い、自身の政治活動のスタートとなったシカゴを選んだ。

 国民に、ミシェル夫人、娘さんに感謝の言葉を述べた時、涙をぬぐった姿が印象的である。

 初の黒人大統領として登場し、無事8年間過ごし、そこに家族の支えがあったことに万感の思いが去来したことだろう。

 「チェンジ」を訴え、米国民から「Yes We Can」と支持を受けての当選だった。

 最後の演説も「Yes We Did(私たちは成し遂げた)」、「Yes We Can(私たちはできる)」で締めくくったオバマ演説だったが、一週間後にはトランプ新大統領の就任である。

 アメリカが世界一の国力を持った国であることには違いない。そのトップリーダーが新たな「チェンジ」をどう進めていくのか興味津々である。

 石破茂代議士が11日、金沢市での北陸中国懇話会で講演し、「先月の日露首脳会談は『領土でいい加減な妥協をしなかった』と評価。『ロシアが日ソ中立条約を踏みにじり、北方四島を不法占拠した事実を忘れれば、竹島・尖閣に跳ね返る。四島の主権を取り戻すことは100年かかろうが実現しなければならない』と述べた」(東京新聞2面)と出ている。

 石破氏は、戦後の国際社会の枠組みはどうして出来たか、北方領土問題の歴史的事実関係はどうであったか、それなりに理解して話をされたと思うが、1951年サンフランシスコ講和条約で日本は国後・択捉島を放棄している。1956年、日ソ共同宣言では歯舞・色丹しか触れていない。この時、米国ダレス国務長官の恫喝があったことを。

1960年日米安保条約改訂ではソ連は外国軍の駐留する国には領土の引き渡しはない、領土問題もないと言い始め、日本政府は「即時、四島一括返還」を言い始め、ソ連時代は何も進まなかった。

 1991年秋以降、共産主義ソ連が崩壊し、自由と民主のロシアが誕生し登場したエリツィン大統領は「戦勝国、敗戦国の枠組みにとらわれず、法と正義に基づいて話し合いで北方領土問題を解決しよう」と言ってきたので、日本は「四島一括返還」から「北方領土の帰属の問題を解決して平和条約の締結」と大政策転換をし、今日(こんにち)に至っている。

 日ソ中立条約を破れとそそのかしたのはヤルタ会談で米国・英国の首脳であった。

「主権を取り戻すことは100年かかろうが」と言っているが、元島民の平均年齢は81.3歳である。どう考えても100年待てない。

 元島民は一島でも二島でも還してもらえるのなら還してほしい。自由に故郷、先祖の墓参りをしたい。国後島周辺の海を使わせてほしい。これが元島民の切実な思いである。

 口先で強いことを言うのは運動の類である。責任ある政治はしっかり交渉して結果を残すことである。

 安倍総理は交渉して平和条約締結に向け、確実に大きな一歩を印したのである。

 誰が何と言おうと私は、安倍総理を応援して参りたい。

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