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- 2010年12月28日 23:15
AKB48はデフレカルチャーの象徴か?
田中秀臣先生の『AKB48の経済学』、とても楽しく読んだ。特に第5章の「アイドルグループの経済分析」が面白い。「集団化によるリスク分散」や「アイドルの会社組織化」といった論考は興味深かった。何より、「パッケージ売りとバラ売りの経済的論考」で比喩として用いるのが、「ファン田中・ファン池田・ファン山形」とあるところにはニヤリとさせられた。
また、アイドルがTV中心としたスターから身近な「小さな物語」へと変容しているといった指摘など、さまざまな示唆に富んでいる。経済に興味のあるひとは一読の価値ありでしょう。
ただ。アイドル好きの方々からは、嵐のようなツッコミが入りそうな部分も散見されたので、韓リフ先生にはまだまだこの世界のことやファン心理について勉強してもらわなきゃ、と感じたのも正直なところ。
まず、ファンとの距離を近くする、という戦術は2000年代に入ってから、グラビアアイドルの商品がDVDやトレーディングカードになるに連れ、秋葉原・神保町の店舗でのイベントが定着したもの(本書は「地下アイドル」という言葉が数度出てくるがもしかして韓リフ先生は混同しているのかもしれない)。AKB48はその流れに沿って常設の劇場を秋葉原ドンキホーテの上に置いた、と言うべきだ。
そして、消費の形式も、グラドルとAKB48は一緒だ。複数枚購入する客への特典を豪華にする、というのはグラドルの店舗イベントの常套手段だが、AKBの場合でもファンがCDを多数枚購入することを促す戦術を取っている。
AKBの劇場が開設当初入場料が破格だったことはおっしゃる通りだが、その後に出たライブDVDなどはBOXだと市価で6000〜7000円はするし、CDもシングルで1500円前後、アルバムは3000円前後と、他のアーティストと大差ない。繰り返すが、これを複数購入することを促すシステムになっている。あえていうなら、コアなファンは市場原理主義の中で、新自由主義経済そのものの戦いを繰り広げている、というわけだ。その象徴が、総選挙で1位になった大島優子なのではないだろうか?
本書では、テレビや雑誌のグラビアでAKB48を見てお金を払わずに消費する層と、好きなメンバーを人気投票で上位にするためには同じCDを何百枚も買うことを厭わない層を、「ファン」の一言で一緒くたにしてしまっている。
前者の視点からすれば、お金を払わずに「心の消費」をする。ここでの中心は、テレビ。『ミュージックステーション』がその典型だが、個人的には音楽バラエティー、特に『うたばん』が与えた影響は多大だったように思える。一万字インタビューを読まずとも、トークの内容からアーティストの「素顔」を見たような気にさせられ、親近感を抱く、という作用が働いている。
このようなコンテンツで、「好き」になったり「癒し」を感じたりするライトな層は、お金のない10代の学生や、30代の主婦層だ。
しかし。こういった「無料経済」を下支えするのには、番組のスポンサーだったり、誤解を恐れずに敢えて挙げればレコード会社の買占めなどがあったりしたわけだ。それが効かなくなり、AKB48が登場した2000年代中ごろからコアなユーザーを引きつける「インセンティブ」の設計にシフトしていく。
アイドルが高年齢化している、という話がちらりと出てくるが、同時にコアファンも高年齢化している。たぶん、AKBに湯水のようにお金を落としている層は30〜40歳代で、彼らが20代の頃は別の何かにお金を落としていたと推察される。
Parsleyならば、AKB48に限らないアイドルファンの経済構造と格差社会をリンクさせるだろう。また、別の見方をすれば「フリーミアム」で説明ができるかもしれない。つまり、こじつけようと思えば何とでも出来る気がするのだけれども。
いくら韓リフ先生でも、「デフレ」とAKB48を結びつけるのは、牽強付会が過ぎるんじゃないかしら、というのが個人的な感想になるなぁ。
でも、繰り返しになるけれど本書が面白いことには変わりがない。文化・社会といった部分に若干斜に構えた上で、「AKB48と大相撲が日本型雇用である」といった指摘に膝を打ちつつ読む、といった読み方をオススメしたい。
また、アイドルがTV中心としたスターから身近な「小さな物語」へと変容しているといった指摘など、さまざまな示唆に富んでいる。経済に興味のあるひとは一読の価値ありでしょう。
ただ。アイドル好きの方々からは、嵐のようなツッコミが入りそうな部分も散見されたので、韓リフ先生にはまだまだこの世界のことやファン心理について勉強してもらわなきゃ、と感じたのも正直なところ。
まず、ファンとの距離を近くする、という戦術は2000年代に入ってから、グラビアアイドルの商品がDVDやトレーディングカードになるに連れ、秋葉原・神保町の店舗でのイベントが定着したもの(本書は「地下アイドル」という言葉が数度出てくるがもしかして韓リフ先生は混同しているのかもしれない)。AKB48はその流れに沿って常設の劇場を秋葉原ドンキホーテの上に置いた、と言うべきだ。
そして、消費の形式も、グラドルとAKB48は一緒だ。複数枚購入する客への特典を豪華にする、というのはグラドルの店舗イベントの常套手段だが、AKBの場合でもファンがCDを多数枚購入することを促す戦術を取っている。
AKBの劇場が開設当初入場料が破格だったことはおっしゃる通りだが、その後に出たライブDVDなどはBOXだと市価で6000〜7000円はするし、CDもシングルで1500円前後、アルバムは3000円前後と、他のアーティストと大差ない。繰り返すが、これを複数購入することを促すシステムになっている。あえていうなら、コアなファンは市場原理主義の中で、新自由主義経済そのものの戦いを繰り広げている、というわけだ。その象徴が、総選挙で1位になった大島優子なのではないだろうか?
本書では、テレビや雑誌のグラビアでAKB48を見てお金を払わずに消費する層と、好きなメンバーを人気投票で上位にするためには同じCDを何百枚も買うことを厭わない層を、「ファン」の一言で一緒くたにしてしまっている。
前者の視点からすれば、お金を払わずに「心の消費」をする。ここでの中心は、テレビ。『ミュージックステーション』がその典型だが、個人的には音楽バラエティー、特に『うたばん』が与えた影響は多大だったように思える。一万字インタビューを読まずとも、トークの内容からアーティストの「素顔」を見たような気にさせられ、親近感を抱く、という作用が働いている。
このようなコンテンツで、「好き」になったり「癒し」を感じたりするライトな層は、お金のない10代の学生や、30代の主婦層だ。
しかし。こういった「無料経済」を下支えするのには、番組のスポンサーだったり、誤解を恐れずに敢えて挙げればレコード会社の買占めなどがあったりしたわけだ。それが効かなくなり、AKB48が登場した2000年代中ごろからコアなユーザーを引きつける「インセンティブ」の設計にシフトしていく。
アイドルが高年齢化している、という話がちらりと出てくるが、同時にコアファンも高年齢化している。たぶん、AKBに湯水のようにお金を落としている層は30〜40歳代で、彼らが20代の頃は別の何かにお金を落としていたと推察される。
Parsleyならば、AKB48に限らないアイドルファンの経済構造と格差社会をリンクさせるだろう。また、別の見方をすれば「フリーミアム」で説明ができるかもしれない。つまり、こじつけようと思えば何とでも出来る気がするのだけれども。
いくら韓リフ先生でも、「デフレ」とAKB48を結びつけるのは、牽強付会が過ぎるんじゃないかしら、というのが個人的な感想になるなぁ。
でも、繰り返しになるけれど本書が面白いことには変わりがない。文化・社会といった部分に若干斜に構えた上で、「AKB48と大相撲が日本型雇用である」といった指摘に膝を打ちつつ読む、といった読み方をオススメしたい。
- ふじい りょう(Parsley)
- 乙女男子。ブロガー/ライター/Webディレクターなど



