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司法権独立運動の悲劇

 「司法権独立運動」という文字を見て、個人的に真っ先に思い浮かぶ人物がいます。既に11年前に他界された河本喜与之弁護士のことです。

 河本氏といえば、裁判所を司法省(行政権)から独立させることを目指した戦中・戦後の、この裁判所内改革運動に深くかかわり、東京民事地裁部長や司法省人事課長を歴任した人物です。細野長良・元大審院院長、丁野暁春・根本松男・両元大審院判事ら運動の同志が他界し、河本氏は一人残った司法権独立派最後の大物でした。

 実は生前、彼から持ち込まれた原稿の出版や新聞連載に携わっていましたが、そのいずれの内容も、この運動の歴史に関するものでした。

 司法省勤務の裁判官が裁判所で優位につく「悪弊」こそ、司法省上位の証――。こう考え、強い問題意識を持った裁判官らが、この運動に立ち上がりました。河本氏は昭和20年(1945年)1月、丁野氏とともに、岩田宙造弁護士宅を訪れ、司法権独立を説き、その賛同を得た時を本格的運動の始まりと回想しています。

 同年8月15日の終戦、東久邇内閣での岩田宙造・司法大臣の誕生を経て、翌21年(1946年)、秘書課長に就任した河本氏は、運動の一環としてさまざまな人事を断行。とりわけ、この時、岩田大臣の理解の下、打ち出されたのが、木村篤太郎弁護士を検事総長に採用するなど、判検の要職に就く者を弁護士からとる「法曹一元的人事」でした。

 しかし、この後、河本氏が生涯背負い続けることになる問題が発生します。降伏調印前の東久邇内閣が戦時内閣とされ、その国務大臣として追放されるという事態になった岩田大臣の後任問題が浮上。河本氏の回想によれば、この時、乾政彦弁護士を推す岩田氏を河本氏は説き伏せ、検事総長にも彼が推薦した木村氏を司法大臣にします。

 ところが、木村氏は就任1週間で「前大臣の方針を踏襲しない」と宣言、弁護士からの採用方針を覆します。この後、河本氏と木村氏は、ことごとに対立。甲府地裁所長への転任命令を「運動への圧力」と受け止めた河本氏は、それを拒否したため、休職処分を受ける事態にまで発展します。

 司法権独立自体は、その後、独立反対派が多数を占めるなかで、細野・丁野両氏らによるGHQ民政局・オプラーへの説得工作も効を奏し、GHQの命令として実現していきます。

 しかし、悲劇が待っていました。同22年(1947年)8月に発足した最高裁判所には、大いなる先見性を持って独立を主張してきた彼らのいる場所は用意されていませんでした。休職中の河本氏も8対7で、下級裁判所裁判官任命が否決されてしまいます。その理由は「河本は細野派の驍将」ということであったといいます。

 河本氏は、この木村氏の「裏切り」と最高裁に対する無念の怒りを生涯持ち続けられたようでした。度々、私のいた新聞社の編集部に原稿を持ってこられましたが、いつも内容はこの件に及んでいました。一度だけ、「今回は別のエピソードを」と促したことがありましたが、改稿されてきたものには、最後にやはりこの一件が書かれており、つくづく同氏の思いの強さに感じいったものでした。

 かつて法曹界のなかには、河本氏ら独立運動派のエピソードを、まさに「司法権独立運動の悲劇」として語る人たちがいました。しかし、いまやそれも全く聞かれなくなりました。

 「改革はあくまで結果」という人がいます。司法権独立はGHQによってこの国にもたらされたとされ、そしていまや当たり前のようなものになっています。ただ、その改革の本当の価値、重みを知るためには、それにかかわった人間たちの苦悩を合せ見ること、そしてそれが記憶されることもまた重要であり、河本氏たちの歴史は、まさにそれのような気がするのです。

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