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- 2011年10月25日 07:00
後藤信夫弁護士の「自戒」
その絵を初めて見た時、それが放つ強いメッセージに圧倒されるような感覚におそわれました。とても、不思議な絵です。石垣で囲まれた牢屋の中で、5頭の猛り狂うライオンと、その前には後ろ手に縛られた1人の囚人が泰然自若として立っている。しかし、ライオンは、その囚人の毅然たる態度に、逆に威圧されているようにも見えてくる――。絵のタイトルは、「正義は神の如し」。
かつて、この絵に魅せられた一人の弁護士がいました。「日本の岩窟王」といわれた吉田石松翁の再審無罪を勝ち取ったことで知られ、東京弁護士会会長、日弁連副会長などを歴任した後藤信夫弁護士です。
何かの罪に問われ、弁論の機会もなく、ライオンの餌食になる状況にあるように見える、その囚人に、後藤弁護士は「われに不滅の正義あり」という強い意志を示す崇高な人間の姿を見ました。
「私は、その絵を見て思った。破邪顕正はわれわれ法曹の職責ではあるが、それはとかく言いやすく行い難い。われわれの中には、権力には抵抗しえても名利に迷う者がある」
「しかし、弁護士としての自分にはそのようなことがあってはならない。あらゆる事態に対処して、常に自己の信念を堅持し、社会正義を顕現することに努めねばならぬ。私はその絵の主人公に対し、そのとき固く心に誓った」(「日本の岩窟王」)。
駆け出し弁護士だった昭和3年ごろ、講談社発行の月刊誌「キング」の口絵で、その絵を見て感動した後藤弁護士は、それを切りぬいて、事務所の壁にピンで止めました。その後、その絵を失くしてしまった彼は、それを探し求め、40年の歳月を経て、再会することになります。
この絵は奸臣のざん言に抗し、真実を主張して正義を貫いたバビロン王国の大宰相、忠臣ダニエルを描いたプリトン・リヴィエールの作品でした。後藤弁護士は、これを今度こそ手放すまいと、カラー写真にして額に入れ、吉田石松翁の写真と並べて、事務所の応接室の壁に掲げ、生涯愛し、また、自らの戒めとしたのでした。
ちなみに石松翁事件再審の最終弁論も、彼はこう結んでいます。
「“正義は神の如し”。裁判所こそ、国民のための正義の殿堂でなければならぬ」
こういうエピソードを何か遠いもののように感じる弁護士の方もいるかもしれません。こうした弁護士の精神も、またそれにこだわる弁護士の姿も、およそ現代日本とは隔絶した古き世の、古き人々のことと。あたかも時代は弁護士に正義を貫くための精神よりも、より社会の利便にこたえるサービス精神を求めているかのように。また、このエピソードも精神訓話的なものととらえてしまえば、そもそもそれもまた、時代遅れだというように。
しかし、今、改めてこの後藤弁護士のエピソードと、前記言葉を見ると、やはりそこには弁護士にとっての普遍的なテーマ、あるいは社会が弁護士に求める普遍的なテーマがあるように思えてきます。「権力には抵抗しえても名利に迷う者がある」と弁護士の姿を喝破した後藤弁護士でしたが、弁護士は今、権力に抗している存在としてとらえられているのか、はたまた名利に走る存在としてとられているのではないか、そんな疑問が過ります。
そして、それは弁護士の「正義」を社会がどれだけ受け止め、信頼しているか、ということでもあります。そうした了解度が、「改革」においても、弁護士の社会的な発言の、受け止められ方に影響していること、そしてそれは、徐々に失われつつ弁護士の精神性とも関係していることは、やはり否定しきれないように思えるのです。そうしたものがかつて法曹養成、あるいは弁護士界の、どういう環境で培われていたのか、ということも考えられていいように思います。
何か口を開けば、自己保身といわれる状況がなぜあるのか。大マスコミの偏った報道もありますが、弁護士側としては何を反省すべきか、そこが今問われています。
社会や時代が変わり、あるいは法改正がなされても、本当は「正義は神の如く」あるはずです。それが変わったようにみえるとすれば、変わったのは人間の方ではないかと疑ってみる必要があります。
かつて、この絵に魅せられた一人の弁護士がいました。「日本の岩窟王」といわれた吉田石松翁の再審無罪を勝ち取ったことで知られ、東京弁護士会会長、日弁連副会長などを歴任した後藤信夫弁護士です。
何かの罪に問われ、弁論の機会もなく、ライオンの餌食になる状況にあるように見える、その囚人に、後藤弁護士は「われに不滅の正義あり」という強い意志を示す崇高な人間の姿を見ました。
「私は、その絵を見て思った。破邪顕正はわれわれ法曹の職責ではあるが、それはとかく言いやすく行い難い。われわれの中には、権力には抵抗しえても名利に迷う者がある」
「しかし、弁護士としての自分にはそのようなことがあってはならない。あらゆる事態に対処して、常に自己の信念を堅持し、社会正義を顕現することに努めねばならぬ。私はその絵の主人公に対し、そのとき固く心に誓った」(「日本の岩窟王」)。
駆け出し弁護士だった昭和3年ごろ、講談社発行の月刊誌「キング」の口絵で、その絵を見て感動した後藤弁護士は、それを切りぬいて、事務所の壁にピンで止めました。その後、その絵を失くしてしまった彼は、それを探し求め、40年の歳月を経て、再会することになります。
この絵は奸臣のざん言に抗し、真実を主張して正義を貫いたバビロン王国の大宰相、忠臣ダニエルを描いたプリトン・リヴィエールの作品でした。後藤弁護士は、これを今度こそ手放すまいと、カラー写真にして額に入れ、吉田石松翁の写真と並べて、事務所の応接室の壁に掲げ、生涯愛し、また、自らの戒めとしたのでした。
ちなみに石松翁事件再審の最終弁論も、彼はこう結んでいます。
「“正義は神の如し”。裁判所こそ、国民のための正義の殿堂でなければならぬ」
こういうエピソードを何か遠いもののように感じる弁護士の方もいるかもしれません。こうした弁護士の精神も、またそれにこだわる弁護士の姿も、およそ現代日本とは隔絶した古き世の、古き人々のことと。あたかも時代は弁護士に正義を貫くための精神よりも、より社会の利便にこたえるサービス精神を求めているかのように。また、このエピソードも精神訓話的なものととらえてしまえば、そもそもそれもまた、時代遅れだというように。
しかし、今、改めてこの後藤弁護士のエピソードと、前記言葉を見ると、やはりそこには弁護士にとっての普遍的なテーマ、あるいは社会が弁護士に求める普遍的なテーマがあるように思えてきます。「権力には抵抗しえても名利に迷う者がある」と弁護士の姿を喝破した後藤弁護士でしたが、弁護士は今、権力に抗している存在としてとらえられているのか、はたまた名利に走る存在としてとられているのではないか、そんな疑問が過ります。
そして、それは弁護士の「正義」を社会がどれだけ受け止め、信頼しているか、ということでもあります。そうした了解度が、「改革」においても、弁護士の社会的な発言の、受け止められ方に影響していること、そしてそれは、徐々に失われつつ弁護士の精神性とも関係していることは、やはり否定しきれないように思えるのです。そうしたものがかつて法曹養成、あるいは弁護士界の、どういう環境で培われていたのか、ということも考えられていいように思います。
何か口を開けば、自己保身といわれる状況がなぜあるのか。大マスコミの偏った報道もありますが、弁護士側としては何を反省すべきか、そこが今問われています。
社会や時代が変わり、あるいは法改正がなされても、本当は「正義は神の如く」あるはずです。それが変わったようにみえるとすれば、変わったのは人間の方ではないかと疑ってみる必要があります。



