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「遠い司法」を踏まえた配慮

 裁判になじみのない市民が、民事裁判で「被告」になると、ものすごく動揺するケースを度々見ました。

 「自分は既に犯罪者扱いされている」

 中には、そう思い込んで怒り出すケースもあるようです。この誤解が生まれる最大の責任は、いうまでもなくマスコミにあります。本来、「被告人」というべき刑事裁判の報道で、「被告」という表現を使っているからで、要するに刑事で「被告人」、民事で「被告」という区別をしていないことが原因です。

 マスコミがニュースで取り上げるのは、圧倒的に刑事裁判が多いので、大衆はそこで「被告」という文字を見ている。従って、前記したような誤解が生まれるのです。

 この点について、「被告」「被告人」のもともとの語源であるドイツ語では「Anklagter」「Angeklagter」との区別がされながら、同類の言葉とされ、英語では「defender」と区別がないことから、欧米との文化の違いがあり、日本では「お上に裁かれる」ことは不名誉という感覚があるのに対し、英米では訴えたのが一般市民でも検察官でも訴えられたのは同じとみる感覚がある、という分析もあります(久保内統弁護士「法律よもやま話」)。

 こういう区別ない用法の問題性について、弁護士会はマスコミに是正を申し入れていますが、依然として改善されていません。では、なぜ、改められないのでしょうか。

 そもそもマスコミは1970年代半ばまで、逮捕された者も、起訴された者も名字の呼びつけで表現していたのが、人権的配慮から容疑者、被告という用法が用いられることになった経緯があります。そこから先、もう一つ配慮が進まないまま、今に至っているというわけです。音声媒体では、「被告人」というと「非国民」に聞こえるという話もいわれていますが、紙媒体までも含む理由とはいえません。

 実は新聞社に聞いてみましたが、結局、結論から言えば、あまり問題視されていないということのようです。刑事と民事での使用による前記したような影響をいえば、それには一定の理解を示しても、端的な表現を優先させることから、「人」を付ける意味性を見出していない、そこまでの対応をする必要性を感じていないということのようです。

 要するに、これははっきりしたことです。これは問題であるという大衆からのクレームが新聞社や放送局に多数寄せられていれば、否応なくマスコミは対応せざるを得なくなる。そういう状況ではない、ということが、おそらくこれが是正されない最大の理由だということです。

 前記したような動揺を生む事態と、この用法の問題性というテーマは、裁判になじみのない大衆が、ある日、民事裁判の「被告」になって、初めて感じることなのです。つまり、これもまた、司法そのものが、かかわりのない多数にとって、遠い存在であり、当事者として関心が持てるテーマではないことと関連しているということになります。

 そもそも冒頭の市民の動揺からすれば、刑事裁判の被告人にしても、「犯罪者」として扱ってはならない、ということもあるわけですが、今回のケースでの誤解をみれば、高い有罪率のなか、まして無罪推定など感覚的に理解が及ばない現実があることもまた、認めないわけにはいきません。

 日本が「訴訟社会」化し、誰もが「被告」になるような社会になれば、解消されるという人もいるかしれません。しかし、それを多くの国民が望んでいるとも思えません。司法を「身近にする」ということよりも、むしろ、常に多数の人間には遠くならざるを得ない司法の「宿命」を踏まえたうえで、検討されなければならない配慮があることも考えるべきだと思います。

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