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『ゲンロン4』を読み、2017年年頭の決意を新たにした

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◾️ 日本の病は癒えていない

先にも述べたように、昨今益々批評や思想の需要は一層瘦せ衰えてしまっている。しかしながら、だからと言って何もしなくて良いわけではない。東氏が指摘するように、この国では、敗戦と占領の結果言論に押しつけられた特殊な『ねじれ』が日本の言語と現実を切り裂き、戦後のこの国は言葉と現実が一致できなくなってしまった。その結果、批評は『戦後日本固有の病』である、と東氏は述べる。しかも、その病は見えにくくなっているが、いまだに癒えていない。日本の社会はいまだ病んでいて、まだ健康になっていないのに健康なふりをすることが一番の問題で、批評という病、すなわち言葉と現実の乖離は、ねじれそのものが解消されなければ癒えることはない(デモなどの示威行動では癒えることはない)。よって、『ゲンロン』という雑誌のこれからの使命はその病の痕跡を発見し、再起動することにある、という。実に厄介な仕事で、損な役回りにも見えるが、逆に言えば、日本に残された数少ない希望がここにあるとも言える。

◾️ 世界の潮流『ポスト真実』/『感情化する社会』

しかも、『言葉の危機』は日本にだけではなく、世界的な潮流となり、不透明な世界をさらに一層曇らせている。オックスフォード辞書が2016年の『今年の言葉』に『ポスト真実/post-truth』を取り上げたことが昨秋大きな話題となったのは記憶に新しい。それはまた世界が『感情化社会』となっていると言い換えることもできそうだが、いずれにしても、言葉は極限まで短くなり、論理や思想を運ぶ器ではなく、即時的で、低次の、きめの荒い、それでいてやたらと強い感情を運ぶだけの器になりつつある。

『感情』という点では、評論家の大塚英志氏が、著書『感情化する社会』*3でも指摘していることだが、近代の始まりに、経済学の父、アダム・スミスが『道徳感情論』で『感情』を体系化したことが知られている。そして、それは社会の常識として近代社会に浸透したはずだったが、それが失われつつあるという意味でも、世界は歴史的な転換点を迎えているように思われる。少々長くなるが、以下、『感情化する社会』の該当部分につき、引用してみる。

そこでは他人の『行為』や『感情』への『共感』が社会構成の根幹に据えられる。しかし、それは『私』の『感情』と他人の『感情』を直接、『共感』させるのではなく、自分のうちに『中立的な観察者』を設け、それが自分や他人の『感情』や『行為』の適切性を判断する基準を形成するという手続きをとる。このようにアダム・スミスは自明のこととして『感情』が適切な回路を通じて『道徳』化することを疑わず、その過程を検証した。(中略)問題なのは、このような回路がいまや失われた、という点だ。その意味で、『感情化』とは『感情化』が『道徳』(広義の規範や公共性)を形成する回路を失った事態を指すと言ってもいい。アダム・スミスのあまりに有名な経済における『見えざる手』も、一人の人間の中に、感情的に自己利益を追求し、『財産への道』を往こうとする『弱い人』(weak man)と、そうでなく、自分や他者にも倫理的な『徳の道』を往こうとする『賢者』(wise man)がいて、両者の均衡によってそれはもたらされる、と読むのが妥当だ。(中略)

このように、スミスにしたがえば、いまの私たちはただ、『感情』的であり、『共感的』である。しかし『中立的な観察者』が私たちの心のなかにはいない、ということになる。そして、この『中立的な観察者』抜きでは『感情』はただ互いに『共感』し合い、巨大な『感情』となってしまうだけである。

言うまでもなく、この内的な観察者は政治やメディアや文学といった形で『外化』され、制度化してきた。『知性』と呼ばれるものもそうだろう。しかし、それらが現に機能不全に落ちいていることは言うまでもない。

◾️『感情』の外に立つ『批評』の重要性

私自身、卒業論文にこのアダム・スミスの道徳感情論を題材としただけに、この議論には思い入れはあるが、『感情』も『共感』も人間社会を深いところで支える重要な要素であり、『理性』に対して『感情』を一方的に劣位におこうとするのも、社会を歪ませる一因であることは強調しておきたい。近代西欧社会については、最近まで、むしろこちらの方の問題が指摘されてきた。しかも、『感情』も『共感』も低級から高等へ育て上げることができる。だが、現代の問題は大塚氏が指摘する通り、『知性』の衰退が『中立的な観察者』の役割を弱体化させ、その結果、『感情』は劣化し、『共感』その範囲が狭まり、対立ばかり激化しているところにある。だからこそ、『感情』の外に立つ『批評』の再生は、いかに時代の趨勢に逆行して見えようとその重要性はいくら強調しても足りない。そういう意味でも、『ゲンロン』に期待するところは非常に大きい。

重い課題を前にして、東氏や『ゲンロン』にすがるだけではなくて、自分では何ができるのか。ちょうど年頭ということもあるが、これを自問自答していくことこそ本年の最大の課題とすべきだろう。あらためてこれを年頭の決意の一つとしようと思う。

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