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- 2017年01月07日 18:57
『日本解凍法案大綱』5章 譲渡承認請求 その2
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高野は、目の前の墨田のおばちゃんに、気のいい紳士然とした晴れ晴れとした顔で言った。
「大丈夫です。会社とのやり取りも弁護士に頼むつもりです。おばちゃんは安心して弁護士に任せていただけばいいんです」
「でも、会社とのお話がうまくいくとは限りませんでしょう?」
川野純代は、後になってからお金を返せと言われることを怖れているようだった。無理もない。手に入れれば右から左に借金の返済にあっという間に消えてしまうことが決まっている金なのだ。返せと言われたときには、もう手元には影も形もありはしない。
高野の話は、川野純代にはなんの話だかわからない。どうやら金は受け取ってしまえばもう返さないでよいらしいということだけは理解したようだった。そのほかのことには関心がないのだ。純代の顔に微笑が浮かんだ。
「容子さんも幸せね、いい息子さんを持って。羨ましいわ」
高野はその瞬間を逃さなかった。
「おばちゃん、ありがとうございます。ぜひ母親にそう言ってやってください。
でも、私が今こうしてあるのもおばちゃんのお蔭なんです。母からもいつもそういわれていました。
ほんの少しでもご恩返しできて、私は嬉しいんです」
「なんだかおんぶに抱っこみたいで申し訳ないみたい。お金も全額いただいてしまって。
私、すぐに使っちゃっても知りませんからね。
でも私のほうは株をそちら様に差し上げることができないんですの?会社だとか第三者だとか。私にはさっぱりわかりません。株券は手元でしっかりと保管しておきますから、入用だったらいつでもいってくださいね。あなたが買ってくれるのが私には一番いいの。
もうしわけないけれど、後になってお金をお返しすることも私にはともてできませんしねえ。だって500万でしょう。ねえ、どれだけもつか。そう、きっとすぐに使ってしまっていますよ」
言葉のはしばしに、昔は豊かに暮らしていた片鱗が垣間見えた。きっと彼女はもうとっくに期限がきてしましっている、返しようのないほどの額の借金に苦しんでいるのだ。いくつもの義理のある先からなかば騙すようにして借りてしまっていて、もう誰にも会わせる顔などありはしないのだろう。高野はそう思った。高野の母親のところに無心に来たことがなによりの証拠だった。
だが、高野には高野なりの考えがあった。
「とにかく、私は母親に言われて、おばちゃんの株を買うことにさせていただきました。
おばちゃんには一刻も早くお金を差し上げないと。とにかくお金はお持ち帰りください。
こんどは弁護士にも同席してもらって進めてゆきましょう」
(まるで映画の一場面だな。
88歳の、時代からすっかり取り残されてしまったような老女、それでも命のある間は生きることを強制されている女性と、たくさんの金を持っている事実を背景にこれからの人生にあふれるような自信とたっぷりの余裕を持っている68歳の男が、都心にある超一流ホテルのコーヒーショップで向かい合って座っている。男が無造作に500万円の札束を渡す。
映画なら、どんな経緯が2人の間にあってということになるのか。まさか何十年も前の色恋沙汰の清算ではあるまいが。たぶん、昔の少年の胸に宿ったほのかに甘くて淡い成熟した女性への憧れのような恋物語の清算てとこか。男が18、女が38歳とか。でも少年だった側がどうして金を出すのかな。いったいなにを清算するというのか)
高野は独り、心のなかで成り行きを面白がっていた。
(5章その3に続く。最初から読みたい方はこちら)
「大丈夫です。会社とのやり取りも弁護士に頼むつもりです。おばちゃんは安心して弁護士に任せていただけばいいんです」
「でも、会社とのお話がうまくいくとは限りませんでしょう?」
川野純代は、後になってからお金を返せと言われることを怖れているようだった。無理もない。手に入れれば右から左に借金の返済にあっという間に消えてしまうことが決まっている金なのだ。返せと言われたときには、もう手元には影も形もありはしない。
高野の話は、川野純代にはなんの話だかわからない。どうやら金は受け取ってしまえばもう返さないでよいらしいということだけは理解したようだった。そのほかのことには関心がないのだ。純代の顔に微笑が浮かんだ。
「容子さんも幸せね、いい息子さんを持って。羨ましいわ」
高野はその瞬間を逃さなかった。
「おばちゃん、ありがとうございます。ぜひ母親にそう言ってやってください。
でも、私が今こうしてあるのもおばちゃんのお蔭なんです。母からもいつもそういわれていました。
ほんの少しでもご恩返しできて、私は嬉しいんです」
「なんだかおんぶに抱っこみたいで申し訳ないみたい。お金も全額いただいてしまって。
私、すぐに使っちゃっても知りませんからね。
でも私のほうは株をそちら様に差し上げることができないんですの?会社だとか第三者だとか。私にはさっぱりわかりません。株券は手元でしっかりと保管しておきますから、入用だったらいつでもいってくださいね。あなたが買ってくれるのが私には一番いいの。
もうしわけないけれど、後になってお金をお返しすることも私にはともてできませんしねえ。だって500万でしょう。ねえ、どれだけもつか。そう、きっとすぐに使ってしまっていますよ」
言葉のはしばしに、昔は豊かに暮らしていた片鱗が垣間見えた。きっと彼女はもうとっくに期限がきてしましっている、返しようのないほどの額の借金に苦しんでいるのだ。いくつもの義理のある先からなかば騙すようにして借りてしまっていて、もう誰にも会わせる顔などありはしないのだろう。高野はそう思った。高野の母親のところに無心に来たことがなによりの証拠だった。
だが、高野には高野なりの考えがあった。
「とにかく、私は母親に言われて、おばちゃんの株を買うことにさせていただきました。
おばちゃんには一刻も早くお金を差し上げないと。とにかくお金はお持ち帰りください。
こんどは弁護士にも同席してもらって進めてゆきましょう」
(まるで映画の一場面だな。
88歳の、時代からすっかり取り残されてしまったような老女、それでも命のある間は生きることを強制されている女性と、たくさんの金を持っている事実を背景にこれからの人生にあふれるような自信とたっぷりの余裕を持っている68歳の男が、都心にある超一流ホテルのコーヒーショップで向かい合って座っている。男が無造作に500万円の札束を渡す。
映画なら、どんな経緯が2人の間にあってということになるのか。まさか何十年も前の色恋沙汰の清算ではあるまいが。たぶん、昔の少年の胸に宿ったほのかに甘くて淡い成熟した女性への憧れのような恋物語の清算てとこか。男が18、女が38歳とか。でも少年だった側がどうして金を出すのかな。いったいなにを清算するというのか)
高野は独り、心のなかで成り行きを面白がっていた。
(5章その3に続く。最初から読みたい方はこちら)
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