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  • essa
  • 2017年01月03日 00:00

将棋が強い人が正義でいい、本当に強ければ

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一刻も早く三浦九段の名誉回復を

ということで、私としては、「原点」に戻ることを将棋連盟と渡辺竜王に強く求めたいと思います。

「原点」とは二つの意味があって、一つは、名人や竜王の絶対性が失なわれた以上、連盟の運営は人間界のルールで行なうということです。

「人間界のルール」とは間違いを許容するということです。民主主義でも三権分立でも人間界のルールは、人間が間違うことがあるということを前提にできています。

間違いを許容するということは、間違った時に積極的にそれを修正しなくてはいけないということで、三浦九段の名誉と経済的損失を取り戻すための努力をするということです。具体的には、謝罪や損害の回復は当然として、谷川会長の辞任と外部理事の招聘を含む執行部の改革も必要だと思います。

もう一つの「原点」は「将棋が強い者の言うことが絶対」という将棋界の常識の原点です。

繰り返しますが、私はこの常識を否定すべきとは思いません。むしろ、これを大事にして貫徹すべきだと考えています。

ひょっとして、谷川会長や渡辺竜王は、「三浦シロ」を表明する以上は、今度こそ間違いが許されないと思っていて、その確信を持てないので踏み出せないのかもしれません。

しかし、「将棋が強い者の言うことが絶対」という将棋界の伝統を本当に守るとしたら、ソフトの問題については「絶対的な者はいない」ということになります。

人間界のルールでは、間違いの有無ではなくて手続きの正当性や透明性が問われます。仮に「三浦シロ」という判断が間違っていても、そこに至るプロセスが妥当であれば許容されるのが人間界のルールです。

その代わりに、一定の手続きを経て出た結論には、全身全霊従うのが人間界のルールです。それに従うことが同時に将棋界の伝統にもかなうことになると私は思います。



なぜこの問題に言及するか -- 広義の「フレーム問題」として

最後に、なぜこの問題に繰り返し言及するかと言うと、ひとことで言うと「これはとても他人事とは思えない」からです。

これは、AIを中心とした技術の進展から、多くの分野で発生する典型的な問題である。私はそのようにとらえています。

別の言い方で言うと広義の「フレーム問題」と見ています。「フレーム問題」とは人工知能の分野での古典的な難問ですが、ここでは将棋を例として説明してみます。

将棋で「詰将棋」や「次の一手」と呼ばれる問題があります。ある局面を提示して、次に指すべき手を当てるというゲームです。このゲームではルールは将棋のルールをほぼそのまま踏襲していて、将棋の棋力向上のための練習問題として実力のレベルの応じた数多くの問題が作られています。

こういう問題をたくさん解いて訓練した人は、間違いなくやる前より棋力が向上していると言えるのですが、ひとつだけ実戦との違いがあります。

それは、実践の中で、問題を解くことで得たノウハウを応用すべき時はいつかということです。ある局面が、問題として提示される時には、「正解」があることが保証されています。詰将棋なら詰める手順が一つだけ存在することが保証されていて、「次の一手」なら、状況を劇的に好転する手があることが保証されています。

それを知っていて考えるのと、そういう前提がなくて、詰みがあるかもしれない無いかもしれない、いい手があるかもしれないないかもしれない、という実戦の中で似たような局面について考えるのでは、全く違います。

将棋ソフトでも「詰みの発見」はコンピュータにとって簡単な処理なので、早くから詰将棋を早解きする専用ソフトが開発されてきましたが、実戦の中ではCPUを100%詰みの発見の処理に割り振っていいとは言えないので、対戦ソフトが詰みを発見する能力は、多くの場合詰将棋専用ソフトより劣っていました。

人間は「ここは詰みがありそうだ」とか「ここ数手は勝敗を左右する場面なので慎重に時間をかけて考えよう」ということが自然にわかる、少なくとも特にその点について努力しなくても、詰将棋の能力の向上にともなって、「いつ詰めを探すべきか」という判断する能力も自然に向上します。

しかし、機械にとって、ある「枠組み(=フレーム)」の中で最適な解を求めることと、いつそのフレームを適用すべきか判断することは、難易度が決定的に違います。これが「フレーム問題」のもともとの意味ですが、私はこれと同じ困難が人間や人間社会にもこれから多く発生すると予想して、それを広義の「フレーム問題」と呼びたいと思います。

現代社会は、多くのフレームが整備され、フレームの中での最適解は多くの場合検索を使うことで簡単にわかります。たとえば、不正ソフトの問題も司法の枠組みで考えるべき点、統計の枠組みで考えるべき点があって、これらの枠組みでは何が正しいか、どうすべきか、という答は簡単に見つかります。

しかし、複数の枠組みが重なって適用される時に、どの枠組みを優先して、どの枠組みを除外して考えるべきかという判断は難しく、簡単に一致する答がないこともあります。

AIを中心とした技術の発展は、平和的に棲み分けているたくさんの枠組みが組合わさった構造を壊して、一からフレームを選択していくことが必要な事態を起こすことが多い。

今回の不正の問題は、特に処分間際の時間的に切迫した状況においては、その典型的なケースだと思います。情報が不十分な段階から私がこれに繰り返し言及するのは、自分がその時点でどのようなフレームを優先して、どのようなフレームの組み合わせで考えたのかと言うことを記録しておきたいからです。

後になって、すべてのフレームが確定してから読み直すと、いろいろ不適切なところが見えてくるかもしれませんが、フレームが不確定な状態で自分が何をどのように考えていたのか知る機会はそんなに多くありません。いずれ、自分の身の回りにもそういうフレームの再構築が起こるに違いないと私は思うのですが、その時に多少は参考になるのではないかと考えています。

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